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第33話 人生の挑戦への準備(文化祭準備への道3)

「では、赤井の友人を有志参加者として、希望部署に入ってもらってください。

 あと、各部署必要な技術等については、調べるでも構いませんし、使えるコネは使って構いません。むしろ、盗むつもりで使い倒しなさい」


 ここからは、笠原先生の独壇場です。赤井先輩と学級委員長は、笠原先生と場所をチェンジしました。


「まず、『進行』は全体のタイムテーブル(工程表)の作成。そこから、各部署でタイムテーブル作成。それを『進行』に戻し、全体と各部署のスケジュールのすり合わせ。作業を進めていくと、部署によってはズレが出て来ると思います。そのズレを修正、もしくは帳尻合わせするために、各部署タイムキーパーを立ててください」


 女子の学級委員長が、千手観音のように板書していきます。


「次に、学校と私のスケジュールです。まず、文化祭は11月の文化の日とその前日の2日間。

 舞台を使うリハーサルは、クラス・部活共に前日の1回のみ。リハーサル時間は、通年通りなら短縮なしの通しで行えるはずです。

 10月は、準備強化月間ですが、月頭には中間テストがあります。このテストで赤点を取った生徒は、問答無用の追試ですので、勉学も力を抜かない様に。

 夏休みに学校を使いたい場合は、事前申請を忘れずに。お盆だけは、学校自体閉まっていますから、気を付けてください。

 私は7月いっぱい、補習で学校に来ていますので、何かありましたらA会議室へどうぞ。

 今は、こんなところでしょうか? 後は、グループLINEを活用するのが良いかと思います。文化祭限定のグループLINEに、赤井とその仲間を加えてください。ああ、それと、担任兼顧問の私と、副顧問の東条先生と水島先生も招待してくださいね。プライバシー管理については、十分気を付けてください。では…」


「いやいや、笠原先生、解散しちゃダメでしょう。成績表。成績表渡さなきゃ」


 いつもの締めに入った笠原先生に、梅吉さんが突っ込みましたが、皆はそれどころではありません。黒板を写すのに夢中です。が、一人が諦めてスマホで写真を撮ると、皆、それに倣(なら)いました。あちこちでフラッシュや、色んなシャッター音が聞こえました。


「有効な使い方ですね。では、成績表を渡しましょう」


 そんなクラスを一望して、笠原先生は皆の成績表を教壇に出しました。このタイミングで、赤井先輩はお礼を言って3年の教室に戻って行きました。

梅吉さんと、LINE交換を済ませてから。


「桃ちゃん、何やる? 合唱部も、舞台やるよね?」


 笠原先生が順番に、コメント付きで成績表を渡している間にも、黒板には『何を誰がやるか』が書き込まれていきます。そして、教室ではファッションショーの話で盛り上がっていました。


「もちろん。合唱部どころか、今年も独唱あるわ。

 … ん~、私、作りたいものがあるのよね。合唱部の練習時間も考えたら、2つはできると思うのよ」


「じゃぁ、桃ちゃんは『裁縫』?」


「皆の手前、ああは言ったけれど、私が作ったのは桜雨に着てもらいたいな」


 おねだりの微笑みで見つめられて、主は視線を梅吉さんと三鷹みたかさんに向けました。二人とも、生徒の話に耳を傾けているみたいです。たまに、会話の中に入ってアドバイスをしたりしていたりします。梅吉さんの場合は、笑いが起こります。三鷹さんの場合は、生徒が大きく頷きます。


… 確かに先生ですね。


「大人しく、してくれるかしら? 私も、美術部の制作があるから、当日頑張ればいいなら助かるんだけど…」


 主は、『先生』をしている梅吉さんと三鷹さんを見ながら、ちょっと溜息です。


「|桜雨《おうめが『お願い』すれば、1時間ぐらいは我慢するでしょう?」


「『お願い』?」


「そ、『お願い』。でも、桜雨が着るのは、私の2着だけでいいわよ。可愛い桜雨を、見せびらかしたいけど見せたくもないから」


「あら、モデルなら、桃ちゃんの方が適任だわ。身長高いし、スタイルいいし、足長いし、美人だし。桃ちゃんのモデル姿、みたいなぁ~」


 主はコテン、と少し首をかしげて、落ちた前髪の隙間、斜め下から桃華ちゃんを見上げました。小さな唇が、サクランボのように見えます。


「… うん、ごめん。その顔で兄さん達に『お願い』しちゃ、ダメだわ。

水島先生には特に…」


 桃華ももかちゃんは、主の可愛さビームにやられたようで、ヘロヘロと机に額をくっつけました。


「桃ちゃん?」


「…プレゼント、喜んでくれるといいわね」


「うん」


 桃華ちゃんが一番悔しいのは、主の一番素敵な笑顔、可愛い笑顔、恥じらう笑顔、春の木漏れ日のような笑顔… それらをさせるのが、三鷹さんだという事です。今だって、三鷹さんを思いながら、ほっぺをポッと桜色に染めて、はにかみながらも微笑んでいます。

すぐそこに、居るんですがね。


「水島先生、やっぱり初日のお昼は、弁当ですか?」


「ああ、今年は合宿日数が少ないうえに、宿が他校と同じだそうだ。時間を節約する意味でも、初日の昼は料理をしている時間はないな」


 主の斜め前の席で、三鷹さんと男子生徒が夏の部活合宿の確認をしていました。思わず、主は桃華ちゃんの方を向いたまま、三鷹さん達に背中を向けたまま、聞き耳を立てました。


「8月1日からでいいんですよね? いつもは夏休み後半なのにって、先輩たちが言ってたんですけど…」


「宿の都合で、この日しか取れなかったんだ。合宿から戻ったら、お盆明けまでは部活も休みだ」


 それを聞いて、主は思わず三鷹さんを振り返りました。それはもう、勢いよく。主らしからぬ勢いで。けれど振り返った瞬間、三鷹さんと視線が合って、反射的に桃華ちゃんへと視線を戻しました。

激しく行ったり来たり… 主、首は大丈夫ですか?


「桜雨… 首、大丈夫?」


「うん、首は大丈夫。

でも… 今年の合宿が8月頭だなんて、聞いてなかった~プレゼント、気合入れなおすね!」


下がり気味の眉をさらに下げて、主は今にも泣きそうな顔でした。そぉ~っと・・・三鷹さんを、男子生徒と話す『先生』の横顔を見て、桃華ちゃんに力こぶのポーズをして見せました。


そんな主の姿を、三鷹さんもそぉ~っと、見ていました。そぉ~っと見て、三鷹さん、頬の筋肉がいつもより柔らかくなっていました。




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