ボサボサに伸びた髪を雑に輪ゴムで一本にまとめて、銀縁眼鏡をかて、生徒たちからは『骨格標本』と呼ばれている体を、校内では白衣に包んでいます。肉付きが悪いのと猫背気味のせいか、やや年上にみられています。厳しすぎず、優しすぎず… 生徒からは、『ヨッシー』との愛称で呼ばれています。そんな笠原さんですが…
「最近、お泊り多くないですか?」
桃華ちゃんと主は、三鷹さんの家の玄関を開けたはずでした。けど、玄関を開けたのは家の主の三鷹さんではなくて、Tシャツ・ジャージ姿の笠原先生でした。
主と桃華ちゃんの家の前には、2階建て6戸のアパートがあります。その2階の左端に三鷹さんが住んでいて、たまに主がお裾分けを持って行ったり、梅吉さんがテスト問題や採点をする時に泊まり込んだりしています。笠原先生も、飲み会や仕事が遅くなった時には泊まりに来ています。けれど…
「文句ではないです。こんなに続くのは、珍しいかなと…。今回のテスト採点、そんなに大変なんですか?」
三人分のカレーが入った小鍋を笠原先生に渡しながら、桃華ちゃんはちょっと奥を覗きました。ダイニングの床に、本の山が3つ程、見えました。
「いや、仕事は終わっていますよ。ありがとう」
「進路面談の資料作り? はい、サラダ」
次は主の手から取って、少し大きめのサラダボールを差し出しました。笠原先生の両手は、カレー鍋で塞がっています。
「そんなところです。ありがとう」
「クラス持ってると、大変なのね。
兄さん、明日は帰ってくるの? って、母さんが」
桃華ちゃんが、家の奥に向かって声をかけると、Tシャツ・ジャージの三鷹さんが出てきました。三鷹さんはカレー鍋を笠原先生から受け取ると、ジッと主を見つめました。
「今、寝ている。明日は、戻るつもりらしい」
「… 聞いたのは、私なんですけど?」
主に向かって答えた三鷹さんに、桃華ちゃんは冷たい声を掛けました。
「朝食…」
「はい、こっちで用意しておきます、3人分。6時半で、大丈夫です?」
「頼む」
短いやり取りでも主はとても満足なようで、ニコニコが止りません。そんな主を横目に、桃華ちゃんはちょっと面白くなさそうです。
「
桃華ちゃんは主の腕に自分の腕を絡めて、帰宅を促しました。ちょっと、三鷹さんを見ながら。
「よし! 兄さんが髪を洗ってやる!!」
そこに、寝起きの梅吉さんが来ました。
「い・や・よ! 兄さんと一緒に入る年じゃないわ!!」
年頃の女の子ですから、嫌でしょうね。
「え~、じゃぁ、三鷹と笠原と入ろうか?」
「入らない」
「遠慮します」
ここのお風呂は、大の大人の男が三人入れるんでしょうか?
「いいなぁ~、私も…」
そこまで呟いて、主は皆の視線を感じて口を閉じました。
「お…
「桜雨ちゃん、まさか…」
ドキドキしながら、言葉の続きを聞こうとする桃華ちゃんと梅吉さんに、主は一気に顔を赤らめました。
「お、おやすみなさい!」
桃華ちゃんと腕が絡まったままなので、慌てた主に桃華ちゃんも引っ張られました。
「笠原先生! しょっちゅう泊りに来てるなら、こっちに引っ越ししてきて、そこの淫行教師を監視してください!!」
引きずられながら、桃華ちゃんは叫びます。
「だって。やっぱ、ここが一番いいよ」
「「え??」」
梅吉さんの言葉に、主と桃華ちゃんの足が止まりました。
「学校も近いし、交通機関も悪くない。生活するにも便利だし、部屋数も十分ですしね… ここにしますか」
「「え??」」
笠原先生の言葉を聞いて、再度驚く主と桃華ちゃん。
「いやね、笠原が今まで住んでいたアパート、築60年を超えるボロアパートでさ、先週、とうとう一部が崩れちゃったのさ。しかも、笠原の部屋の壁とか屋根とか。で、大家さんも年で老人ホームに入ってるし、継ぐ人もいないから、そのまま取り壊しになるらしいんだけど、急だったから、次に住む場所を探してなかったんだよね」
「とりあえず、荷物はこの部屋に運ばせてもらいました」
「三鷹の隣、空いてるじゃん? ここにしちゃえば? って、言ってたんだよね」
さっき見えた本の山は、笠原先生のだったんですね。
「分かりました。父さんに言っておきますから、そこの淫行教師の監視、よろしくお願いします!」
そう言って、今度は桃華ちゃんが主を引きずって行きました。
「おやすみなさ~い」
主はまだ恥ずかしそうに、けれど、確りと三鷹さんを見て、小さく手を振りました。
「… 三鷹、桜雨ちゃんと一緒のお風呂は、ダメ絶対」
「捕まりますよ、確実に」
そんな主と桃華ちゃんに手を振りながら、梅吉さんと笠原先生は、三鷹さんに突っ込みました。
「俺は、淫行教師ではない」
そんな二人に、三鷹さんは小声で抗議しました。