「この子は、もともと弱いのかもね。弱い子は、お母さんのオッパイ競争で負けちゃうから、なかなかお腹いっぱいオッパイを飲めてなかったみたいだね」
そう教えてくれたのは、獣医の先生です。商店街にある動物病院に、
「タカ兄ちゃん、この子、元気になるかなぁ・・・」
動物病院から戻った三人は、三鷹さんのお家のダイニングで、バスタオルに包まれた子犬を囲んでいました。相変わらずクッタリしていますが、病院に行って、冷房の効いた部屋にいるせいか、発見した時よりも呼吸は落ち着いているみたいです。
「精一杯、お世話するだけだな」
目の周りを真っ赤にした双子君に、三鷹さんは優しく言うと、キッチンに行きました。冷蔵庫を覗きましたが、この家に上がり込むのは、梅吉さんと笠原先生だけなので、ジュースなんてありません。かろうじて、麦茶のペットボトルがありました。グラスに氷と一緒に麦茶を注いで、ダイニングのちゃぶ台に置きました。
「ごめんね、タカ兄ちゃん僕たち、タカ兄ちゃんしか頭に浮かばなくって」
「お姉ちゃんは?」
双子君に麦茶を進めると、喉が渇いていたみたいで、二人は一気に飲み干しました。
「お姉ちゃんも桃ちゃんも、動物の番組視て、いつも泣いてるから…」
「僕達みたいに、パニックになっちゃうよ」
「それか、泣いちゃうから」
優しい子達です。
「白川の家で世話をするのは難しいだろうから、ここで診ておく」
「僕たちが拾ったから、僕たちがちゃんとお世話するよ!」
「タカ兄ちゃん、お仕事あるでしょう?」
三鷹さん、迷っています。
双子君の家で、双子君が面倒をちゃんと診たとして、万が一悲しい結果になったら… 逆に、元気になったら、白川家から出なくなるんじゃないか? そもそも、父親の修二さんに反対されたら…
「家ではペットを飼ってはいけないと言われているんだろう? なら、とりあえず元気になるまではここに置いておいた方がいい。世話をしたいなら、いつでも来ていいから」
「本当に?」
「本当に来てもいいの?」
双子君は、必死です。
「ああ。何なら、お泊りしてもいい」
「お姉ちゃんに言ってくる!」
「荷物、持ってくる!」
双子君は、グラスの中の氷を口の中に入れて一気に噛み砕くと、子犬を覗き込みました。
「すぐ戻ってくるからね」
「待っててね」
双子君は鼻息も荒く、勢いよく玄関を出て行きました。
「あの部屋で、寝かせるんですか?」
いつから居たんでしょうか? 部屋の隅で寝っ転がっていたらしき笠原先生が、ぬっと起き上がりました。
「あの騒ぎが、隣の俺の家に聞こえないわけがないでしょうよ。鍵もかけないで飛び出して行ったから、留守番していたんですよ。
それより、双子君が戻ってくる前に、寝室の片付けをした方がいいんじゃないですか?」
三鷹さん、何か言いかけて口をパクパクさせましたが、慌てて寝室に駆け込みました。寝室から聞こえるバタバタした音に、笠原先生は大きなため息をついて、子犬を見つめました。