「ワンワンワン」
「きゃっ!… この子、本物なんですか?」
「秋君、シィィィ… なんか、水島先生のバックに入って、くっついて来ちゃったみたいなんですよ。
今まで、吠えなかったんですけど… 三島先生、犬、苦手ですか?」
ボクがウメヨシさんに教えると、ミシマ先生は眉の間に皺を寄せながら、後ろに下がっちゃいました。黒いドロドロも、ちょっと引っ込みました。
「昔、噛まれたことがあって、それ以来…」
「そうですか、すみません。保健室、戻りますか?」
「いえ、もう少しで職員会議、始まりますよね?」
「まぁ、たいしたことないと思いますけれど… 三島先生、真面目ですね。
ああ、それと、昨日はありがとうございました。白川が、お手数おかけしまして。片付け、大変でしたでしょう?」
昨日、ご主人様の電話に、オウメちゃんから『助けて~』ってお電話があったんです。ご主人様とウメヨシさん、ボクを連れて、急いで車出してお迎えに来たんです。卵は、モモカちゃんと双子君達にお願いしました。
「いえ、他の先生も数人いましたから。片付けと言っても、最初少しやって、1年生の手当てで他の先生にお願いしてしまったし。それより、白川さんの様子はいかがですか? 昨日、凄く怯えていたので…。
1年生の二人も、あの時は怯えていたんですけれど、今朝はコロッと… 忘れちゃったみたいで。掠り傷程度ですけれど、数か所は切ったっていうのに…」
「一過性ですかね? 白川は… 忘れていないみたいで、帰宅後は、うちの妹とべったりでした」
迎えに来た時は、ご主人様に飛びついて、放れませんでしたよ。
「今朝は、気持ちも落ち着いたようで、いつも通りでした」
「そうですか、良かったです」
ミシマ先生、優しく笑いました。可愛いです。
「三島先生、お優しいですね」
「… そう、思っていただけるのは、嬉しいです」
あ… ミシマ先生の後ろのドロドロが、薄いピンク色になって無くなりましたよ? あれ? そういえば昨日、お迎えに来た時、オウメちゃんにも黒いドロドロが着いてたけど、ご主人様に抱っこされたら今みたいに無くなってたな。
「あの、東条先生…」
「東条先生、こんな所に居たんですか? 職員会議前に…」
ミシマ先生が何か言おうとした時、ウメヨシさんの後ろから男の人の声が聞こえました。
「ヤバヤバヤバヤバ! 高浜先生に怒られるから、式、早めに抜けて来たんです。じゃ、お大事に」
ウメヨシさん、早口で言うと、ボクを確り抱っこして、走り始めました。
この揺れは、ちょっと危ないかもです。
「東条先生! 廊下は走らない!!」
「競歩です!」
後ろから追いかけてくる声に、ウメヨシさん、大きな声でお返事です。
ウメヨシさん、ボクからもお願いです。あんまり揺れると…
「あ、東条先生、妹さん達が探してましたよ」
追いかけっこで逃げているウメヨシさんに、声をかける人が居ました。
「ありがとう、小暮先生。あ、秋君! 危ないよ!」
これぐらいの高さ、ひとっ飛びです。この人、ウメヨシさんに似ていますね。
「えー、先生、この子、本物?! 始業式で、一部の子達がざわついてたの、この子か~」
ウメヨシさんのそっくりさんが、ボクを抱っこしました。なんだか… お尻がムズムズ… この匂い…
「可愛い… って」
あー 出ちゃった。
「東条先生、やられました…」
「あちゃ~、秋君、おトイレ行ってなかったね。そもそも、持って来てるわけないもんね」
そっくりさんの腕から、ウメヨシさんに抱き上げられました。
「全部、僕のワイシャツが吸収しましたよ… これ、トホホ… ってやつですよね」
「さすがに、これは申し訳ない」
「東条先生~」
ウメヨシさん、鬼さんが追いついて来ましたよ?
「小暮先生、後でクリーニング代出しますから。本当にすみません。とりあえず、逃げます」
追いかけっこ、再開ですか? でも、ちゃんと抱っこしてくれないと、ボクの足がプラプラしてますよ。風が通って、涼しいです。
あ、モモカちゃんやオウメちゃんと、同じお洋服を着た人たちが見えてきましたよ。同じお部屋がたくさんですね。
わぁ~、皆がボクとウメヨシさんを見てますよ。お鼻をクンクンしてますけど… あ、カサハラ先生の匂いを見つけましたよ。
「
ウメヨシさんがお部屋に入ると、そこにいる皆が、ボクとウメヨシさんを見ました。
「ワン」
まずは、ご挨拶ですよね?
「ちょ、ウメちゃん、本物?!」
「やだ、可愛い~」
「さっき、先輩が言ってた犬、その子だ」
「ウメちゃん、抱っこさせて~」
「ウメちゃん、怖いの?抱き方変だよ」
「名前は~?」
一気に、ボクとウメヨシさんの周りに皆が集まってきました。
「この子、今、小暮先生にオシッコかけちったんだよ~」
「ワン(てへ)」
ウメヨシさんの一言に、皆、大笑いしています。
「小さいのに、なかなか…」
「えー、小暮なら、笑って許してくれるでしょう?」
「小暮っチ、新学期早々、災難じゃん」
「はいはいはいはい、まだホームルーム終わってませんからね。
皆さん、席について。東条先生、その子は白川か東条に預けて、さっさと学年主任の高浜先生のお説教を聞いて来てください。イライラされたまま、職員会議に参加されると、こちらにも要らない火の粉がとんでくるんで」
あ、カサハラ先生だ。さっきより一枚多く着てますけど、その大きくて白い服、暑くないんですか?
「秋君、おいで」
「ワン」
「桃ちゃん、これ、アルコール入ってないやつ」
モモカちゃんがボクを抱っこしようとした時、オウメちゃんが、濡れた紙でボクのお尻周りを拭いてくれました。
「ほら、兄さんのお仕事は、高浜先生のお説教を聞くことでしょう?
秋君は、私と桜雨で見ておくから、早く行った方が…」
「東条先生~、ようやく追いつきましたよ! ほら、貴方はクラス持っているわけでもないんですから、さっさと職員室に来てください!」
「… イヤ、かなぁ~」
「何を、生徒みたいなことを言っているんですか!!」
ウメヨシさんを追いかけていた鬼さんは、おじいちゃんだったんですね。
ウメヨシさんより小さいのに、ウメヨシさんの耳を引っ張って、どっかに連れて行っちゃいました。
「高浜先生、耳、痛いですよ~」
なんて声だけは、聞こえますね。
「秋君、良い子に先生のお話し、聞けますか?」
カサハラ先生が、ボクの頭をナデナデしてくれます。
「わふぅ」
もちろん、ボク、良い子にしてますよ。
「じゃぁ、皆、席に戻って」
カサハラ先生が手をパンパンって叩くと、ボクが入って来た時みたいに、皆イスに座りました。
ボクは、モモカちゃんに抱っこされて、窓の隣に座りました。お外が見たかったから、モモカちゃんのお膝じゃなくって、机の上で丸くなりました。窓はしまってるけれど、上から涼しい風が吹いてて気持ちがいいです。
モモカちゃん、ボクの背中を優しくナデナデしてくれるから、とっても気持ちいいですねぇ… 眠くなっちゃったんで、お昼寝しますね。
起きたら、双子君達と遊ぼう~。