火よりも、煙と熱さが邪魔をします。道着は被った水なのか、
「三木本、佐伯、小島、中本… どこだ?!」
たまに声を上げては、耳を澄まします。
「… すけ…」
何回目かの問いかけで、微かに声が返ってきました。
「何処だ?!!」
「ここ…」
「たす…」
直ぐ近く、壁の向こうから聞こえました。
「頭、護っておけ!」
言うが早いか、三鷹さんは持っていた消火器で、木の壁を数回殴りつけました。壁が音を立てて崩れると、三鷹さんに向かって、火が噴き出してきました。数センチ先に、2人の姿が確認できました。
「息、止めてろ!!!」
迷わず、2人の周りに消火器を噴射します。周りにも噴射して1本使い切ると、素早く2人を引きずり出しました。道着の胸元に入れておいたペットボトルの水を、2人の顔に掛けます。
「あと2人は?」
「タバコを買いに…」
「火が出る前に、宿を出ているんだな?」
三鷹さんの問い掛けに、2人は何とか頷きました。
「よし、出るぞ。立てるか?」
1人は立ち上がりましたが、もう一人は座り込んだままです。
「すみません… 足が…」
そう言った瞬間、三鷹さんはその生徒の顔に
「5分あれば、出れるはずだ。危ないと思ったら、レバーを引け」
そして、立ち上がった生徒に頭に巻いていたタオルと、残りの消火器を持たせました。足を怪我した生徒をオンブして、三鷹さんは外を目指して進み始めました。
火が追ってきます。でも、その進みは思ったより遅く、その代わりに、煙が3人を襲います。生徒達は、三鷹さんから渡されたタオルや
「先生、これ!」
足元がふらついた三鷹さんの口と鼻に、後ろから手拭いが押し当てられました。オンブしていた生徒が、両手で当ててくれたようです。煤まみれの、酸欠で震える指先が、
… 怪我をしませんように。
… 無事に帰ってきますように。
それは、
そうです! ここで止まっちゃ、ダメなんですよ! 立って! 立って、三鷹さん! きっと、出口はもう少しなはずだから!!
そんなワタシの声が聞こえたのか、桜雨ちゃんを思ってか、三鷹さんはもう一度立ち上がりました。生徒をオンブしたまま。オンブされている生徒は、手拭いを三鷹さんの顔に当てたまま、無事に脱出できるよう、願い続けていました。
現実が幻か、数メートル先に人影が見えました。自力で歩いていた生徒が、最後の力を振り絞って、駆けだしました。誰かが何かを言っているようですが、三鷹さんはただ、前に進むことだけしか頭にありません。
…
… ご馳走用意して、帰りを待ってますね。
合宿に出発する日、送り出してくれた桜雨ちゃんの笑顔が、三鷹さんの目の前に浮かびました。
「… 桜雨…」
呟いた瞬間、三鷹さんに勢いよく水がかけられました。何回も何回も…。その勢いに押されて、三鷹さんは再び座り込みました。2人の男の人が三鷹さんを、背中の生徒を1人の男の人が、引きずられるようにして、宿の外に出しました。
「先生!」
「水島先生!!」
呼ぶ声は、近いようで、遠くから聞こえます。かすむ視界には、青い空に、舞い上がる火の粉がチラチラと、黒い煙がもうもうと。息苦しさも忘れて、痺れて機能低下していく頭で考えるのは…
桜雨ちゃんの笑顔でした。