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第35話 三鷹さんのお守り

 皆さん初めまして。

ワタシは白地に『白桜はくおう私立高等学校』と書かれた手拭いに、願いを込めて刺繍されたカエルの『サクラ』です。持ち主さんが、ワタシを始めて見た時、呟いてくれた名前です。薄ピンクの桜がワンポイントの、黒い傘をさしています。

 ワタシの持ち主は、水島三鷹さん。学校の先生で、剣道部の副顧問。ワタシを刺繍してくれたのは、三鷹さんに恋する女子高校生の白川桜雨おうめちゃん。


 怪我しませんように。無事に帰ってきますように。


 そう願いを込めて、一針一針丁寧に刺して、ワタシを作ってくれました。初めてワタシを見た三鷹さんは、とってもとってもとぉ~っても、優しい目をしてました。優しくて、嬉しくて、愛しくて… そんな目でワタシを見て、優しくなぞってくれました。


 それが、3日前の朝の話です。12時間もたった頃には、そんな影は微塵も見えませんでした。


 今年の合宿は、いつもと違う宿だそうです。いつもの宿が老朽化で、立て直しのため使えないとか…。今年の宿も、そろそろ立て直しじゃないですか?

 とっても年季の入った、木造の旅館です。5年前までは。今は合宿宿として貸し出されているそうで、通いの管理人さんが2人いるそうです。いつも借りている体育館の近くなのが、救いだそうです。


 三鷹さん、普段は口数がすんごく少ないんです。必要最低限しか、話しません。普段はキュッと結ばれている唇は、稽古が始まると勇ましい叫び声が飛び出します。褐色の肌で、186センチと背が高くて、綺麗に筋肉が付いている体はとても動きが良くって、現役生徒より持久力もあります。キリっとした黒の三白眼から放たれる闘気で、体が動かなくなる子も少なくないです。ワタシは、そんな三鷹さんの頭に巻かれています。ベリーショートにしている硬めの黒髪に、ワタシをキュッ! と巻いて面を被るので、ワタシはビチョビチョでとても汗臭いです。けれど、稽古が終わると、三鷹さんがとっても優しく手洗いして干してくれます。そんな時の三鷹さんは、稽古中の気迫が嘘みたいです。

 今朝も、まだジャージ姿なのに、窓に引っ掛けていたハンガーに干していたワタシを優しく手に取って、サッと巻いてくれました。稽古が始まるまで、まだまだ時間がありますが…。とりあえず、朝食ですね。


「… やってらんねぇよ」


「帰っちまうか?」


「飯もまずいし、ゲームもテレビもないし…」


 三鷹さん、食事をとる『宴会場』に向かう途中、不満げな話声とタバコの匂いに気が付きました。


「どうやって帰る? 足ねぇしなぁ…」


「さすがに、あの大型バスの運転は出来ねぇしな」


「いやいや、何事もチャレンジでしょうよ」


「タバコは止めておけ」


「おいおい、センコーみたいなこと言ってんなよ」


「って、お前、誰だよ!!」


 廊下の影でジャージ姿の男子生徒が3人、携帯灰皿も出さずにタバコを吸っていました。どうやら、自校の生徒ではないようで、足元には数本の吸い殻が落ちています。まだちゃんと火が消えてないモノもあるみたいで、煙が出ているモノもあります。そんな3人の中に、三鷹さんはスッと入り込んでいました。


「百害あって一利なし、だ」


 三鷹さんは、3人の手からタバコを取り上げて、足元に投げ捨てて踏んで火を消しました。


「おい!」


 吸い殻を拾おうとした三鷹さんを、一人の生徒が殴りかかりました。


「練習試合なら、いつでもいいぞ」


 三鷹さんはその腕を軽々と受け流して吸い殻を拾うと、後ろも振り返らずに宴会場に向かいました。


「ちっくしょう… バカにしやがって」


「あれ、顧問なんだろ?」


「練習試合申し込んで、アイツの生徒の前でボコボコにしてやろうか?」


「お、いいねぇ~」


「うちの顧問に、頼もうぜ~」


 そんな会話をしながら、3人は新しいタバコをポケットから取り出しました。

 宴会場についた三鷹さんは、1年生が作ってくれた朝食を皆と有難く食べました。でも、生徒の作ってくれるご飯は有難いし美味しいけれど、やっぱり桜雨ちゃんの作ってくれるご飯が、特に、出汁巻き卵がとても恋しくなっていたりするんですよね。

 合宿も、あと半分です。頑張って、三鷹さん!


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