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第26話 七夕の夜、浴衣の君と

 皆さん、こんばんは。桜雨ちゃんの、折りたたみ傘の『カエル』です。


 今夜は七夕です。

 主のお家がある商店街では、七夕のお祭りをします。今年は土曜日なので、人手も多いいです。

 お昼過ぎから商店街に流れる音楽は、子供会のお囃子で、夕方には気分も最高潮です。


桜雨おうめちゃ~ん、お父さん出るけど、大丈夫?」


 17時過ぎには、家の1階、お花屋さんのバックヤードに繋がっているドアから、主のお父さんの修二さんが2階に向かって声を上げました。

 その恰好は、黒地の甚平です。黒の短髪をジェルで後ろに流して、目つきの悪いのを緩和させるための伊達眼鏡も今夜は取っているので、メチャクチャ怖いです。僕は、近づきたくありません。目が合っただけで、死んじゃいそうです。


「は~い。すぐ行きま~す。お父さん、気を付けてね」


 2階のドアが開いて、浴衣姿の主が出てきました。

 白地に、ピンク系の軟らかオレンジの矢羽根と花柄の浴衣。鮮やかな水色グラデージョンの帯に、黄色の花紐飾り。薄く入れた紅茶色の髪には、オレンジ色のお花の髪飾りが揺れています。


「… 可愛い。ヤバい、可愛すぎ!! ダメ、それでお店に立っちゃダメ」


 修二さんは、そんな主を見て、本気で焦っています。


「お父さん、早く行こう~」


「待って、桜雨ちゃんが可愛すぎるから…」


「いつもだから、大丈夫、大丈夫」


 そんな修二さんを、バックヤードから出てきた主によく似た甚平姿の双子君達が、店の中へと引っ張っていきました。


「気を付けてね~」


 そんな修二さんに、主は小さく手を振りながら階段を下りました。修二さんは、双子君達を商店街のお祭りで遊ばせながらの警備で、理容室の強面のお兄さんと、組んで回ります。喧嘩や事件があったら、止めに入るのがお仕事です。ハッキリ言って、犯罪抑止力は高いです。だって、目を合わせるのも怖いですもん。


 そんな修二さんの代わりに、主は毎年、浴衣姿でお店に立ちます。

 七夕祭りから夏が終わるまで、お店では花火も扱っているので、結構忙しくなります。主のお仕事は、花火の売り子さんです。


 主は、お母さんの美和さんにそっくりで、お揃いの浴衣を着てお店に立っていると、姉妹です。下心があるお客さんも来るからと、用心棒で三鷹さんもお店のお手伝いです。

 三鷹みたかさんもこの4~5年はお手伝いをしていて、今年は、黒と渋めのからし色の矢羽根柄の浴衣です。


 主も三鷹さんも、お互いの姿を見て時が止りました。いや、毎年なんですけれど、今年は特にです。


「ちょっと、水島先生、突っ立ってるだけなら、邪魔ですよ。デカいんですから、立ち位置ぐらい考えてください。って、毎年言ってるでしょ!」


 そんな二人の間に、バックヤードから出てきた桃華ちゃんが入り込みました。

 今夜の桃華ちゃんは、薄青紫の麻の葉に、赤紫の牡丹柄の浴衣です。

黒の兵児帯は、後ろで大きな花のように開いて、小さなシルバーの梅の花の帯留がポイントです。結い上げた黒髪に、シルバーの簪が良く似合います。


「桃ちゃん、素敵~」


「桜雨、可愛い~」


 浴衣姿で手を取り合って、キャッキャする姿が、とても可愛いです。


「ほらほら、看板娘、油売ってないでよ」


 喫茶店のバックヤードの方から、桃華ちゃんのお母さんの声が聞こえました。


「桜雨、後で、花火やろうね」


 桃華ちゃんは、お店用にセットしておいてもらった白い紫陽花の花瓶を抱くように持って、喫茶店へと戻っていきました。桃華ちゃんも、今夜はお店のお手伝いです。


 梅吉さんは、修二さんのように商店街の人と警備で回っているので、喫茶店の用心棒は笠原先生です。


 笠原先生は、黒地にワインレッドの大きな金魚の浴衣です。ボサボサの頭は、桃華ちゃんが高めのポニーテールにしました。


「三鷹さん、後で、皆で花火しましょう」


「ああ…」


 恥ずかしそうな主に、三鷹さんは優しく頷きました。そして、何か言おうとした瞬間、主はお客さんに呼ばれて行ってしまいました。


 三鷹さんは、お店の用心棒をしながら、笹に短冊を飾るお手伝いです。この笹は、商店街がサービスで用意したもので、他にも何店舗か飾られています。飾りたいと来た人に短冊を渡して、店先に出してあるテーブルで書いてもらったら、笹に飾ってもらいます。上の方に飾りたい子は、三鷹さんに抱っこしてもらったりしています。これが、なかなか忙しいのです。


 主と三鷹さんは、お客さんの相手をしながら、チラチラとお互いを盗み見していましたが、ふとした瞬間に目が合うと、主は真っ赤になって下を向いていました。


「おねーちゃーん、ただいま~」


 9時前に、双子君達が戻ってきました。お菓子やおもちゃを、両手に持って、二人とも満足げな笑顔です。


「お帰り~。とうりゅう。短冊、書いた?」


「まだー」


「三鷹兄ちゃんに、貰うー」


 双子君達は、バックヤードの机に荷物を置くと、小さな子ども達にせがまれ、短冊を飾っている三鷹さんの所に向かいました。


「三鷹兄ちゃん、青の短冊ちょーだい」


「ボク、緑~」


 希望の色の短冊を貰って、一生懸命書き込むと…


「三鷹兄ちゃん、肩車してー。上に飾りたい」


「ボクも~」


「順番にな」


 足元で、短冊を持った両手を広げる双子君達を、三鷹さんは順番に肩車をしてあげました。双子君達は声を上げて笑いながら、笹に短冊や飾りを付けました。


 お客さんが、ゆっくりと減っていって、9時半には通る人影も殆んどなくなりました。店を片付け始めた美和さんを、三鷹さんが手伝っています。主も、短冊を仕舞い始めました。


「あれ?もう、終わりですか?」


「すみません、もう… あ、小暮先生」


 そんな主に声をかけたのは、1年生担当の小暮先生でした。学校の帰りなんでしょうか?開襟シャツにスラックス姿で、仕事用の鞄を持っています。


「白川さん! 織姫かと思ったら、白川さんでしたか! とても素敵だ。浴衣姿が素敵で、可愛い。

 ここは、ご実家? 僕も、短冊を一枚貰っても?」


 小暮先生は、戸惑う主にお構いなしで、グイグイ言葉と態度で押してきます。いよいよ主の持っている短冊を貰おうと、手を出した瞬間、セキュリティーが反応しました。小暮先生の手首を、三鷹さんの大きな手が、がっしりと掴みました。


「すみません、もう閉店です」


「おお、水島先生、粋な恰好ですね! お手伝いですか?」


「お気をつけて、お帰りください」


 三鷹さんは、小暮先生に聞かれても、店員さんとして対応しました。

その目の圧は、とても強いです。


「ハイハイ、遅くに失礼しました。白川さん、またね~」


三鷹さんの圧に敗けて、小暮先生は主にヒラヒラと手を振って帰りました。


「大丈夫か?」


「はい」


 小暮先生の姿が見えなくなってから、三鷹さんは主を見ました。主は嬉しそうに頷いて、手に持っていた短冊を1枚、差し出しました。


「今年の1枚、まだですよね? 一緒に、書きませんか?」


 三鷹さんは無言で頷いて、主から1枚受け取りました。

 机に並んで書き込んでいると、桃華ちゃんと笠原先生、見回りを終わらせた梅吉さんも来ました。梅吉さん、白地に黒のよろけ縞の浴衣です。


 5人は仲良く短冊を飾ると、夕飯が出来るまでの時間、お店の裏の玄関前で、手持ち花火を楽しみました。


冬龍・夏虎、今年も寝ちゃったわね」


「二人とも、いっぱい、楽しんだみたいだから」


「桜雨、今年は短冊に何て書いたの?」


「んー… 秘密」


「後で見てもいい?」


「恥ずかしいから、ヤダな」


 主と桃華ちゃんは、しゃがんで線香花火を見つめながら、楽しそうにお話ししています。

 1つ終わったら、また1つ。小さな線香花火は、お手伝いの疲れを、優しく癒してくれます。

 そんな二人を、三人のお兄ちゃんSは、缶酎ハイを飲みながら、優しく見守っていました。




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