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第55話 ワンコは分かるんです2

 耳が隠れるぐらいの黒いショートカットに、切れ長の瞳とスクエアー型の眼鏡。白い解禁シャツに黒のパンツをスタイリッシュに着て、腰にシザーケースを付けた坂本さんです。横を見れば、坂本さんが店長を務めている理容室がありました。


「ちょ、これ、しょっぱい! 塩?!」


 梅吉さん、粉が口の中に入ったみたいです。ペッぺっぺっと、吐いています。


「「あ、放れた」」


 双子君達の言う通り、梅吉さんにまとわりついていた、黒いドロドロしたモノは雨に流されたように剥がれ落ちて、ズズズズズ… と数メートル下がりました。他の人には見えないようで、通行人に踏まれています。


「見かけによらず、うちの子達は敏感なんですからね。そんな気持ちの悪いモノを引っ張ってきて… あらあら、モテるのも大変ね」


 三鷹みたかさん達が大きな窓から中をうかがうと、見慣れた顔のスタッフが二人、『ムリムリ』と言わんばかりに、顔の前で横に手を振っています。


「先輩、何かわかるんですか? 俺、サッパリで…」


「生霊」


 坂本さんは、短く言い切ると、三鷹さんから秋君を借りました。優しく抱っこして、少しだけ梅吉さんに近づきました。


「ウウウ…」


 秋君、まだ唸りますが、さっきと比べると、だいぶ落ち着いています。視線も梅吉さんじゃなくて、少し後ろの方を睨んでいます。


「どっかの嫉妬深い女が、振り向いてくれないアンタに気持ちを飛ばしてるのよ。

 私に振り向いて。他の人は見ないで、私だけを見て。私だけのものになって。って、独占欲よね。

 いやだわ~、欲深い人間て。嫉妬している時の顔って、醜いわよね~。… その人、動物が嫌いみたいね。この子が吠える度に、アンタにまとわりついてるモノが、拡散して薄くなってたわよ。良い子だわ~」


 坂本さんは、秋君を優しく撫でくり回しました。


「えー… 誰だろう?」


「心当たりありすぎるのも、嫌味だわ。

 こんなに暑いのに、そんなドロドロした気持ち悪いモノを引きずってるなんて、不快指数倍増だわね」


「でも、今まで見たことなかったよ」


 坂本さんに撫でられて、秋君は腕の中で気持ちよさそうにお腹を出しています。冬龍君の言葉に、坂本さんはちょっと考えました。


「じゃぁ、直近ね。… どんな子か、絞れるんじゃない?

三鷹みたかちゃんも、気を付けなさいよ。アンタも独占欲、強いんだから。まぁ、この子が傍に居れば、大丈夫そうだけれどね。秋君、いい仕事するわね~」


 坂本さん、撫でまわすだけじゃなくて、秋君の顔にチュッチュとキスをしました。それがくすぐったいんでしょうか? 秋君はクフクフ鼻を鳴らしています。


「あるような、無いような…」


「あ、タカ兄ちゃん、ウメ兄ちゃん、タイムセール始まっちゃうよ。スーパーで、桃ちゃんが待ってる」


「あ、そうそう、それ。呼びに来たんだった」


うーん… と、梅吉さんは考えましたが、どうもハッキリとはしないようです。気持ち悪いのが放れて、ホッとした夏虎かこ君が、今日の予定の続きを思い出して、梅吉さんも当初の目的を思い出しました。


「あら、今日は何だったかしら?」


「今日の目玉商品は、『卵』なんだって。お姉ちゃんが、間に合わなかったら、買っておいてって、朝言われたんだ。明日の朝ごはん、卵焼き抜きになっちゃう」


 坂本さんに聞かれて、夏虎君が答えます。うんうん、と、梅吉さんと冬龍とうりゅう君が頷きました。


「さすが桜雨おうめちゃん。的確な指示ね。じゃぁ、早くいかないと」


 笑って言いながら、坂本さんは秋君を梅吉さんに渡しました。途端に、秋君は梅吉さんの後ろに向かって威嚇します。


「「… 秋君、凄いねー」」


 黒いドロドロしたモノが、秋君に威嚇されて、薄くなりながら更に下がりました。それを見て、双子君は何だか感動しています。


「ほら、美しいお姫様がお怒りになるわよ」


 坂本さんに促されて、スーパーに向かおうとした時、三鷹さんのスマホが鳴りました。


桜雨おうめ…」


 画面に桜雨さんの名前を確認して出ると…


 ザザザザザザザザザザ…


 酷い雑音です。桜雨ちゃんの声なんて、微塵も聞こえません。


「桜雨」


 もう一度、話しかけます。


 ザザザザザザザザザザ… ザザ


 雑音が止った瞬間、スマホを持つ三鷹さんの手から黒いドロドロしたモノ出てきて、スマホや手に絡みつきました。そして、三鷹さんの耳に飛び込んできたのは、自分の声でした。


『食べたいなぁ…』



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