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第11話 見かけで判断すると痛い目に合うということ

 皆さんこんにちは、おうちゃんの傘の『カエル』です。


 2年生になって初の中間テスト、主はコケました。初日の朝に胸がチクチクしてチクチクして、テストに集中できませんでした。家に帰って教科書とノートを開いても、


 なんでこんなに胸がチクチクするの?


と、主は勉強に集中できませんでした。なので、テスト2日目も集中できないまま、終わりました。

 それでも、お弁当は美味しく食べました。テスト期間中のお弁当は勉強に専念できるようにと、主に変わって桃華ちゃんのお母さんのさんが、主・桃華ちゃん・梅吉さん・三鷹さんの分を作ってくれます。


 テスト2日目で最終日の今日は金曜日。テストは午前で終わり、帰りのホームルームも午前にあるので、午後はたっぷり部活が出来ます。

 中間テストも終わってホッとして、音楽室で桃華ちゃんと美味しいお弁当を食べてお腹も満たされて… 主の瞼は少し重たくなりました。

 部活開始時刻まで、主は桃華ちゃんと音楽室で日向ぼっこです。1つの机を挟んで座って、窓から入ってくる風と外の音を楽しんでいます。


 テストが終わって、開放的な生徒たちの声…


 桃華ちゃんは、主が何かに悩んでいるのは分かっているけれど、主からお話しするまでは、いつも待っていてくれます。だから今日も、桃華ちゃんは主の隣で優しく歌っています。


「月の光に花も草も

 夢を追いつつ

 うなじ垂れぬ

 声をばひそめて枝はさやぐ…」


 歌姫の歌声と、暖かな午後の日差しと、まだ少し冷たさを含む4月の風に包まれて、主は気持ちよくお昼寝をしました。

 主の薄く入れた紅茶色の髪が、窓からの日差しに照らされて金色にキラキラ光って、とっても綺麗です。桃華ちゃんは、そんなフワフワの主の髪を長くて細い指で優しくいていました。


 合唱部の練習が始まると、主は静かに教室の端っこでクロッキー帳を広げ、歌う桃華ちゃんをクロッキーしていきました。その時間はとても優しくって、のんびりとしていて、主の胸のチクチクがだいぶ小さくなっていました。

 そして、合唱部の練習が終わると、主は一度美術部に戻りクロッキー帳を顧問に提出して、桃華ちゃんと一緒に帰ることにしました。


 殆どの部活はまだ活動中なので、バスはそんなに込んでいなくて、その殆どが学校のご近所の人たちでした。おばちゃんや、子ども達の話声で賑わうバスの中、主と桃華ちゃんは一番奥の席に座って、今夜のご飯のメニューで盛り上がります。


「今日はスーパーに寄って帰りましょう。今夜の高等部教員の歓迎会、竹ちゃんのお店でやるって兄さんから聞いたわ」


「じゃぁ、明日の朝食は11人分ね。シジミのお味噌汁、大葉と梅のおにぎり、ミニトマトときゅうりの浅漬けピクルスでどうかな?

それとも、玉子雑炊?かき玉うどん?ほうれん草の胡麻和えも捨てがたいなぁ…」


「そうね、今夜の〆用に、麺類は買っておきましょうか? 乾麺なら、日持ちするし」


 そんな会話で盛り上がっていると、時間はすぐに過ぎます。気が付けば、降りるバス停の直前でした。

 桃華ちゃんが慌てて下車用ボタンを押すと、キュッとバスが止まって、主と桃華ちゃんは運転手さんにお礼を言って降りました。


「おっ、会えたじゃん、ラッキー」


「しかも、今日は保護者無しじゃん」


 商店街の入り口にあるバス停なので、降りる人も乗る人も沢山いました。

そんな人の行き交うバス停に、見覚えのない大きな男の人が二人居ました。

二人とも、伸びかけの茶色い髪と、耳にはたくさんのピアス。

 梅吉さんや三鷹みたかさんが基準の主と桃華ちゃんには、この二人はジャガイモと大根に見えるほど、一人は顔が色黒でゴツゴツしていて、もう一人は色白で面長でした。濃紺のブレザーに、同色のネクタイは、近所の工業高校の制服です。けれど、主も桃華ちゃんも、その高校にはお友達はいません。

 桃華ちゃんの表情がキッと締まりました。


「行こう」


 桃華ちゃんが小さな声で主を促すと、主は桃華ちゃんと手を繋いで商店街の中に向かう人たちの方へと、歩き始めました。


「ねぇねぇ、待ってよ。せっかく保護者が居ないんだからさ、一緒に遊ぼうよ」


「俺らが、面白いところ連れて行ってあげるからさ」


 そんな主と桃華ちゃんに、二人の男は手を伸ばしました。


「失礼します」


 桃華ちゃんの肩にジャガイモ男の手がかかろうとした瞬間、その体は綺麗に宙に舞いました。鞄が地面に落ちた音は、男が尻もちをついた音でかき消されました。


「な・・・?」


「え・・・?」


 主を捕まえようとした男も、宙を舞った男も立つことも忘れて、二人ともポカ~ンと主を見ています。

 そんな二人に、主はちょっと困った顔で声を掛けました。


「すみません、痛くないかと思いますが、お怪我ありませんか?」


「… お前、ふざけやがって!」


 自分より小さな女の子に綺麗に投げられたと分かったジャガイモ男は、主に飛び掛かりました。


「あらあら…」


 けれど、また、ポーン… と、宙を舞いました。


「貴方も、飛んでみたいかしら?」


 もう一人のダイコン男が主に襲いかかろうとしましたが、桃華ちゃんにキッ!と睨みつけられて、動きが止りました。


「何なんだよ、お前等!」


 2回目の尻もちは思ったより痛かったらしく、ジャガイモ男は直ぐには立ち上がらず、イライラした声を上げました。


「今のは痛かったですね、ごめんなさい。けれど、私の大事な人に許可なく後ろから触ろうとするのは、とっても失礼です。私、ちょっと、怒っています」


 セーラー服や髪の乱れもなく立っている主は、ちょっと眉を寄せています。


「もっと、痛い目にあいたいのかしら?」


 落ちた主の鞄を拾って、桃華さんは主の隣に立ちました。


「私、この子みたいに上手く投げられないから、痛いのがお好みなら私がお相手するけど?」


 いつの間にか、四人の周りにはたくさんの人が集まっていました。桃華ちゃんは2人分の鞄を主に預けると、右足を少し前に出して、優雅に左手を差し出しました。その姿が余りにも優雅で、二人の男はポーっと見とれていました。


「お前等―!!」


 そんな二人に、少し遠くの方から怒鳴り声がかけられました。四人が一斉にそっちを向くと、誰かが呼んでくれたようで、二人のお巡りさんが走ってくるのが見えました。


「やばい!」


「おい、ちょっと待てよ」


 お巡りさんを見た二人は、アタフタと走って逃げていきました。ジャガイモ男は、痛めたお尻を摩っていたので、大きな痣が出来ているかもしれないですね。


「二人… とも… 大丈… 夫かい?」


 相当急いで来てくれたのか、二人のお巡りさんは息も絶え絶えです。周りの人も、お巡りさんの登場で四散し始めました。


「お巡りさん、ありがとうございます。私達、怪我はありません。ご心配おかけしました」


 主と桃華ちゃんは、ペコリとお辞儀をして歩き出そうとすると…


「今日はお兄さん達が一緒じゃないのなら、危ないから、送っていこうか?」


「お巡りさん、ご苦労様です。俺はこの二人と同じ高校に通う3年生です。俺が二人を送ります」


 主と桃華ちゃんの後ろから、近藤先輩が現れました。どうやら、同じバスに乗っていたようです。


「ああ、良かった。君なら、頼りになりそうだね。では、気を付けて」


 心配していたお巡りさんでしたが、近藤先輩が鞄と一緒に、柔道着を帯で肩に引っ掛けているのを見て、安心して帰っていきました。


「白川君、東条君、すまない。差し出がましかったかな?」


「こんにちは、近藤先輩。いえ、ありがとうございます」


 主にニッコリ笑顔でお礼を言われ、近藤先輩は小さく下の方でガッツポーズをとっていました。目ざとい桃華ちゃんは、それを見逃がしていません。


「運動部は、インターハイ出場に向けて猛特訓なんじゃないんですか? 先輩、今度の大会が最後ですよね?」


 さっと、近藤先輩と主の間に入り込み、確りと主と手を繋いで歩き始めました。そんな桃華ちゃんに近藤先輩は苦笑いしつつも、一緒に歩き出しました。


「そうなんだ。明日も朝から練習がある。けれど、受験勉強も同時進行でね。今日はこれから塾なんだ」


「先輩、スポーツ推薦で進学しないんですか?何度か、大会で賞を取ってましたよね?」


「覚えていてくれて、ありがとう。… なんだか照れくさいけど、嬉しいもんだね。

 うん、何度か入賞はしているけれど、推薦を貰えるにはもう一歩でね。

それに、「脳みそまで筋肉だと、後々苦労するから勉強もしろ」って、母がね」


 桃華ちゃんの意外そうな声に、近藤先輩はまた苦笑いで答えました。


「「文武両道」を目指しなさい、ってことなんですね」


 主の言葉に、近藤先輩は大きく頷きました。


「引退が目前になってくると気持ちが昂りすぎて、悪い意味で練習に身が入りすぎるから、塾に行くのは良いクールダウンなんだ」


「あら、以外。ちゃんと自己解析しているんですね。外見からだと、欲望に忠実なイメージがあったので。勝手な思い込みをしてました。ごめんなさい」


 桃華ちゃんは近藤先輩の目を見て、確りと頭を下げました。


「東条君、なにも頭を下げることじゃないよ。それに、中らずとも遠からず… ってところだし」


 近藤先輩は豪快に笑って、頭を上げるようにと、桃華ちゃんの肩を軽く叩きました。


「この商店街にある塾に通っているんだけれど、たまたま同じバスだったんだ。助けようとしたんだが… 二人とも、強いんだな。あれは、合気道? 道場に通っているのかい?」


「可愛い子や綺麗な子が、男性に護られているばかりだと思わないでくださいね。私達、自分の身ぐらい、自分で守れます」


「父や、梅吉兄さんたちに教えてもらったんです」


 ツンとする桃華さんと繋いでいる手を、主は軽く振って桃華ちゃんに「ねっ」って、微笑みました。


「それこそ、四六時中、兄さん達に護ってもらうわけにはいきませんから」


 主の微笑みにほだされて、桃華ちゃんは少しだけ近藤先輩への口調を柔らかくしました。


「なので、送りは大丈夫ですよ。家も近いですし、桃ちゃんとお買い物して帰ります」


「塾、遅れないでくださいよ。この時期の、部活の時間を割いてまでする勉強なんですから」


「うん、そうだね。ありがとう」


 それでも、ちょっとツンとしている桃華ちゃんに、近藤先輩はニコニコ笑ってお礼を言って塾へと向かいました。


「さ、桃ちゃん、お買い物しましょ。タイムセール、間に合うかしら?」


「買いすぎちゃったら、父さんに迎えに来てもらいましょう」


 近藤先輩を見送って、主と桃華ちゃんは仲良く手を繋いでスーパーへと向かいました。


※ 桃華ちゃんの歌っていた子守歌です。

『眠りの精 / 訳詞 堀内敬三・作曲 ブラームス』


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