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第7話 すぐではないけれど、そんなに遠くない明日

 皆さんこんにちは、おうちゃんの傘の『カエル』です。

今日の放課後のホームルームは、ちょっと真面目モードでした。


進路調査票


 プリントの一番上には、そう書かれていて、その下に、第四希望まで書く欄がありました。担任の笠原先生は、


「はいはい、このプリントは今週末の金曜日に提出してください。2年になったばかりで、実感はないだろうけれど、時間はあっという間に過ぎるから。

まぁ、あくまで希望。

 一学期の成績を見て、1回目の進路面談。2学期の成績を見て2回目。まぁ、最終は3年になってからだけれど、そこから足掻くのは大変でしょ? 今から、イメージだけでも掴んでおくに越したことはないから」


 そう言いながら、笠原先生はもう一枚のプリントを配りました。


「で、これは体育祭のお知らせです。3年になったらクラスメートは変わらないけれど、心底楽しめないから。心底楽しめる人は、勝ち組だと思っていいです。だから、今年はじけなさい。秋の文化祭もそう。今から、文化祭に向けて、何か仕込み始めてもいいから。

 とりあえず、心置きなく皆で楽しめるのは、今年だと思って間違いないから」


 クラスメートは、笠原先生の話を聞きながら、その2枚のプリントを見つめて真面目な顔をしていました。主もそうでした。


 その2枚のプリントは、今、主の手元です。体育祭の前に中間テストがあるので、主の部屋でお風呂上がりに、桃華ももかちゃんとお勉強中です。

ちなみに、主と桃華ちゃんの家は特殊な作りになっていて、簡単に言うと、白川家と東条家は同じ家に住んでいます。

 ちょっと大きめの丸いローテーブルの上に、教科書やノートと一緒に、その2枚のお手紙も置いてあります。

 主と桃華ちゃんは、お揃いのモコモコした部屋着を着て、毛足の長いピンクのジュータンの上に座っていました。僕は窓際の勉強机の上に、明日の持ち物と一緒に置かれています。『カエル』のシールが、確りと二人を見ています。


「1学期の中間は、まだ余裕ね」


 今日の分が終わったようで、桃華ちゃんが教科書とノートを閉じました。


「油断大敵だけれどね。あ、桃ちゃんは、これ、どうするの?」


 ニコニコしながら、主も教科書とノートを閉じると、進路調査票のプリントを二人の間に置きました。


「やりたいことは、色々あるのよね。でも、これ! っていうのは… 順位を付けるのが難しいわ」


 プリントをトントンと指で突っつきながら、桃華ちゃんは言います。その時、部屋のドアがノックされました。主が返事を返すと、白い湯気を出しているマグカップを3つ、お盆に乗せた梅吉さんが顔を出しました。


「お嬢様方、頑張ってますか? 休憩しない?」


「いいわよね、兄さんは中間テストは作らないから」


「今、終わりました」


 スルっと部屋に入って来た梅吉さんは、慣れた手つきでお盆に乗ったマグカップを主や桃華ちゃんの前に置きました。最後の1つを主と桃華ちゃんの対面に置いて、梅吉さんもそこに座りました。


「そのかわり、たまに勉強見てあげてるでしょう。ど? 順調? 質問はない?」


 主と桃華ちゃんは梅吉さんにお礼を言いながら、目の前に置かれたマグカップを両手で包み込みました。中身は、ホットミルクティーです。主のはミルク多めで砂糖なし。桃華ちゃんのは濃い目に入れた紅茶に、ミルクも砂糖も控えめです。梅吉さんのは、ストレートティーのブランデー入りです。


「各教科の先生たちが丁寧に教えてくれるから、大丈夫よ。今のところの問題は、これかしらね」


 つい… っと、桃華ちゃんは手元のプリントを、梅吉さんの前に押し出しました。


「ああ、これね。そうかぁ~、二人とも、もうこんな時機なのかぁ… 大きくなったなぁ」


 プリントを手に取ると、梅吉さんは目尻を下げて主と桃華ちゃんを見つめました。


「やめてよ兄さん、ジジ臭いわ。父さんじゃないんだから」


 桃華ももかちゃんは形の良い眉を寄せながら、ミルクティーを少し飲みました。丸い舌触りの中に少し渋みの残る味がお気に入りで、桃華ちゃんの眉は直ぐに戻って、軽く目尻が下がりました。そんな桃華ちゃんの横で、主はフウフゥ… と冷ましながら、ちょっとずつ飲んでいます。

 そんな二人を、梅吉さんはとっても優しい、幸せそうな表情で見つめています。さすが、自他共に認めるシスコンです。


「ジジ臭くて結構ですよ。女子高生にしてみたら、20半ばはもうオジサンなんでしょ?

 で、桃華の希望は?」


「順位は付けられないんだけれど… 笑わない?」


 桃華ちゃんには珍しく、ちょっと弱腰です。そんな桃華ちゃんに、梅吉さんはウンウンと頷きました。


「保育士、音楽の先生、パティシエ… 喫茶店」


「わぁ~、全部素敵。確かに、迷っちゃうね」


 桃華ちゃんはマグカップを覗き込んで、気持ち小声で言いました。


「保育士が意外だな」


 梅吉さんはブランデー入りストレートティーを飲みながら、桃華ちゃんに聞きました。


りゅうを、二人を赤ちゃんの時から世話してるからかな。子どもって、可愛いだけじゃないじゃない?怒ることも多いし、イライラもするけれど、成長が嬉しいのよね。少しの成長でも嬉しいし、可愛いし、その手助けをしてあげれるのも嬉しいから」


 桃華ちゃんはマグカップを覗き込んだまま、耳を赤くしています。

『龍虎』は、主の8歳下の双子の弟で、とうりゅう君と君のことです。主の家も桃華ちゃんの家もお店をやっていて忙しいので、双子君は皆が育てたようなものなんです。


「なるほどね。で、桜雨ちゃんは、なんて書くの?」


 恥ずかしくて顔を上げない桃華ちゃんの気持ちを分かって、梅吉さんはそれ以上聞きませんでした。


「私、まだ確り考えたことがなくって…」


 主はそう言って、僕の方を見ました。つられて、梅吉さんも僕を見ます。


「私、カエルちゃんを貸してくれた人を探すことだけ、目標にしてきたから。|白桜はくおう》に入学出来て、お友達も沢山できて、大好きな絵も描けているし、色々な経験も出来て… じゃぁ、将来何がしたいの? って聞かれても… でもやっぱり、カエルちゃんを貸してくれたお兄さんに会いたいな。あと…」


「「ん??」」


 主の最後の言葉は小さすぎて、すぐ隣の桃華ちゃんも聞こえない程でした。


「お… お嫁さん…」


 今度は、主がマグカップを覗き込みました。桃華ちゃんより、真っ赤です。耳どころか、首まで赤いです。


「誰! 誰のお嫁さん! まさか…」


 キッ! と目尻と眉を吊り上げた桃華ちゃんは、主のマグカップを包む両手に自分の手を重ねて、下から覗き込みました。正直言って、怖いです。梅吉さんも詰め寄りたかったんですが、桃華ちゃんの勢いに押されて、手が宙を泳いでいます。


「あ、具体的な人は、まだ居ないの。本当よ」


 慌てて顔を上げた主を、桃華ちゃんはジッと見つめています。


「… 将来、誰かのお嫁さんになれたらいいなって。お母さんや、美世さんみたいな素敵なお嫁さんになりたいな… って、思っているだけで…」


 言葉尻をゴニョニョ濁しながら、主はミルクティーを飲んで胡麻化しました。

 美世さんは、桃華ちゃんと梅吉さんのお母さんです。


「本当?」


 ジッと見つめたままの桃華ちゃんに、主は飲みながら頷きました。


「まぁまぁ、今日はもう遅いし、恋バナなら俺が居ない時の方がいいんじゃない?」


「それもそうだわ。兄さん、邪魔」


 シッシと手で払う動作を桃華ちゃんにされて、梅吉さんは苦笑いをしながらプリントを目の高さまで上げました。


「まぁ、まだ順位を決めたりしなくて大丈夫。この時期の進路調査の目的は、『気づかせ』だから。

 何をやりたいかと自分に問いかけて、自分の成績がどんなものか客観的にみて、これからどうしたらいいのか?どうするのかを『気づかせ』たいだけだから。

 今回の進路調査票に書いた事を、次回の調査で変えるのもありだしね。3年の最終進路調査まで、迷っていいんだよ」


 梅吉さんの言葉に、主と桃華ちゃんは目を丸くして聞き入っていました。


「… やだ、兄さん、教師みたい」


「だろう?」


 ポケッと呟いた桃華ちゃんに、梅吉さんは優しく微笑みました。


「さ、もう寝ないと、明日、肌が荒れちゃうよ」


 梅吉さんはマグカップの残りを一気に飲み干して、桃華ちゃんを促しました。


「肌荒れは嫌だから、もう寝るわ」


 桃華ちゃんは溜息をつきながら素直に立ち上がると、主の頭を優しく撫でてくれました。


「恋バナは、試験が終わってからにしましょ。お休み、桜雨」


「… うん。お休み、桃ちゃん。梅吉兄さん、ありがとう」


 主はマグカップを持ったまま2人を見上げて、ニッコリとほほ笑みました。

この日、主は僕をギュッと抱きしめて、寝ていました。


 そして、桃華ちゃんが提出した進路調査票には、第1希望、第2希望という順位が全部塗りつぶされて『保育士、音楽の先生、パティシエ、喫茶店』と書かれていました。

 主の進路調査票には『探偵、お嫁さん』の2つ。もちろん、笠原先生はとってもビックリしたようです。






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