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第40話 『大切』だから『心配』なんです

 剣道部の皆さんの証言


 居残り稽古組


「水島先生、誰よりも動いてたのに、居残り稽古でも一番動いてた」


「判断力が凄いよね。沢渡先生と電話していた時も、話しながら俺らに指示出してたもんな」


 部員達


「水島先生、本当に判断速かった」


「沢渡との連携? 意思の疎通も半端ないよね」


「沢渡先生も、判断速かった~」


「堺君も、いい動きだったよね」


「沢渡先生、玄関のすぐ横の事務所からバケツを3個持ち出して何するのかと思ったらさ… それに水入れて、スマホで連絡とりながらジッと玄関の中見つめててさ、水島先生の姿確認した瞬間、バケツの水かけまくるんだもん」


「あれ、ビックリした」


「俺も、ビックリした」


「先生、上半身裸だったしね。あの煙と炎の中で、よく人一人背負って来たわよね」


「火事、タバコが原因なんでしょ? これで、禁煙できるんじゃない?」


「本当だよな。うちらはいい迷惑だよ」


「でもさ、あの水島先生の手拭い、すんごいご利益あるんだね。初日から、大事に使っては、丁寧に手洗いしてたの、皆知ってるよ。

 沢渡先生に水かけられて倒れ込んだ時も、あの手拭い、握りしめてたしね」


 剣道部の皆は、病院に駆けつけた笠原先生に、弾丸のように一方的に話すと、沢渡先生に引率されて体育館へと戻って行きました。町会や、他の宿屋のご好意で、お布団等を貸してもらえたようです。


「宿屋の焼失、4分の1。怪我人、左足首捻挫1名。熱傷1名、主に上半身と顔に集中。1度熱傷の為、数日で完治の見込み。

 また、今の2名含む3名は、一酸化炭素や炭酸ガス、シアン化水素(青酸ガス)、塩素ガスなどの有毒ガスを吸引しているため、処置後要経過観察。死者0名。… だそうですよ」


 廊下から見える窓の外は、もうすっかり夜です。三鷹みたかさんの病室の前のベンチで、病室のドアを見つめながら桃華ももかちゃんが一人待っていました。

 そんな桃華ちゃんに、笠原先生はスポーツドリンクのペットボトルを渡して、隣に座りました。


「まぁ、不幸中の幸いというところですね」


「それは、良かったです」


 桃華ちゃん、メチャクチャ棒読みです。不機嫌なのが、手に取るようにわかります。


「来なくても、良かったんですよ。夏休みといえども、夜更かしは美容の大敵でしょうに」


 笠原先生は自分のスポーツドリンクのキャップを開けると、ゆっくりと飲み始めました。


桜雨おうめだけ、来させるわけないじゃない。私だって、これぐらいの怪我ですんで、良かったと思ってるわよ」


「正直、俺は焦りましたよ、梅吉から話を聞いた時ね。ただ、白川さんの落ち着きに、報告以上に凄く驚きました」


 沢渡先生から火事の連絡を受けた梅吉さんは、落ち着くために数回深呼吸をしてから、皆を振り返りました。その顔色の白さを、桃華ちゃんも覚えています。


「兄さんが、一番最初に『三鷹みたかは軽傷、大丈夫』って、ハッキリ言ったからよ。呪文のように、『大丈夫、大丈夫』って、気持ちを落ち着かせたのよ。

 … 桜雨おうめはお姉ちゃんで、両親の代わりだから。

 いつもそうよ。家の手伝いして、双子の面倒もしっかり見て… 家族の誰かが体調を壊したら、感染対策万全で看病して。怪我をしたら適切な処置をして、必要なら病院に連れて行って…。私は、その手伝いをするだけ」


 桃華ちゃんも、キャップを開けて、スポーツドリンクを少し飲みました。


「桜雨は、自分が一番しっかりしなきゃって、思ってる。多分、双子が生まれてお姉ちゃんになったから… 兄さんみたいに確りしなきゃって、思ったのね。兄さん、そんなに確りしてるとは思えないけれどね。でも、なんだかんだ、長男なのよね。私や桜雨が困った時は、兄さんや両親、叔父夫婦が助けてくれてたわ。いつの間にか、その中にカエルの王子様が仲間入り」


 梅吉さんは学校や生徒の保護者への対応で、電話を切った後、お友達を送りながら、学校に行きました。

 主は、素早く夕飯の仕込みをして、双子君に『三鷹お兄ちゃん、迎えに行ってくるね』と、出かけようとしたところを、桃華ちゃんと笠原先生に止められました。けれど、主は頑固なんです。『行く』と言い出したら、行くんです。それが分かっている桃華ちゃんは、笠原先生に車を出してもらったわけです。


 桃華ちゃんは、少しイライラした口調になってきました。


「生徒を助けるのは立派だわ。実際、少しの怪我で皆助かったし。

けど… 万が一ってこともあるでしょう?! 水島先生は、間違ってないわ。生徒を助けたのは、間違えじゃないのは分かってるけど… 桜雨の気持ちを考えたら、間違えよ。

 …ううん、違うわね。桜雨だって、間違ってないって思ってる。水島先生は無理はしない、危険は冒さないって分かってる。だから、今回の事は『不可能な事ではない』『危険ではない』って、計算されたことだって、桜雨も分かってる。

 でも… 心配するでしょ? 大事な人なら、なおさらでしょ? でも、桜雨は何も言わない。それが当たり前のように、『心配』を飲み込むの。自分でも、気が付いてないわ」


 桃華ちゃんも、優しいんです。三鷹さんを責める口調ですが、心配しているから… 主が心配で、大切だから。


「私と桜雨は、皆に心配かけたくなくて、護身術を身に着けたわ。自分たちで対処できるようになったわ。でも、皆の心配は変わらない。一緒よね。

大切だから、心配するの… 分かってる。分かってるけど… 桜雨の飲み込んだ気持ちは? 私は、無視できないわ。だから、私が言うの…」


 ポロポロポロポロ… 桃華ちゃんの切れ長の瞳から、透明で大きな粒が次々と零れ始めました。全身に力が入って、飲みかけのペットボトルをギュッと握りしめています。


「君たちは、どうしてそんなに優しいんでしょうね」


 そんな桃華ちゃんの肩を笠原先生は優しく抱きよせて、サラサラの黒髪を撫でました。


「桜雨が優しいから… 桜雨は、皆が優しさをくれるからって言うわ」


 笠原先生のアロハシャツが、どんどん濡れていきます。肩の周りは、直ぐにビショビショになっちゃいましたけど、先生は嫌な顔することなく、ただただ、桃華ちゃんの頭を撫でています。


「うん。それは、良い事ですね。とても良いことです」


 笠原先生は、囁くように優しく言いました。


「バカバカバカバカ… 三鷹のバカ! 桜雨に心配かけて!

 …良かったよ~。皆、助かって、良かったよぉ~」


 桃華ちゃんは、とうとう笠原先生の腕に抱き着いて、大泣きし始めました。


「本当に、良かった」


 そんな桃華ちゃんを嫌がるでもなく、笠原先生は激しくしゃくり上げる背中を抱きしめて、ポンポンと軽~く叩いて、優しく呟きました。


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