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第46話 小さな命1

 とってもとっても小さな声で… 皆さん、おはようございまぁす。三鷹みたかさんの手拭いに刺繍されているカエルの『サクラ』です。


 三鷹さん、ようやくお仕事に集中し始めました。いつも通り、桜雨おうめちゃんのところで皆で朝ごはんを食べて、家の掃除はする気が起きず… お仕事をしようとしてパソコンを開いても、なかなか集中できていませんでした。少しキーボードを打っては、ため息をついて珈琲を飲んで… 頭の中、桜雨ちゃんでいっぱいなんですよね。

 この夏、色々あった上に、理容師の坂本さんにも言われた事が、頭に引っかかってるんですよね。で、昨日の学校プールで見た、桜雨ちゃんの水着姿。スマホで隠し撮りしたのをチラチラ見てたら、仕事なんか手につきませんよね。でも、いい加減お仕事しないと、新学期が大変なことになるらしいです。朝食の時、笠原先生に釘を刺されていました。


 そんな三鷹みたかさんの静寂を、玄関を思いっきり連打する音が破りました。


 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン…


「おにいぢゃぁぁぁぁんー」


「ダガおにいぢゃぁぁぁぁんー」


「「だずげでぇぇぇぇ」」


 玄関との連打と一緒に、小さな男の子の声が二人分、聞こえました。聞き覚えがありすぎるその泣き声に、三鷹さんは慌てて玄関のドアを開けました。


「ダガおにいぢゃぁぁぁぁんー。しんじゃうー」


「「だずげでぇぇぇぇ」」


 玄関の前で大泣きしていたのは、桜雨おうめちゃんの双子の弟君達でした。二人とも、汗と涙と鼻水で、可愛い顔がグジャグジャです。1人が小さな段ボールを、大事に大事に両腕で抱えていました。



 桜雨ちゃんには、小学校2年生の双子の弟、冬龍とうりゅう君と夏虎かこ君がいます。二人は、東条家含む家族から『龍虎りゅうこ』と呼ばれていて、昔から三鷹さんや、最近は笠原さんも面倒を見てくれています。

 主と同じ、目尻のぽへっと下がった焦げ茶色の瞳と、薄く入れた紅茶色の猫っ毛はベリーショート。小さめの体はスベスベの白い肌で、日に焼けても赤くなって終わり。クラブサッカーに入っているので、細かい傷はあっちこっちにあります。桜雨ちゃんの作るホットケーキと、ミルクで入れるココアが大好物です。

 そんな二人、桜雨ちゃん達が学校のプールを私物化して楽しんでいた昨日は、お友達のお家にお泊り会でお出かけしていました。商店街から少し離れた、通っている学校の近くのお家です。

 6人のお友達とたくさん楽しみました。お庭にビニールプールを出して、水鉄砲とホースも使って皆でビショビショになりました。夕飯は、お庭でバーベキュー。デザートのスイカの種を、誰が一番飛ばせるか、競争もしました。寝る前の枕投げも忘れません。

 朝は6時前に起きて、ラジオ体操が始まる前の公園で、サッカーをしました。もちろん、皆でラジオ体操にも参加です。そのラジオ体操の帰り、皆でお友達の家に帰る途中、双子君の足がピタリと止まりました。


「二人とも、どうしたの?」


 先に進んだお友達が、不思議そうに双子君に声を掛けました。


「… 今、なんか声がしたよ?」


「うん、した」


 電信柱と自動販売機の間の影で立ち止まって、キョロキョロ辺りを見渡しました。


「声?」


「聞こえないよ?」


「お腹すいたから、早く帰ろうよ~」


 皆には聞こえないようですが、双子君には微かに聞こえているようです。まだ、キョロキョロしています。


「あ、ここからだ」


 それは、双子君が立っている電信柱と自動販売機の間の影のさらに奥、コンクリートの壁と自動販売機間に、隠すように置かれていました。ガムテープで蓋をされた、小さな段ボールです。


「鳴いてる」


 双子君が皆の前まで段ボールを引きずり出すと、皆の耳にも微かな鳴き声が聞こえました。でも、分かっていて、耳をすまさなければ聞こえないぐらい、小さな声です。双子君は、慌ててガムテープを剥がして、蓋を開けました。


「子犬だ」


「赤ちゃんじゃん」


 双子君は、言葉が出せないで口をパクパクさせています。その後ろから、覗き込んだ友達が口々に言いました。


「これ、死んじゃう?」


「まだ動いてるけど…」


「死んじゃうんじゃない?」


 小さな段ボールに入っていたのは、痩せた小さな黒い子犬でした。


「うわぁぁぁ、死んじゃう!!」


「死んじゃうよぉぉぉぉー!!」


 双子君は、慌てて段ボールを抱えて、お友達に何も言わずに走り始めました。後ろからかけられるお友達の声にも気が付かず、家の方に向かって猛ダッシュです。



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