正門には、人だかりができていました。身長の低い主には、皆の背中しか見えません。大森さんは、相変わらず主の手を握ったまま、人の壁をかき分けて、一番前まで出ました。
真っ赤なポルシェの前に、サングラスをかけたサラサラの茶髪ロングで、パンツスーツの女性が立っていました。身長が高いのに、ヒールの高いのを履いているので、
「だから、貴方に認めてもらわないと、お父様が首を縦に振ってくれないの」
女の人の真っ赤な唇が大きく開いて、力強い声が飛び出してます。その人の前に立っている三鷹さんは、口を堅く結んでいます。
「え、認めるって、結婚とか?」
「みずっち、白川さんと付き合ってたんじゃないの?」
「えー… 二股?」
周りは、ざわざわしています。
「
「三鷹が、いつまでたっても帰ってこないのが悪い。
私は、認めてもらいたいだけなの」
そんな二人の間に梅吉さんが入って、何とか場を治めようとしています。
「時間がないのよ。早く三鷹に認めてもらわないと。もたもたしてたら、産まれちゃうわ」
爆弾発言です。
「やだ!みずっちの赤ちゃん?!」
「白川さん、遊ばれてたんじゃない?」
「えー、幻滅ぅー」
周りの声は、確りと主の耳にも届いています。主の手を握っている大森さんの手に、ギュッと力が入って、震えているのが分かりました。
「二葉さん、言葉をもう少し選んでください。ここにいるギャラリーは、感受性の強いお年頃なんですから」
「あら、嘘は言っていないわ」
「ともかく!」
梅吉さんは体育教師らしく、ひときわ声を張り上げました。聞きなれない梅吉さんの大きな声に、周りはビクッと静かになりました。
「お姉さん、弟さんとの家族会議は、場所を変えてください!!
ほら、皆は授業に戻る!!」
瞬間、大森さんの手から、力が抜けました。主はそっと、大森さんの横顔を見ます。今にも泣きそうな、辛そうな顔をしています。
パンパンと梅吉さんが手を叩くと、周りの生徒は少しずつ教室に戻り始めました。
「なんだ、みずっちのお姉さんだって」
「なんか、複雑な家庭なのかな?」
「水島先生、授業の時以外は、あんまり喋らないもんね。家でもなのかね?」
それを眺めながら、女の人がつまらなそうに言います。
「梅、ちゃんと先生なんだ~」
「ちゃんと、先生ですよ。先生ですけど、未だに怒られてますよー。
これも、怒られますよー、きっと…」
投げやりな返事に、投げやりな一人言を混ぜながら、梅吉さんは車の運転席を開けました。
「で? 私は何処で待てばいいのよ? 今日は、逃がさないわよ」
女の人は、運転席に座って梅吉さんを見上げました。
「三鷹、家で待ってもらったら?」
梅吉さんの提案に、三鷹さんは大きなため息をつきながら、ポケットに手を入れました。その瞬間、主は大森さんの手を振り切って走りました。三鷹さんのポケットに入れた手を、上からギュッと両手で押さえました。
「やっ」
驚いて下を向いた
「… そうだな。悪い」
三鷹さんは主に優しく笑いかけて、ポケットから手だけを出しました。主は安心して、その三鷹さんの手を握ろうとして、ちょっと戸惑って、小指だけ握りました。三鷹さん、真顔でお姉さんの方を向きましたけど、どこか得意気なんですよね。
「何よ、姉なんだから、弟の家に上がったっていいじゃない」
「三鷹の家は、女人禁制なんですよ。ご無沙汰しています、二葉さん。このお店でお待ちください。必ず、行かせますから」
唇を尖らせた女性に、笠原先生が三鷹さんの後ろからメモ用紙を渡しました。
「
いい子、紹介してあげようか?」
「結構ですよ。遊びで女性と付き合う年齢ではありませんから」
「硬いのも相変わらずね。三鷹、逃げるんじゃないわよ」
捨て台詞を残して、女の人は車で去って行きました。
… 学校前を走るスピードじゃないですね。
「さて、東条先生、高浜先生がお呼びですよ」
「… ハイ」
車は、あ!っという間に、見えなくなりました。
笠原先生が、ポン!と梅吉さんの肩に手を置きます。梅吉さん、そんなにガックリして… 笠原先生より背中がまん丸になっていますよ。