午後4時を目前に控えた中央運動場の中央では、殺気立った全学年男子達が息を飲んで、周りのギャラリーは固唾をのんで、これから行われる一騎打ちを今か今かと待っています。
本日の体育祭、トリを飾る競技は、学年混合男子で行われている『騎馬戦』です。チームは1年から3年の同じクラスで作られて、総当たり戦で騎馬を倒すか、鉢巻を取られず10分間生き残れば勝ちです。
とりあえずは…
これから、その生き残りの騎馬で、各チームの騎馬が一騎ずつ出てきて、戦います。ようは、8騎の戦いです。チームの中には1騎ずつ、教員騎馬も含まれていました。
「それでは宴もたけなわではございますが、ここで各チームの残り騎馬数を発表します。
A組4騎、B組6騎、C組4騎、D組3騎、E組8騎、F組10騎、G組3騎、H組2騎。
まず、現残り騎馬数×10点を、各学年のクラスに加点いたします。続きまして、例年でしたら残り騎馬から各チーム一騎ずつ、8騎での戦になりますが、今年は残り騎馬数が多いことと時間もないため、これから再度、総当たり戦をさせていただきます。
時間は、10分。10分の総当たり戦の後、残り騎馬で一騎打ちをさせていただきます」
説明のアナウンス中も、騎馬隊の殺気は収まりません。なんせ、この騎馬戦で取った点数で、勝敗が決まると言っても過言ではありません。
学年優勝、チーム(学年混合)優勝、総合優勝があって、優勝したからと言って何か商品が出るわけではありませんが、やっぱり栄光は欲しいモノなんです。しかも、大トリの騎馬戦は、男子全員参加で必然と臨戦態勢になるものです。特にスポーツ科は、血がたぎるようです。
「今年は40騎と多くの騎馬が残りました。しかも、教員騎馬が2騎、含まれています。
それでは、これから10分間の総当たりを始めます。各騎馬の奪った鉢巻の数×10点が加算されます。落馬、または鉢巻を奪われても、それまで奪った鉢巻の本数は加点対象となりますので、頑張ってください。では… スタート!!」
赤い旗が大きく下げら、太鼓の音が響き渡った瞬間、怒濤の唸り声と共に、40騎の騎馬が戦い始めました。
再び立ち込める砂嵐…
「熱い死闘が再開されました。
一番勢いがあるのは、3年F組柔道部部長の近藤さんが乗っている騎馬です。近藤さん、けっして軽量級選手ではありません。重量級ですが、騎馬の3人は柔道部にも負けない立派な体格、体当たりしてなんぼのラグビー部です。
佐伯! 橘! 泉! 体と体のぶつかり合いに関しては本職です! 1回目の総当たり戦でも、何騎もの騎馬をその筋肉の塊で沈めてきました。まだまだ、その勢いは衰えません!! 早くも6騎を撃沈しました。おしいのは、鉢巻獲得が3本ほど!おっと、勢い余って味方の騎馬を倒してしまいました。と言いますか、スポーツ科は敵味方の判別が出来ていないようです。
向かってくるものは総て敵! 目の前に立つものは倒すのみ! そんな気迫です。身内でのつぶし合い、勿体無いです」
近藤先輩は、いつも見せる温和な表情とは全く違って、戦う男の顔です。
「そして、注目なのが教員騎馬です。
1騎は1年国語担当、バレー部顧問の小暮先生が見事なフットワークで、次々と鉢巻を取っていきます。ここからの目視で6本はありそうです。騎馬の先生方は、ひたすら周りからの攻撃に耐えています。先生方の表情が、だいぶ厳しいですが、あと5分程、耐えきれるでしょうか?」
係の生徒や、手の空いている先生方は、砂埃を落ち着かせるために、ホースでミスト状に水をまいたり、落馬した生徒や動けなくなった騎馬の生徒を引きずって中央から放したりしています。
主と桃華ちゃんは、この係だったりします。もちろん、一番危険な係なので、梅吉さんや三鷹さん、笠原先生にも大反対されましたが、引きずるのは先生達だし、ホースをかけながらでも逃げれるし、
「反対するほど危ない事を、係の仕事とするのは、教員として間違いじゃないの?!」
と、桃華ちゃんに怒られ
「あの係やると、梅吉兄さんや三鷹さんの勇姿が近くでみれるから」
と主に言われ、しぶしぶOKを出したのでした。
「そして、もう1騎の教員騎馬は、やはり今年も残りました東条先生率いる最強騎馬です。近藤騎馬程の筋肉はありませんが、まだまだ現役武道家の東条先生と水島先生が左右を護り、正面は生き残りのためのサーチ力に長けた笠原先生が道を開きます。その猫背気味がちょうど安定するのか、乗っている沢渡先生はお年を召されても、さすがは剣道部顧問! 右に左にと鉢巻を取ろうと襲い来る手をうまくかわしています。
その間に、左右の東条先生や水島先生からの攻撃で、相手騎馬は次々と撃沈していきます。本当に教師でしょうか? 容赦ない攻撃です! 崩れる所を、すかさず鉢巻を取る当たり、抜けめがありません。
なお、教員騎馬の点数は、クラス加点ではなく、学年加点となります。
3年の教員騎馬は、先程の総当たりで早々にリタイアしていましたね」
なので、今年はいつも以上に気合が入っている3人です。
主と桃華ちゃんは並んで水を撒いているので、梅吉さんの騎馬は2人を護るように立って、余り自ら突っ込んでいきません。
40騎の総当たり戦は、先の総当たりで撃沈してしまった他の騎馬やギャラリーの応援で今日一番の盛り上がりです。
各クラスの応援合戦も、自然と始まりました。その音量は、佐々木先輩の実況がハッキリ聞こえない程です。
ドォオオンン!!!
終了の太鼓の音も、殆どかき消されています。追加の太鼓で、ようやく生き残りの騎馬たちの動きが止りました。
「放れて、放れて!」
「落ち着け!」
騎馬の興奮を抑える先生方の声も、掠れています。