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第12話 セーフかアウトかと問われたら…

 皆さんおはようございます、おうちゃんの傘の『カエル』です。

 僕の主の白川家と、従兄妹の東条家は2つの家を鏡で向かい合わせたような作りになっていて、家と家の境目の壁がありません。唯一分かれているのは、1階のお店です。右が白川家のお花屋さん。左が東条家の喫茶店です。裏にある玄関はちょうど真ん中に1つ。中に入ると2件分の玄関スペースがあって、左右にあるドアを開けると、それぞれのお店のバックヤードに繋がっています。1階は、玄関とお店しかありません。居住スペースへ上がる階段も、幅が広いです。

 2階の踊り場のドアを開けると、キッチンダイニングになっています。

ドアの右が白川家の、左が東条家のキッチン。どちらとも、対面カウンターがダイニングとの間仕切りになっています。白川家はローテーブル、東条家はダイニングテーブルが置かれていて、どちらともとても大きいです。

テレビも2台。ダイニングの奥のドアは、右からトイレ・バスルーム・バスルーム・トイレとなっています。3階は、皆の部屋とトイレがあります。


 中間テストも終わった土曜日。主はいつもの土曜日より1時間早起きをして、そっとダイニングのドアを開けました。

 広いダイニングですが、お酒臭いです。それはもう、とっても臭いです。

喚起で窓を開けたい主でしたが、まだ寝ている3人が風邪をひいてはいけないと、換気扇を回すだけにしました。

 朝食を作る前に、主はそっと3人を確認しました。白川家のローテーブルには、空いたお酒の缶や、呑みかけのグラスが散らかっていました。そんなローテーブルの周りを囲む様に、三人が寝ています。毛足の長い絨毯の上なので、誰一人、敷布団は使っていません。誰かがかけてくれた羽根布団に、うめよしさん・三鷹みたかさん・笠原かさはら先生が大きな体を猫や犬の様に丸めて、包まっていました。


「お握りより、雑炊の方がいいかな?」


 そんな状態を見てから、主は小さな鼻歌を歌いながらテーブルの上を片付け、冷蔵庫を開けました。主は手際よく8人分の朝食と、二日酔いであろう3人分の朝食を作り始めました。


 三人とも、だいぶお疲れだったようです。カーテンを全開にされたダイニングはとても明るくて、


「酒臭い!」


と、起きてきたしゅうさんが容赦なく全部の窓を全開にしました。

 けれど… ダイニングテーブルで、主とももちゃんの両親4人が、いつもの様にテレビを見ながら主の作った朝食を食べていても、起きません。

 次に、同じテーブルで、起きてきた小2の双子の弟達と主と桃華ちゃん4人で朝食を食べていても、起きません。


 大人はそれぞれの仕事場に、双子君はサッカークラブの練習にと、それぞれ出かけていく中で、主は朝食の片付けと昼食の下準備。桃華ちゃんは2家族分の洗濯や掃除です。

 主と桃華ちゃんのお揃いのエプロンと三角巾には、白地に大きなチューリップがプリントされています。


「… おはよう」


 並んだ2枚のドア向こう、それぞれ2台の洗濯機の音や、桃華ちゃんが容赦なくかけている掃除機の音で、笠原先生がようやく起きたようです。

 ぬっ… と、笠原先生は上半身だけを起こして、いつにも増してモサモサの頭に手を突っ込んで、ボリボリと掻きます。そして、ゆっくり周りを見渡しました。


「おはようございます。ご飯とお風呂、どちらを先にします?」


 桃華さんは掃除機を止めて、呆れた顔で笠原先生に聞きました。


「… うん。… お風呂ですかねぇ…」


 笠原先生、眼鏡の奥の目が開いてませんね。


「着替え、出しておきますから、お風呂どうぞ。洗濯物は、黄色い籠にお願いしますね」


「… うん、ありがとう」


 大きなため息をついて、桃華ちゃんは梅吉さんの部屋に向かいました。梅吉さんの部屋に、笠原先生の着替えが置いてあるからです。


「先生、雑炊でいいですか?」


 その様子を、昼食の仕込みをしながらカウンター越しに見ていた主は、優しく聞きました。


「… うん、ありがとう」


 ユラユラ立ち上がって、フラフラとバスルームのドアへと消えた笠原先生を見て、主はクスクスと笑っていました。


「俺も、雑炊~」


 そんな笠原先生の後を、やっぱりユラユラ起き上がった梅吉さんが、フラフラと追いかけて行きました。


「ごゆっくり~」


 そんな梅吉に、主は小さく声を掛けました。


「三鷹さんも、そろそろ起きますか?」


 最後まで寝ている三鷹さんの様子を見るため、主は洗った手をエプロンで拭きながら、三鷹さんの横にちょこんと座り込みました。

薄いけれど、少し伸びた髭が、窓から差し込んでいるお日様の光でキラキラしていたり、少し寄せられた眉が光に反応してピクピク動いていたり、軽く開いている唇から出ている息に微かにお酒の匂いを感じたり… 改めて見る三鷹さんの寝顔に、主はドキドキしていました。


「… 妹は、嫌かな」


 そして、前に自分で言った「妹みたいな感じ」と言う言葉を思い出して、小さく小さく呟きました。


「でも… 傍に居られるなら、妹でも…」


 三鷹さんの鼻の頭をチョン、と突っついて呟いた瞬間、その手がギュッと握られました。


「卒業するまで…」


 ビックリした主は、うっすらと目を開けた三鷹さんと目があいました。

その目が、いつもと違って熱っぽく自分を見ているのに気が付いて、思わず握られた手に視線を落としました。熱く大きな手の親指の付け根に、小さなホクロ。主の小さな胸がドキドキと大きく、速く動きました。


「卒業… するまで…」


 喉の渇きを感じながら、主は三鷹さんの言葉をオウム返しで呟きました。


「そう、卒業するまで」


 三鷹さんは自分の手の上からですが、主の手にそっと唇を落としました。大きな手の感触しか感じないはずなのに、唇からの熱が握られた手から腕、肩、首筋と上がって、ポン!と主の顔が真っ赤になりました。


「あ…」


主の白い肌が真っ赤になって、ふっくらとした桜色の唇が微かに震えて、軽く下がった目尻の茶色い瞳は三鷹さんを映したまま動きませんでした。


「ギリ、アウトです」


 そんな主の両目を、戻った桃華ちゃんが両手で優しく覆いました。


「ア・ウ・ト!」


 桃華ちゃんはもう一度、今度は口を大きくハッキリ開けて、言いました。


「兄さんと笠原先生は、我が家のお風呂です。三鷹さんもどうぞ」


 ニッコリ笑う桃華ちゃんですが、目は笑っていません。まったく、笑っていません。むしろ、最近の中で一番吊り上がっています。


「ど・う・ぞ」


 力がこもった3文字に、三鷹さんは溜息をついて、主の手を放しました。そして、三鷹さんが白川家のバスルームに入ったのを確り見てから、桃華ちゃんは主の目隠しを取りました。


「… 桜雨、耳まで真っ赤よ」


 桃華ちゃんはそのまま、主を背中からギュッと抱きしめました。


「桃ちゃん、なんで涙声なの?」


「… 私の大好きな桜雨が、取られちゃうから。もうちょっとだけ、こうしていていい?」


「うん、もちろんよ」


 桃華ちゃんはちょっとだけ鼻をすすりました。主は、まだ三鷹さんの熱が残る右手を、左手でそっと覆いました。

 そんな主と桃華ちゃんを、東条家のバスルームのドアの隙間から覗いている人たちが居ました。


「うん、頑張って我慢したけど、ギリ、アウトだな」


「ギリ、アウトですね」


 熱いシャワーを浴びて、確り目が覚めた梅吉さんと笠原先生は、着替えがまだ来ていなかったので、腰にタオルを巻いただけの格好でした。



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