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第24話 大人の事情と本音

 東条とうじょううめよし、25歳、体育教師やっています。体育のペーパーテストは、期末しかないから楽でいい。


 幼馴染で同僚の三鷹みたかは、2年の世界史を担当している。毎回テスト採点の後、正解率の低い問題を集めて『確認テスト』なるものを作っている。テストを返して解説した一週間後に、『確認テスト』をやって、その点数も含めて、補習をする生徒を決めているらしい。

生徒達の間では『救済措置』と呼ばれている。


 もう一人の同僚の笠原は、中間も期末もテストは一発勝負。そのかわり、赤点をとれば補習で確り、みっちり教えている。この補習には、赤点を取った生徒は当たり前だけれど、不安がある生徒も自由に参加している。


 そんな二人と、夕飯のカレーを食べながら、久しぶりにダラダラしています。3LDKの三鷹の家で。テスト採点という、大きな仕事を終えた解放感に包まれながら。


「で、梅吉の従姉妹どのは、確りと恋心を拗らせているようだが?」


 ダイニングにはソファーなんて洒落たものはなく、4畳のゴザが引かれて、ちゃぶ台がデン!と置かれている。ちゃぶ台の上には、可愛い妹達が作ってくれた今夜の夕飯、カレーとグリーンサラダの残骸があるだけだ。


「意識、させ過ぎじゃないの?」


 冷蔵庫から、勝手に3人分のビールを取り出して、三鷹と笠原に手渡した。


「先日の飲み会では、立派な倫理観を語っていましたが、あそこまで拗らせさせてしまうのは、いかがなものだか…」


「あの発言させたら、アウトじゃん? 修二叔父さんに聞かれたら、ボコボコにされちゃうよ。三鷹みたかと俺」


 ビールのプルタブを開けた瞬間、炭酸の小さな音と独特の匂いが飛び出し、渇きを思い出して、一気に半分ほど流し込んだ。


「監督不行き届き」


「それな」


 笠原の一言につきる。笠原は、ビールのツマミに、残していたサラダを、チビチビ食べている。


「まぁ、おおかた、3年の近藤の存在に焦ったというのが本音でしょう?

側から見ていて今更感もありますし、良い大人なのに余裕がないっというのも、みっともない」


「三鷹も、拗らせてるもんなぁ~」


 残りの半分を一気に煽って、三鷹を見た。350mlじゃぁ足りないのか、一気に飲み干した三鷹は、冷蔵庫に向かった。


「まぁ、明日は休みだから、呑め呑め」


 出してきたのは、日本酒の一升瓶。未開封。大きな湯呑と一緒に、ちゃぶ台に乗せて、手酌で呑み始めた。


「近藤は、素直に応援してあげたくなりますけどね。」


 今度は笠原が冷蔵庫に向かう。3人分の空いたカレー皿を、ついでに流し台に下げながら。


「馬鹿正直と言うか、純粋というか… まぁ、一教師として、純粋な子は応援してあげたくなるよな。想い人が、うちの桃華ももかと、桜雨おうめじゃなければね」


 笠原が冷蔵庫から出してきたのは、500mlの缶酎ハイ。4本中の1本を受け取って、呑み始める。


「白川はともかく、妹が恋人を連れてきたら?」


「まず、俺より弱かったらダメ。頭も、力も、俺より下は認めない。次に、桃華を本当に大事にしていること」


「容姿は?」


「容姿? 俺より上の容姿を求めるのは、酷じゃない?」


「自己採点がお高い」


 俺と笠原が缶酎ハイを1本開ける間に、三鷹は一升瓶の4分の.3を開けている。水じゃないんだから…。ペースが滅茶苦茶速いのは、さっきの桜雨のせいだな。


「まぁ、あの様子だと、まだ桜雨放れは出来そうにないから、恋人なんてしばらくないさ」


 お兄ちゃんは、そう願いたい。


「たかが、8歳の差だ… ここまで我慢したんだ… あと… 2年もない…」


 そう呟いて、三鷹は湯呑を持ったまま、ちゃぶ台に頭を沈めた。


「… 三鷹君?」


 そ~っと、三鷹の手から湯呑を取った。


「傷つけて… 泣かしたくないんだ…」


 そっと、アルコールで熱くなった体を横に押すと、何の抵抗もなくゴザの上に仰向けになった。


「でも、誰にも渡さない…」


 それだけ言って、三鷹は静かに寝入った。


「… これ、卒業まで持つと思う?」


 マイペースで呑んでいる笠原に聞いてみる。


「新聞の三面や、週刊誌に『淫行教師』と乗せたくなかったら、頑張って監視。こちらに、要らぬ火の粉が飛んでくるのは御免です」


「そうね。そんなことになったら、修二叔父様、大暴れしちゃうしね。

ま、今夜は呑みましょ」


 言いながら、スマホの目覚ましを6時にセット。せっかく、桃華と桜雨が朝食を作ってくれるんだもんね。


「そんな梅吉は?」

「俺?」


 お互いに、2本目を開けた。


「そう。お前さんの、恋愛事情」


「あら、聞きたい?」


「正直、これだけ妹と従姉妹にべったりだと、友人としては色々と心配ではある」


 俺を心配するなんて、珍しい。


「まぁ、今まで彼女が居なかったわけじゃないからね。そこらへんは、知ってるだろ?」


「知っていますとも。毎回、妹と従姉妹を最優先してフラれている事は」


桃華ももか桜雨おうめを守ってくれる人が出来たら、ゆっくり探すさ」


 まぁ、そんな存在が出来るかどうかを、笠原は心配しているんだろうけど。こればっかりは、そうなってみなければ分からない。


「難儀な『兄さん』ですね」


 そう言って、笠原は残りの日本酒を吞み始めた。

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