お握りは、鮭と白ごま・昆布・梅干しと大葉の3種類。おかずは、鶏のから揚げ・甘い卵焼き・エリンギのチーズ焼き・ミニトマトとブロッコリー。
デザートは、イチゴとマスカット。
「今日のお弁当も、美味しそう」
「お握りは、私が握ったのよ」
皆さんこんにちは、
今日は五月らしい、爽やかな天気。楽しいランチタイムを、主と、
「松橋さん、甘い卵焼きは食べれる? 良かったら、1つどうぞ」
「甘いの大好き。ありがとう、白川さん。でも、いつもは出汁巻き卵だったと思うけれど?」
松橋さんは、ご飯の上に甘い卵焼きを乗せてもらって、ニコニコです。
「今日は、弟達の遠足なのよ。だから、小学生使用なの」
「ああ、いつもお話に出てくる双子ちゃん?」
従兄弟で、生まれた時から一緒に暮らしているので、主の弟は桃華ちゃんの弟でもあります。
「昨日の夜、大興奮で準備してたわ」
「桃ちゃんもね」
主の突っ込みに、松橋さんは可愛らしく笑いました。
「あら、私はお手伝いしていただけよ」
「お菓子、コッソリ三人で食べてたでしょ?」
「チョコレートは遠足には持って行っちゃ駄目なのに、買ってあったからよ。あのままにしていたら、あの子達、遠足に持って行っちゃうところだったわ。さ、食べましょ~」
「「「いただきます」」」
桃華ちゃんは、半ば強引に「いただきます」を促しました。
「あ~、やっぱりここに居た~」
「私達も、一緒させて」
最初の一口を噛締めた時、ドアの方から女子二人の声が聞こえました。
クラスメートの大森さんと田中さんです。大森さんは、濃い茶色の癖のある長い髪をハーフアップにして、スカートの丈も膝上10センチ、ナチュラルメイクもバッチリです。
田中さんは、黒髪ショートカットに、切れ長の目にスクエアー型の眼鏡で、いかにも秀才と言った感じです。
松橋さんは、自分と違うタイプの二人が苦手でしたが・・・
「ど、どうぞ」
最近は、ちょっと変わって来たようです。松橋さんの言葉に、主と桃華ちゃんもニコニコしながら輪を広げました。
「ありがとう~」
「お邪魔します」
二人は輪の中にはいると、自分たちのお弁当を広げて食べ始めました。二人とも、女子高生らしく、小さめで華やかなお弁当です。
「いつも思うんだけれど… 皆、お弁当って誰が作ってるの? ちなみに、私のはOLのおねぇちゃん。お母さん、朝弱くて、出勤ギリギリまで寝てるから」
言いながら、大森さんは小さなピーマンの肉詰めを、田中さんのお弁当に入れました。代わりに、田中さんのお弁当から、焼き鮭をとりました。
「うちは、母さん。家族4人分作ってるわ」
田中さんは、怒るわけでもなく、入れられたピーマンの肉詰めを頬張ります。
「わ、私のうちは、私が… お母さん居ないから、お父さんの分と一緒に」
「え、毎日作ってるの? 松橋さんって、手芸も出来るし、家庭的だよね。
この餃子っぽいのも手作り? 美味しそう。あ、卵焼きも上手に焼けてる~」
大森さんにお弁当を覗かれて、松橋さんはちょっと慌てていましたが、「美味しそう」と言われて、ちょっと嬉しそうです。
「これ、ひき肉とコーンに少し片栗粉入れて醤油で味付けして、餃子の皮で包んだだけなの… 良かったら、1つ…」
「あ、頂きま~す。ラッキー! 田中ッチ、せっかくだから半分こしよう」
大森さんは、嬉しそうに松橋さんから餃子もどきを貰うと、田中さんと仲良く半分こにして食べました。
「「美味しい!!」」
大森さんと田中さんは、目を丸くしました。
「今度、おねぇちゃんに作ってもらお~」
「たまには、あんたが作ってあげなさいよ」
「え~、私、料理苦手だもん」
「こ、この卵焼きは、白川さんから貰ったの…」
二人の反応に、松橋さんは少し恥ずかしそうに、嬉しそうに、お弁当を食べます。
「私達のお弁当は、二人で作ってるわよ。朝ごはんは桜雨が用意してくれるから。親達は、店で適当に食べるから、昼食の準備はしてないわね。
今日は、弟達が遠足でお弁当の日だから、中身は弟達の好物ばかりね」
桃華ちゃんは、言いながら自分のお弁当の卵焼きを1つ、田中さんのお弁当に入れました。
「良かったら、どうぞ」
「ありがとう。はい、半分」
田中さんは、卵焼きを大森さんと半分こにして食べました。
「やだ、これも美味しい~」
「フワフワしてる」
褒められて、主も嬉しそうです。
「… 今度、美味しいの入れてくるから! お裾分け、まっててね!」
「わ、私も… 食べてくれる?」
大森さんは、一度自分のお弁当を見てから、主と桃華ちゃんに言いました。すると、松橋さんはオズオズと聞いてきました。
「「もちろん」」
主と桃華ちゃんの息はピッタリです。
「お裾分け頂けるなら、さっきの餃子もどきがいいわ」
「あ、私も」
「ちょ~、美味しかったよ! 私ももう1回、食べたいもん」
「うん、美味しかった」
皆にそう言われて、松橋さんはとても嬉しくて、胸がドキドキしていました。
「あ、ありがとう。じゃぁ… 月曜日、皆の分、作ってくるね」
「じゃぁ、私は卵焼きにしようかな? 桃ちゃんは何作る?」
「んー… お握りにしようかしら? 色々な味、握るわ」
「じゃぁ、私もその日は頑張って作ってみるわ。大森、アンタも1品ぐらい作れるでしょ?」
「え~… 不味くても、文句言わないでよ?」
「言わない言わない。アンタが作ったなら、言わないわ」
「なら、私も頑張る~!」
「あ、松橋さん、食べ終わったらさ、スズランテープのやつ、分からないとこがあって、教えてくれる?」
「わ、私で分かれば…」
どうやら、月曜日のお弁当は、だいぶ豪華になりそうです。主達は話に花を咲かせながら、お弁当を楽しみました。
屋上で、主達が楽しいランチタイムを過ごしている頃…
「あら? お2人とも、どうされたんですか?お弁当広げたままで固まっちゃって…」
職員室では、
梅吉さんはお握りを凝視したまま、三鷹さんは卵焼きを頬張ったまま、動きません。そんな2人の後ろを通った小林先生が、心配そうに笠原先生に聞きました。
「ああ、お気になさらず。可愛い弟達の、数少ないお弁当の日を優先してあげたものの、嫌いなものを食べなければいけない苦悩と葛藤しているだけですから」
笠原先生は我関せずといった風に、いつもの猫背の姿勢で自分のお弁当をパクパク食べながら、雑誌のページをめくっていきます。
「はぁ… つまり…」
「いい大人が、好き嫌いなんてみっともない」
「… 東条先生、お嫌いなモノ、私が食べてあげましょうか?」
小林先生は笠原先生との間から、梅吉さんを覗き込もうとして、目の前に呼んでいた雑誌を出されました。
「そのお弁当、とても美味しいですから、食べるなら自己嫌悪に落ちないでくださいよ」
小林先生がぎこちなく笠原先生を見ると、梅吉さんや三鷹さんと同じお弁当を食べているのに気が付きました。
「そんなに、美味しいんですか?」
小林先生の顔が笠原先生の方に向くと、笠原先生は雑誌を下げてペットボトルのお茶を飲みました。
「贔屓をひいても、200点ですね。プラス、彼らにとっては『愛情』スパイスが効いているでしょうから、500点は行くんじゃないですか?
後で恨まれていいのなら、嫌いなものを食べてあげてもいいと思いますよ」
「や… やめておきます」
いそいそと、小林先生が自分の席に戻っていくのを見ながら、笠原先生は溜息をつきました。
「東条先生、梅干しのお握り、可愛い妹の手作りでしょうに。ちゃんと、小さく握ってくれてるじゃないですか。代わりに、昆布のお握りは大きいですね。出来た妹さんです。
水島先生、そんなに甘い卵焼きが嫌なら、『いつもの出汁がいい』って一言いえば、あの子なら喜んで作ってくれるでしょうに。弟君達を優先してあげたのは、ご立派ですがね。
二人とも、だらしないですよ。『ついで』で作ってもらった俺は、ラッキーでしかないですけどね」
ようやく動き出したけれど、頑張って食べている梅吉さんと三鷹さんに呆れながら、笠原先生は大好きな鮭の入った大きなお握りを、嬉しそうに頬張っていました。