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第9話 酒は呑んでも吞まれるな(前)

 皆さん、こんばんは。『シスコン教師』こと、皆の『お兄ちゃん先生』、東条とうじょううめよしです。


 入学式、新入生レクリエーション、中間テストと順調にイベントが終わり、次は体育祭と言うこのタイミングで、新しく赴任してきた先生方の歓迎会です。

 中間テストが終わった金曜日にやるのがつねなので、この歓迎会の幹事は採点作業のない者で持ち回りです。今回は幹事ではないけれど、飲み屋の手配は手伝いました。だって、幹事が上げたこの店、俺ん家の近所なんだもん。


「この商店街に、東条先生と水島先生のご自宅、あるって本当ですか?」


 高等部の先生全員ではないにしろ、今夜の参加人数はざっと30人以上。今夜はクローズまで貸し切り。ただいま「乾杯!」してから、約1時間程が経過。もちろん、赴任したての6人の先生達は全員参加。そのうちの一人、2年英語担当の三島先生がビールグラスを片手に、俺の右横に来た。さっきまで俺の右隣で呑んでいた笠原が、誰かに呼ばれて席を外した瞬間だった。

 左隣は、粛々と三鷹みたかがスーツ姿で日本酒をひやで呑んでいる。ちなみに、三鷹の向こう隣りと後ろは壁だ。


「このお店、学校から近い中で一番座敷が広いし、駅も近いし、安いし美味いし、貸し切り出来るしで利用率高いんですよ」


 新人らしい紺のリクルートスーツ、毛先を緩く巻いたセミロング、丸顔と大きめの目がまだ学生の印象を与える三島先生は、近くにあったビール瓶を取って、俺のグラスに注ごうとしてきた。


「あ、すみません。酒、変えます。

ごめ~ん、小林先生… 水島先生と同じの一つ!」


 店内の賑わいに負けじと声を張って、座敷の上り口付近に居た幹事の小林先生に手をあげて伝えると、笠原が戻って来た。

 笠原は、猫背気味の細い長身に、今夜は白衣の代わりに茶色の長いカーディガンを羽織っていて、左手はそのカーディガンのポケットに突っ込んでいた。そして、いつもと変わらないボサボサ頭に突っ込んでいた手で、三島先生の肩を軽~く叩いた。


「三島先生、あちらで何やら女子の先生方が、集まっていますよ。

三島先生の名前も呼んでいましたが、行かなくて大丈夫ですかね?」


「あら、やだ。何かやるのかしら? 笠原先生、ありがとうございます。

東条先生、また来ますね」


 そう言って、三島先生は空いた自分のグラスに、手にしていた瓶のビールを並々と注いで席を立った。


「隣に座られて不愉快なら、俺をダシに何とでも断れたでしょうに。相変わらず、外面はいい」


 笠原は言いながら、三島先生が座った座布団を、後ろにあった予備の座布団と変えてから座った。同時に、頼んだ酒が来た。


「悪いよりは良いだろう? 余計な争いごとは、避けられる」


 笠原はツマミにと、少し先にあった小鉢を引き寄せてきた。


タコワサ… コイツ、俺がワサビ嫌いなの知ってるくせに…


「自分を嫌っている者に食べられるなんて、このタコわさが可哀そうでしょうよ。

 三鷹、酒以外も入れておいてください」


 ああ、そうね、三鷹にね。


 確かに、三鷹は呑みがスタートしてから、日本酒しか口にしていないな。まぁ、チビチビ吞んでるから、量的にはたいしたことないだろうけど。


「余計な争いごとと言えば、小暮先生とは大丈夫ですか?」


「何が?」


 俺には軟骨の唐揚げを取ってくれた。やだ、優しい。


三鷹みたか、完全に敵視しているでしょ? 梅吉も」


 視線を泳がせて、小暮を探す。座敷の上り近くで、女性の先生方に囲まれて、何やら楽し気に話をしていた。


「学年が別だから、大丈夫じゃない? まぁ、沢渡先生はとばっちりで可哀そうだったけれどね」


 あの、沢渡先生を吹っ飛ばして小暮を巻き込んで気絶させた件は、学年主任の高浜先生にこっ酷く説教された。なぜか、俺も一緒に。


「まぁ、警戒する気持ちは良くわかります。あれは、俺も嫌ですから」


「にしてもさ、笠原。そのカーディガン似合ってんじゃん。手作りっぽいけど、おばさん?」


 笠原は、白衣の下に着るのはYシャツで、柄や色はその日の気分で決めるらしい。今日は、無地の白で面白くない。襟が付いているなら何でもいいようで、一昨年の誕生日に三鷹とあげたアロハシャツを着てくることもある。

黄色地に、真っ赤なハイビスカスのアロハシャツだ。


「練習で作ったらしいですが、どうやら予定よりだいぶ長くなったらしいです身長がないと着こなせないだろうからと、顧問の俺に着て感想をくれと」


「ああ、B組手芸部か。似合っているし、上手に出来てるし。役得だな」


 ボサボサの一本縛りの頭と、眼鏡のアイテムに茶色のカーディガンが加算して、いつにもまして、実年齢より上に見えることは、酒と一緒に飲み込んだ。

 俺の言葉には返事をしないで、笠原は濃い目の緑茶ハイ大ジョッキを口にしながら、ジッと三鷹を見た。


「三鷹、白川に何かしました?」


 その言葉に、俺は口の中の酒を噴き出しそうになって、むせた。


「ちょっ… 笠原… 三鷹が…」


 ゴホゴホする俺に、周りが注目する。


「あ~、大丈夫です大丈夫です。誤飲しただけですから。幹事、これ、もう一杯お願いしますね」


 軽く俺の背中を叩きながら、笠原は集まった視線を散らしてくれた。


「今回のテスト、彼女らしくなかったもので。彼女、普段ケアレスミスは余りないのですけれど、今回は酷かったですよ。まぁ、点数自体は悪くはないですがね。しかし、彼女なら、もっと採れたはずでね」


 俺の呼吸が落ち着くと、笠原はまた吞み始めた。


「家では、いつも通りだった」


 そう、勉強方法もいつもと変わらなかった。


「家で何かあったら、梅吉が騒いで直ぐに分かるから、三鷹に聞いているんじゃないですか」


 そんな、蔑んだ目で見なくてもいいじゃん。


「… 1日目の4時間目、解答用紙に名前を忘れていた」


 三鷹はジッと酒を見つめたまま、ポツリと答えて、相変わらずチビチビ呑んでいた。





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