耳が隠れるぐらいの黒いショートカットに、切れ長の瞳とスクエアー型の眼鏡。白い解禁シャツに黒のパンツをスタイリッシュに着て、腰にシザーケースを付けた坂本さんです。横を見れば、坂本さんが店長を務めている理容室がありました。
「ちょ、これ、しょっぱい! 塩?!」
梅吉さん、粉が口の中に入ったみたいです。ペッぺっぺっと、吐いています。
「「あ、放れた」」
双子君達の言う通り、梅吉さんにまとわりついていた、黒いドロドロしたモノは雨に流されたように剥がれ落ちて、ズズズズズ… と数メートル下がりました。他の人には見えないようで、通行人に踏まれています。
「見かけによらず、うちの子達は敏感なんですからね。そんな気持ちの悪いモノを引っ張ってきて… あらあら、モテるのも大変ね」
「先輩、何かわかるんですか? 俺、サッパリで…」
「生霊」
坂本さんは、短く言い切ると、三鷹さんから秋君を借りました。優しく抱っこして、少しだけ梅吉さんに近づきました。
「ウウウ…」
秋君、まだ唸りますが、さっきと比べると、だいぶ落ち着いています。視線も梅吉さんじゃなくて、少し後ろの方を睨んでいます。
「どっかの嫉妬深い女が、振り向いてくれないアンタに気持ちを飛ばしてるのよ。
私に振り向いて。他の人は見ないで、私だけを見て。私だけのものになって。って、独占欲よね。
いやだわ~、欲深い人間て。嫉妬している時の顔って、醜いわよね~。… その人、動物が嫌いみたいね。この子が吠える度に、アンタにまとわりついてるモノが、拡散して薄くなってたわよ。良い子だわ~」
坂本さんは、秋君を優しく撫でくり回しました。
「えー… 誰だろう?」
「心当たりありすぎるのも、嫌味だわ。
こんなに暑いのに、そんなドロドロした気持ち悪いモノを引きずってるなんて、不快指数倍増だわね」
「でも、今まで見たことなかったよ」
坂本さんに撫でられて、秋君は腕の中で気持ちよさそうにお腹を出しています。冬龍君の言葉に、坂本さんはちょっと考えました。
「じゃぁ、直近ね。… どんな子か、絞れるんじゃない?
坂本さん、撫でまわすだけじゃなくて、秋君の顔にチュッチュとキスをしました。それがくすぐったいんでしょうか? 秋君はクフクフ鼻を鳴らしています。
「あるような、無いような…」
「あ、タカ兄ちゃん、ウメ兄ちゃん、タイムセール始まっちゃうよ。スーパーで、桃ちゃんが待ってる」
「あ、そうそう、それ。呼びに来たんだった」
うーん… と、梅吉さんは考えましたが、どうもハッキリとはしないようです。気持ち悪いのが放れて、ホッとした
「あら、今日は何だったかしら?」
「今日の目玉商品は、『卵』なんだって。お姉ちゃんが、間に合わなかったら、買っておいてって、朝言われたんだ。明日の朝ごはん、卵焼き抜きになっちゃう」
坂本さんに聞かれて、夏虎君が答えます。うんうん、と、梅吉さんと
「さすが
笑って言いながら、坂本さんは秋君を梅吉さんに渡しました。途端に、秋君は梅吉さんの後ろに向かって威嚇します。
「「… 秋君、凄いねー」」
黒いドロドロしたモノが、秋君に威嚇されて、薄くなりながら更に下がりました。それを見て、双子君は何だか感動しています。
「ほら、美しいお姫様がお怒りになるわよ」
坂本さんに促されて、スーパーに向かおうとした時、三鷹さんのスマホが鳴りました。
「
画面に桜雨さんの名前を確認して出ると…
ザザザザザザザザザザ…
酷い雑音です。桜雨ちゃんの声なんて、微塵も聞こえません。
「桜雨」
もう一度、話しかけます。
ザザザザザザザザザザ… ザザ
雑音が止った瞬間、スマホを持つ三鷹さんの手から黒いドロドロしたモノ出てきて、スマホや手に絡みつきました。そして、三鷹さんの耳に飛び込んできたのは、自分の声でした。
『食べたいなぁ…』