主、普段から寝ぼけている双子君達の身支度を手伝っているので、とても慣れた手つきです。
今日は、男子は校庭で野球、女子は体育館でバスケットボールです。
準備運動が終わったら、チームに分かれてボールに慣れるための基本動作なんですが…
「桃ちゃん、怪我、しちゃうよ」
「見学しようか?」
「あ… ごめん
周りは、二人一組でパスの練習をしていました。それをキョロキョロ見ながら、桃華ちゃんは溜息をつきました。
「… 桃ちゃん、サボっちゃおうか?」
「え?」
「大丈夫。梅吉兄さんだから、大目に見てくれるって」
主はニコッと微笑んで、桃華ちゃんの手を取りました。
「東条先生~…」
そして、他の子の指導をしている梅吉さんを呼びながら、桃華ちゃんを連れて行った時でした。
「事件事件! 水島先生に、女の人が訪ねて来た!! 正門で待ってる!」
遅れて来たクラスメイトが、体育館のドアを開けながら、大声で皆に報告しました。
「うそ!」
「女の人って? 綺麗な人?」
「幾つぐらい?」
「何しに来たの?」
一気に授業が中断して、報告した女子が囲まれました。
「サングラスかけてたから顔は分からないけど、スタイルすんごくいいの。
髪も茶髪サラサラロングで、パンツスーツで、足長くて、胸! 胸が大きい!!」
「はいはいはいはい、今、授業中。ウメちゃんの授業、つまらないかぁー?」
梅吉さん、手を叩きながら輪の中心まで進みました。
「ウメちゃんの授業、つまらなくはないけれどさー…」
「あの、水島先生に女の人だよ?」
皆、チラチラと主を見ています。
「興味あるじゃん」
「うん、興味あるよね」
そう言って、殆んどの子は正門へと向かって行ってしまいました。
「お、
「梅吉兄さん、私なら大丈夫。気にならないわけじゃないけど、帰ったら聞けば済むことだもん」
「大人なご意見」
「兄さん、皆を呼んでこないと」
大人な意見を口にしても、そうとう気になってるのは、梅吉さんも桃華ちゃんも分かっているんです。それでも、『先生』の梅吉さんは、桃華ちゃんに言われて皆の後を追いました。
「残った人たち、パス練、続けてて」
と、指示を出して行きました。その指示通り、主と桃華ちゃんはパスの練習をしようとしました。
「気になってるなら、行けばいいじゃない。余裕ぶってると、盗られるわよ」
大森さんが機嫌の悪い顔で、主達の前に立ちました。怒っているような顔、初めて見ます。
「盗られるって…」
主、ドキドキしています。
「そのままよ。どんな約束をしたって、盗られる時は一瞬なんだから。ましてや、生徒と先生でしょう? 今だけの関係じゃないの?」
「言い過ぎ。今日、変よ」
今にも噛みつきそうな大森さんの頭を、田中さんが大きな手でつかみました。
「何よ、本当の事よ」
大森さんは、頭の上で大きく腕を振って、田中さんの手を払いました。
「『盗る』っていう表現、こういう場面で使うのは、あんまり好きじゃないけれど… 盗られたら盗り返すぐらいには、私、水島先生のこと好きよ。」
主がいつもみたいにニッコリ微笑むと、周りが固まりました。
「白川さんて、意外と気が強いよね」
「水島先生、愛されてるじゃん」
「まぁ、あそこまで独占欲丸出しにされてたら、『愛されてる』自信はつくよね」
ちょっとすると皆がざわつき始めたけれど、主は気にしません。
「さ、皆、東条先生が戻ってくるまで、練習しよう」
そう言って、主は桃華ちゃん相手にパスの練習を始めようとしました。
「そこまで言うなら、行こう!!」
大森さんは主の手を取ると、強引に引っ張って体育館を出ました。上履きにも外履きにも履き替えることなく、大森さんは主を引っ張って正門まで走りました。それを、桃華ちゃんや他のクラスメイトも追いかけたので、体育館はもぬけの殻になりました。