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第19話 漢の戦場(後)

「では、生き残り騎馬の確認をします…」


 マイクが実況の佐々木先輩から、現場の係に移りました。


「A組B組C組D組は0騎。

 E組2騎、F組1騎、G組1騎、H組0騎。

 教員騎馬2騎。

 なお、G組の騎馬ですが、負傷を確認しましたため… あ、続行しますか。商業科はパソコンや電卓ばかりいじってて、運動できないと思ってんなよ! と… はい、分かりました。本人の希望で続行します。

 では、今の総当たりで獲得した鉢巻の点数を、それぞれのチームと学年に加点させていただきます。これからの一騎打ちは、落馬でも加点させていただきます。」


 騎馬戦は、男の戦闘本能に火を付けて燃え上がらせるようです。負傷を確認された騎馬上の生徒は、鼻血が出ている両鼻の穴にティッシュを詰めて、応急処置をしました。どうやら、誰かと顔面をぶつけたようです。目の周りや頬の辺りも赤くなっています。明日には青痣になりますかね?


 「では、これから一騎打ちに入ります…」


 今までとは違って、音が無くなりました。周りの緊張感が、生き残りの騎馬にも伝わりました。


「最初の戦いは、スポーツ科E組竹内騎馬と負傷した商業科G組戸ノ内騎馬です。

 今、旗が下ろされました!血がたぎった戸ノ内騎馬、男らしくぶつかりに行った!! が、男らしく… 見事に跳ね返されました。これは、ダンプに軽車両が突っ込んだ感じに、瞬殺ですね。周囲の応援も間に合わないぐらいの瞬殺。逆に言えば、良くここまで生き残った!! そして、明日、動けることを願うばかりです」


 係の先生が、四散した戸ノ内騎馬のメンバーをそれぞれ救護テントとへと引っ張っていきました。

 そして、次に出てきたのは…


「一騎打ち二戦目は、スポーツ科同士の戦いです。しかも、馬上の二人は柔道部重量級、騎馬はラグビー部という身内対決です近藤騎馬と斎藤騎馬、どちらも総当たりでは敵味方関係なく沈めていました。己以外はすべて敵! その意気込みが、表情どころか、立ち上る闘気からも感じられます。この8人は、本当に高校生でしょうか? そしてこの戦い、どちらが生き残るのでしょうか?!

 今、旗が下ろされ、同時に動きました。激しいぶつかり合い! この実況席まで、筋肉がぶつかる音が聞こえます! 前馬の二人も、鼻血が飛び散るのも慣れたモノ! 顔面血だらけです!

 近藤、斎藤両者も、ガッツリ手を掴み当て、押し合っています。丸太のように太い腕に浮かび上がっている血管は、いつ切れてもおかしくありません!」


 怖すぎます。まるで、殺し合いのです。主も桃華ちゃんも、応援することを忘れて、ただただホースを握りしめています。あまりの流血に、引いてる女子もいますね。


「おっと、ここで斎藤の頭突きが炸裂! 近藤の右目の上が切れた! 流血だ! しかし、近藤は怯むことなく目の前の斎藤の首後ろを取り、自分の方に思いっきり引き込み… 取った! 取りました! 見事、近藤が鉢巻を取りました!! 流血の激闘を制したのは、近藤騎馬です!!」


 ここで、ギャラリーも呼吸をすることを思い出したようです。湧き上がる歓声! 乱打される太鼓! 実質、決勝戦のこの雰囲気の後に、教員騎馬の一騎打ちです。


「では、教員騎馬の一騎打ちです。本来なら、教員騎馬はボーナスあつかいなので、通年でしたら総当たりまでなのですが、これを機に、生徒は下剋上を狙っているようです」


 正々堂々と、戦いを挑むわけですね。


「では、1年教員小暮騎馬と、2年教員東条騎馬の一騎打ちとなります。馬上は似た雰囲気、似た顔ですが、騎馬は1年教員側が少々不利でしょうか? 総当たりを見たところ、1年教員騎馬は体育会系の先生で固められていて動きは生徒に敗けていませんでしたが、磨かれたチームワークは2年教員側が有利のようです」


 先程の近藤先輩たちの様な殺気は感じないけれど、抑えた闘気は漂っています。ここら辺が、子どもと大人の違いでしょうか?


「今、旗が下ろされました。が、落ち着いています。突撃するようなことはありません。間合いを取って、お互いの出方を見極めています。このまま、硬直状態に入るのでしょうか? いや、動きました。笠原先生が、間合いを詰めました。そのスピードに負けじと、沢渡先生が小暮先生の鉢巻を取りに行きましたが、その両手は小暮先生の両手で塞がれました。

 どうしたのでしょうか、沢渡先生、今までに見たことのない動きです! まだまだ若い!剣道部の練習で、若返ったのでしょうか?しかし、このままでは沢渡先生が危ないです。押されています、確実に力負けしています。

 おっと、ここで笠原先生が少し引きました。引いてすぐ、左横の水島先生が小暮騎馬に思いっきり当たった! 反動で倒れそうになった沢渡先生を、右横の東条先生がしっかりサポート! あえて、自分の方に引き寄せて、落ちない様に支えていますが… これは、水島先生と東条先生の手は離れているようです。お互い、笠原先生の肩に置いた手だけで、形を保っているようです。それをものともせず、水島先生はグイグイ騎馬を潰しにかかっています。

 小暮騎馬、踏ん張りがきかない模様。グラグラし始めたところを、水島先生、今度は角度を少し変えて下からえぐる様に突っ込みました。小暮先生も負けじと手を伸ばして沢渡先生の鉢巻を取ろうとしますが、東条先生が更に自分の方に引き寄せました。

 前のめりになった小暮先生の腕を、沢渡先生が引っ張り… 崩れました!

小暮先生落馬です!いや、落馬だけではありません、騎馬自体、原型がありません。係の先生方が怪我の確認に行きましたが… どうやら、怪我はないようです。やはり、パワーとチームワークで東条騎馬が一枚上手でした」


 初めに笠原先生が動いた瞬間から、すさまじい歓声でしたが、勝負が決まった今も、それは収まりそうもありません。主も桃華ちゃんも、ホースを落として抱き合って喜んでいます。


「次はE組竹内騎馬とF組近藤騎馬の事実上の決勝戦ですが、E組の騎馬2名が脳震盪を起こして救護テントで寝ているため、F組近藤騎馬の不戦勝となります」


 アナウンスにギャラリーから心配の声が上がりました。


「では、今年の騎馬戦優勝は3年F組となります。

… え? 東条先生達とやるんですか? 時間もないし、近藤さんも怪我してるでしょう? はぁ… どうしても、やりたいんですか? インターハイ前に大怪我しても、知りませんからね」


 佐々木先輩、マイクが入りっぱなしです。それより、やるやらないは先生が決めるんじゃないでしょうか? あ、隣で校長先生もOKを出したみたいで、頷いてます。


「では、生徒たっての希望で、もう一戦行います。時間がもったいないので、東条騎馬の休憩は省略させてください」


 佐々木先輩のアナウンスで、中央に近藤騎馬と東条騎馬が臨戦態勢で向き合いました。


「東条先生、水島先生… もし俺が勝ったら、白川君に交際を申し込む権利を頂きたい!!」


「俺も!」


「俺は、東条君に!」


「俺も東条君に!!」


 腹から声を出すっていうのは、こういう事なんでしょうか? それはそれは大きな声でした。


「なんと、交際申し込みの許可です! 一度邪魔されているからか、正々堂々、保護者に許可をもらうための戦いの様です。しかも、近藤だけでなく、騎馬の3人もでした。 勝利して得られるのが『告白の権利』! 万が一、告白しても断られる可能性も十分あります。それでも、この4人は挑むようです!!」


「… 正々堂々と、良い根性だ。嫌いじゃないよ、そのスポーツマン根性。

まぁ、俺たちに勝ったら、告白の権利をやろうかな」


 梅吉さん、笑顔が悪い人です。三鷹さん、眉間に皺が寄っています。笠原先生、表情は変わらないので分かりません。


「では… 最後の勝負、スタートです!!」


 心配そうに見守る主と、梅吉さん達に『めんどくさいから、負けないでよ』と圧を駆ける桃華ちゃんが見守る中、旗が下ろされました。


「近藤騎馬、スタートと同時に突っ込んでいきます。

 東条騎馬、近藤騎馬の上を行くスピードで、華麗に避けて後ろを取りました。あまりのスピードに、馬上の沢渡先生の首が心配です。

 近藤騎馬、勢いを止めることは出来ません! 東条騎馬に後ろから突っ込まれて、勢いよく騎馬が四散しました。が、さすが柔道部とラグビー部、受け身は完璧です!! 素晴らしい受け身で、確りと立ち上げりました! が、残念ながら、近藤騎馬の負けです」


 勝負は一瞬でした。近藤先輩達の体格と情熱に、梅吉さん達のチームワークと頭脳が勝ったようです。

 近藤先輩達は、インターハイの決勝で負けたかの様な落ち込み具合です。そんな先輩達を、クラスメイト達が迎えに来て… そのままの流れで閉会式の整列となりました。


「青春だねぇ~」


 そんな生徒達の姿を夕日をバックに眺めながら、梅吉さんはニコニコと呟きました。


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