夏休みも、残すところ1週間切りました。夏休みの教室は、秋の文化祭出し物の準備で、今日も賑わっています。
大道具の係がメインとなって教室を使っていて、廊下まで出ています。教室の一番奥、窓際の後ろの方で、5人の女子生徒が椅子を輪にして作業をしています。僕の主の
主の前には、大森さんと田中さん。田中さんは、大森さんの顔でお化粧の練習です。
「え!? 犬、飼い始めたの?」
動いちゃいけない大森さんは、話すのも大変そうです。今も、口を大きく開けたので、田中さんに睨まれました。
「そう、水島先生がね」
桃華ちゃん、瞬間でしたが、嫌そうな表情でした。ピタッと手が止ります。
「内緒で子犬を病院に連れて行って、内緒で水島先生の家で診てる時に、双子のお友達がお泊りセットを届けに来てくれて…。『赤ちゃんの犬、助かりますか?』って聞かれて、そこで分かったの」
あの時、両家の親御さんも主も桃華ちゃんも、目が点でした。双子君は、いつもなら上手く取り持ってくれる梅吉さんが部活でいなかったので、
怒られる!
とびくびくしながらも、子犬の前から放れませんでした。梅吉さん、三鷹さん、笠原先生の口添えがあって、とりあえず子犬が元気になるまでは… と、一応のOKは出ました。
「白川・東条家では飼えないの?」
口を開いても、松橋さんの手は止まりません。
「多分、頼み込めば飼えると思うわよ。親達、甘々だし、うちのお父さんなんて空気みたいなもんだから。家の中が駄目って言うなら、庭で飼えばいいのよ。犬小屋の2つや3つ置く位のスペースはあるもの。
まぁ、事が発覚した時点で、『しょうがないなぁ~飼うかぁ~』って、皆思ってたわよ。でも、最初に水島先生の家で過ごしちゃったからかしら? 子犬自身が元気になっても、家から出たがらないのよ」
子犬は獣医の先生の見立てよりもずっと生命力が強かったみたいで、2日もするとキャンキャンと声を上げて鳴いて、三鷹さんの家のダイニングで遊ぶようになりました。子犬用のスペースにと、大きめの段ボールを用意してけれど、よじ登って脱走するぐらい元気です。
「普通、家に付くのは猫って言うけれど… 居心地が良かったのかしら?」
「かもね。そんなんだから、水島先生の家で飼う事になったの。双子は、毎日通ってるわ。予防接種、全部終わるまで、外に出さないほうがいいらしいから」
三鷹さんの家に双子君が居た理由が分かって、主はホッとしつつも、やっぱり焼きもちを焼いていました。
「子犬、私も遊びたーい」
「予防接種終わったら、遊べるわよ」
大森さんが言うと、桃華ちゃんが編むのを再開して答えました。
「名前は?」
「秋」
田中さんに聞かれて、桃華ちゃんが答えます。
「『秋』?季節の?」
「そう。双子がつけたの。自分たちの名前に『冬』と『夏』が入ってて、お姉ちゃんの桜雨は『春』だから、らしいわ」
「なるほど。どんな子犬なの?」
田中さんが聞きます。
「黒の柴犬… だと思うんだけど。まだ、耳もたれてて、鼻も出てないから。その状態だと、まだ生後3ヵ月すぎてないんですって。出産シーズンから計算すると、そろそろ3ヵ月は過ぎてるぐらいだから、耳も立ち始めて、鼻も出て来るはずらしいんだけれど… もしかしたら、雑種かもね。
まぁ、助かったんだから、犬種なんてどうでもいいのよ。毛並みや柄が、柴犬みたいってだけね」
「早く、遊びた~い」
「遊ぶのは良いけれど、夏休みの課題は?」
田中さんの静かな一言で、大森さんの動きがピタッと止まりました。大森さんだけじゃないです。クラスの3分の2程の動きが止りました。
「休み明けには、各教科、確認の小テストがありますからね。先生によっては、点数を成績に反映させる人もいますよ」
いつの間にか、笠原先生が廊下の窓から顔を出していました。
絶望の雄叫びが響きます。
「写すのは構いませんが、自分の学力と相談しながらにしてくださいよ」
丸写しは止めておけ、ってことですね。
「田中ッチ~」
「… 塾は夕方からだから、お昼過ぎまでならいいわよ」
大森さんが泣きつくと、田中さんは大きなため息をついて言いました。
「本当!」
「その代わり、写すのは最終手段よ。ちゃんと、教えてあげるから」
その一言に、雄叫びを上げた面々が駆け寄って輪を作って、声をそろえて言いました。
「田中さん、お願いします!!!」
こうして、2年B組の夏休み最終講義が決まり、皆少しでも作業を進めてしまおうと、必死で手を動かし始めました。
そんな中、主だけはマイペースにクロッキーを続けていました。少しだけ、調子の外れた鼻歌を歌いながらです。