「え~、皆さん、夏休みは…」
「ちょ… ウメちゃん、人形持ってるのかな?」
「似合ってる」
ざわざわざわざわ…
「怪我の報告も入りましたが…」
「没収したやつ?」
「さすがのウメちゃんも、自分の持ってこないでしょう」
「いや~、ウメちゃんだから、わかんないよ~」
「おい、前向け、前。ちゃんと、主任の話を聞きなさい」
ざわざわざわざわ…
「三年生はこれから…」
「学校に、犬の人形って…」
「しかも、今、始業式」
「ってか、今、動かなかった?」
「え?マジもん?」
ざわざわざわざわ…
とっても大きなお部屋に、たくさんの人が居ます。一番前に一人立っている人が、お話ししています。皆、その人の方を向いて椅子に座っているけれど、ちらちらボクを見てます。
ボクは双子の男の子に拾われた、ワンコです。皆、ボクの事を『まだ、赤ちゃんだね』って言います。名前は『秋』です。
ボクは今、双子君達のお兄ちゃんの、ウメヨシさんのお膝に抱っこしてもらって、『始業式』っていうのに参加しています。ウメヨシさんに、動いちゃダメ、吠えちゃダメっていわれたので、我慢してます。ボク、良い子だから、我慢できるんです。
「式が始まるギリギリに来たと思ったら…」
ウメヨシさんの右側に、カサハラ先生が座っています。カサハラ先生、ボクんちのお隣さんです。
「秋君連れて、どうどうと入ってこれるわけないでしょ。
三鷹君~、君、荷物はきちんと、確かめてから持ってこようね。ロッカーに荷物取りに行ったらさ、隣の三鷹のロッカーからゴソゴソ音聞こえるんだもん。ビックリして、開けちゃったよ」
ボクのご主人様は、ミタカさんです。ウメヨシさんの左側に座っています。
「スポーツバックに入っていたのですか? こんなに小さいのに、随分と我慢強い子ですね」
「剣道部の救急箱の中身やら、教科資料やらの中で寝てたみたい」
ボクを拾ってくれた双子君達は、毎日、ボクと遊んでくれます。
でも、双子君達は今日から『がっこう』という所に行くから、お日様が沈む少し前からしか遊べないって言っていました。
ご主人様も、『がっこう』に行くって。だから、今日は双子君達のお家でお留守番のお約束でした。けれど、双子君達と遊びたいので、ご主人様の大きなバッグに入ってみました。
双子君達も、ご主人様も『がっこう』に行くんですもん。ボクも行きたいです。
バッグの中はなんだか色んなものが入っていたので、最初はゴツゴツ当たって痛かったです。だけど、バッグがユラユラするのが気持ちよくって… 気が付いたら、目の前にご主人様のお友達のウメヨシさんが居ました。
「今日は、夕方まで家で預かるはずだったからさ、慌てて電話したよ。
そしたら案の定、母さんたち探してた。
ワクチンも全部終わってないから、歩かせるのも抵抗あるから…」
「抱っこですか。
それにしても、ご主人様の膝ではなくって、良いのですか?」
カサハラ先生、ボクはここでいいんですよ。ボクがウメヨシさんの所に居れば、あの黒いドロドロしたの、来ないみたいなんで。
「ほら、昨日の話、覚えてる?」
「ああ、坂本さんが『祓った』話ですか?」
「そうそう。
暫くは、できるだけ秋君と一緒にいた方がいいって、坂本さんが。秋君も、分かってくれてるみたいでさ」
分かってますよ。
「… 随分と、可愛いドヤ顔ですね」
カサハラ先生、ボクの顔見て笑わないでください。
「あー、そろそろ終わりそうだから、先に出るね~」
そう言って、ウメヨシさんはボクを抱えて大きな部屋から出て行きました。
ウメヨシさん、ボク、双子君達と遊びたいんです。双子君達、何処ですか?
キョロキョロしても、誰もいません。ここ、廊下って言うんでしたっけ?
昨日、オウメちゃんのお迎えに来た時、教えてくれましたよね?
あ、ウメヨシさん、誰かお部屋から出てきましたよ。
「三島先生、気分でも優れないんですか?」
「あ、おはようございます、東条先生。
昨日の夕方から、ちょっと・出勤はできたんですけれど、眩暈が酷くて」
丸いお顔が、白くなってます。大きなお目目が、ウルウルしています。
あ… ウメヨシさん、この人ですよ。ウメヨシさんにくっついてた、黒いドロドロ、この人からですよ。ほら、後ろから出てるもん。