剣道部の皆さんの証言
居残り稽古組
「水島先生、誰よりも動いてたのに、居残り稽古でも一番動いてた」
「判断力が凄いよね。沢渡先生と電話していた時も、話しながら俺らに指示出してたもんな」
部員達
「水島先生、本当に判断速かった」
「沢渡との連携? 意思の疎通も半端ないよね」
「沢渡先生も、判断速かった~」
「堺君も、いい動きだったよね」
「沢渡先生、玄関のすぐ横の事務所からバケツを3個持ち出して何するのかと思ったらさ… それに水入れて、スマホで連絡とりながらジッと玄関の中見つめててさ、水島先生の姿確認した瞬間、バケツの水かけまくるんだもん」
「あれ、ビックリした」
「俺も、ビックリした」
「先生、上半身裸だったしね。あの煙と炎の中で、よく人一人背負って来たわよね」
「火事、タバコが原因なんでしょ? これで、禁煙できるんじゃない?」
「本当だよな。うちらはいい迷惑だよ」
「でもさ、あの水島先生の手拭い、すんごいご利益あるんだね。初日から、大事に使っては、丁寧に手洗いしてたの、皆知ってるよ。
沢渡先生に水かけられて倒れ込んだ時も、あの手拭い、握りしめてたしね」
剣道部の皆は、病院に駆けつけた笠原先生に、弾丸のように一方的に話すと、沢渡先生に引率されて体育館へと戻って行きました。町会や、他の宿屋のご好意で、お布団等を貸してもらえたようです。
「宿屋の焼失、4分の1。怪我人、左足首捻挫1名。熱傷1名、主に上半身と顔に集中。1度熱傷の為、数日で完治の見込み。
また、今の2名含む3名は、一酸化炭素や炭酸ガス、シアン化水素(青酸ガス)、塩素ガスなどの有毒ガスを吸引しているため、処置後要経過観察。死者0名。… だそうですよ」
廊下から見える窓の外は、もうすっかり夜です。
そんな桃華ちゃんに、笠原先生はスポーツドリンクのペットボトルを渡して、隣に座りました。
「まぁ、不幸中の幸いというところですね」
「それは、良かったです」
桃華ちゃん、メチャクチャ棒読みです。不機嫌なのが、手に取るようにわかります。
「来なくても、良かったんですよ。夏休みといえども、夜更かしは美容の大敵でしょうに」
笠原先生は自分のスポーツドリンクのキャップを開けると、ゆっくりと飲み始めました。
「
「正直、俺は焦りましたよ、梅吉から話を聞いた時ね。ただ、白川さんの落ち着きに、報告以上に凄く驚きました」
沢渡先生から火事の連絡を受けた梅吉さんは、落ち着くために数回深呼吸をしてから、皆を振り返りました。その顔色の白さを、桃華ちゃんも覚えています。
「兄さんが、一番最初に『
…
いつもそうよ。家の手伝いして、双子の面倒もしっかり見て… 家族の誰かが体調を壊したら、感染対策万全で看病して。怪我をしたら適切な処置をして、必要なら病院に連れて行って…。私は、その手伝いをするだけ」
桃華ちゃんも、キャップを開けて、スポーツドリンクを少し飲みました。
「桜雨は、自分が一番しっかりしなきゃって、思ってる。多分、双子が生まれてお姉ちゃんになったから… 兄さんみたいに確りしなきゃって、思ったのね。兄さん、そんなに確りしてるとは思えないけれどね。でも、なんだかんだ、長男なのよね。私や桜雨が困った時は、兄さんや両親、叔父夫婦が助けてくれてたわ。いつの間にか、その中にカエルの王子様が仲間入り」
梅吉さんは学校や生徒の保護者への対応で、電話を切った後、お友達を送りながら、学校に行きました。
主は、素早く夕飯の仕込みをして、双子君に『三鷹お兄ちゃん、迎えに行ってくるね』と、出かけようとしたところを、桃華ちゃんと笠原先生に止められました。けれど、主は頑固なんです。『行く』と言い出したら、行くんです。それが分かっている桃華ちゃんは、笠原先生に車を出してもらったわけです。
桃華ちゃんは、少しイライラした口調になってきました。
「生徒を助けるのは立派だわ。実際、少しの怪我で皆助かったし。
けど… 万が一ってこともあるでしょう?! 水島先生は、間違ってないわ。生徒を助けたのは、間違えじゃないのは分かってるけど… 桜雨の気持ちを考えたら、間違えよ。
…ううん、違うわね。桜雨だって、間違ってないって思ってる。水島先生は無理はしない、危険は冒さないって分かってる。だから、今回の事は『不可能な事ではない』『危険ではない』って、計算されたことだって、桜雨も分かってる。
でも… 心配するでしょ? 大事な人なら、なおさらでしょ? でも、桜雨は何も言わない。それが当たり前のように、『心配』を飲み込むの。自分でも、気が付いてないわ」
桃華ちゃんも、優しいんです。三鷹さんを責める口調ですが、心配しているから… 主が心配で、大切だから。
「私と桜雨は、皆に心配かけたくなくて、護身術を身に着けたわ。自分たちで対処できるようになったわ。でも、皆の心配は変わらない。一緒よね。
大切だから、心配するの… 分かってる。分かってるけど… 桜雨の飲み込んだ気持ちは? 私は、無視できないわ。だから、私が言うの…」
ポロポロポロポロ… 桃華ちゃんの切れ長の瞳から、透明で大きな粒が次々と零れ始めました。全身に力が入って、飲みかけのペットボトルをギュッと握りしめています。
「君たちは、どうしてそんなに優しいんでしょうね」
そんな桃華ちゃんの肩を笠原先生は優しく抱きよせて、サラサラの黒髪を撫でました。
「桜雨が優しいから… 桜雨は、皆が優しさをくれるからって言うわ」
笠原先生のアロハシャツが、どんどん濡れていきます。肩の周りは、直ぐにビショビショになっちゃいましたけど、先生は嫌な顔することなく、ただただ、桃華ちゃんの頭を撫でています。
「うん。それは、良い事ですね。とても良いことです」
笠原先生は、囁くように優しく言いました。
「バカバカバカバカ… 三鷹のバカ! 桜雨に心配かけて!
…良かったよ~。皆、助かって、良かったよぉ~」
桃華ちゃんは、とうとう笠原先生の腕に抱き着いて、大泣きし始めました。
「本当に、良かった」
そんな桃華ちゃんを嫌がるでもなく、笠原先生は激しくしゃくり上げる背中を抱きしめて、ポンポンと軽~く叩いて、優しく呟きました。