皆さんおはようございます。
そろそろ、中庭の藤棚が満開になりそうで、僕の主の桜雨ちゃんもウキウキしています。ウキウキしながら、今朝は教室の窓際の一番後ろの席で、従姉妹の桃華ちゃんと、クラスメートのお下げの子と、三人で机を囲んで会話を楽しみながら、何やら編み物をしています。『鍵編み』という編み方らしいです。
小さなお鼻に大きな眼鏡と、ほっぺに薄っすらソバカスのあるお友達の、
「おはよう、白川さん、東条さん… あら、松橋さんも一緒なのね。って、編み物?クリスマスプレゼントには早くない?」
「おはよ~、朝から頑張るねェ~。あれ、でもこれ、毛糸じゃないね」
登校してきた他のクラスメート達が、主と桃華ちゃんの傍に来て手元を覗くと、けげんな顔をしました。それもそのはずで、3人の囲む机の真ん中にあるのは色とりどりの毛糸ではなくて、スズランテープ。ペットボトルの空き容器を利用して作られたテープカッターのようなものに入れられて、注ぎ口から出ているスズランテープは、編み針で綺麗に編み込まれていきます。
ちなみに、主の編み針が一番太いそうです。
「おはよう、田中さん、大森さん。これね、私のお父さんが発注を間違えちゃったの」
軽く下がった愛らしい目元を細めて、主はクラスメート達に挨拶をしながらも、手は止めません。止めませんが、スピードはゆっくりで… 確実に黄色のスズランテープが編み込まれていきます。
「おはよ~。昨日、帰ったら、玄関に段ボール3箱分。
桃華ちゃん、主より器用なんです。それでも、松橋さんには敵いません。松橋さんは一番細い編み針で、スルスルと編み上げていきます。
「まぁ、今回は腐らないものだから、助かったけれどね」
「え? 腐る物って何?」
桃華ちゃんの言葉に、田中さんと大森さんはビックリしたようです。
「あ、私の家、花屋なの。だから、たまに仕入れの量を間違えることがあって…」
主は恥ずかしそうに笑いながらも、手は動かしています。遅いですが、確実…
「あら? … 間違えちゃった?」
たまには、間違えもあります。
「あ、ここは2個ほどいて、こっちに… ああ、そうです」
すると、素早く松橋さんが間違えた所を教えてくれました。松橋さんは、普段はクラス内では目立たないそうです。まだ新しいクラスに馴染めないのか、集団の中に入るのが苦手なのか、いつも背中を丸めて、肩を中に入れて、存在を消すように小さく小さくなっています。けれど、主と桃華ちゃんと3人で編み物をしている今は、そんなことはありませんでした。クラスメートの田中さんと、大森さんが来るまではですが。
「松橋さん、ありがとう」
ニコニコとお礼を言って、主は編むのを再開しました。
「凄いのね、松橋さん。あ~でも、白川さんに似合う、お花屋さん。
でも、確かにお花は生ものだわ。そんな時、どうするの?」
主にお礼を言われて、クラスメートに褒められて、松橋さんの耳は一気に赤くなっていましたが、下を向きっぱなしなので、顔は分かりませんでした。
「セールしちゃいます。枯らしてしまうのは、可哀そうだから。それに、お客様も喜んでいただけるし」
「うちも、お裾分け頂けて、ラッキーだけどね」
「へぇ~、いいなぁ~」
そうなんです。主のお父さん意外とおっちょこちょいで、お花屋さんのセールはちょいちょい、あったりするんです。
そんな話をしている間にも、桃華ちゃんの作っていた白い花のモチーフが1つ出来ました。そして、すぐに次のモチーフ作りに取りかかります。
「あ、うちって言っても、お店の方ね。私の家、桜雨のご両親のお店の隣で喫茶店だから、いつもお店の雰囲気に合うものをお願いしているの」
「あ、なるほど~」
「で、前に兄さんが視ていた動画で、スズランテープで籠を作っているのがあったのを思い出して、作ってみようと思ったの。でも、中々上手くできなくて、手芸部の松橋さんならわかるかな? って、昨夜のうちに連絡してお願いしたのよ」
「へぇー。確かに、上手… 。ってか、すっごい上手。
松橋さん、プロ?」
田中さんと大森さんは、松橋さんの手元から目を放せなくなり、感嘆の声をあげました。どんなデザインかはまだハッキリ分からないけれど、主と松橋さんが小さめの籠を作っているのは、僕にも分かります。
「ウメちゃん、そんな女子な動画見てるんだ!」
「でも、違和感ないない~。見てるだけじゃなくって、作ってそう」
田中さんと大森さんは大ウケです。
「あ、作ってた作ってた。その時付き合っていた、彼女さんの影響じゃない?」
桃華ちゃんも笑いながら編んでいます。
「違う違う、その時の子は、そんな家庭的な子じゃなかったよ。大学の文化祭のバザーにだして、売り上げをうちの剣道部の部費にしたのさ。うちの部、毎年、貧困だから」
そんな桃華ちゃんの後ろから、『ウメちゃん』こと、桃華ちゃんのお兄さんで主の従兄の
「あ、そうか… って、兄さん、なんでいるのよ?」
「おはよう、東条先生」
「あ、ウメちゃん、おはよ~」
突然現れた梅吉さんに驚く桃華ちゃん。
田中さんや大森さんは、嬉しそうに小さく手を振りながら挨拶します。
梅吉さん、見た目が良く優しいので、生徒には人気があります。
「田中さん、大森さん、おはよ~。
いやさ、いつもより2本も早いバスで行くから、何があるんだろうと思ってさ。作って、どうすんの?」
「小さいのを作って、カーネーションのプチブーケを中に入れれば…」
「ああ、母の日か」
梅吉さん、桃華ちゃんのヒントにピンときたようです。
「飽きたら、自分たちのバッグを作ってもいいって、お父さんが」
梅吉さんはザっと、主と桃華ちゃんと松橋さんの手元を見比べて
… 半分も回収出来れば良し。
って、修二叔父さん割り切ったな。
そう、悟りました。大当たりです、梅吉さん。
「面白そう、私もやってみていい?」
「あ、私もやりたい」
「もちろん、一緒にやりましょう」
主は、いそいそと編み針の入っているケースを取りだしました。
「松橋さん、私にも教えてくれる?」
「私、マフラーなら編めるよ」
「は、はい」
「好きな色、使ってね」
田中さんは近くの男子から二人分の椅子をうば… 借りて、主たちの間に座りました。
「んじゃ、俺、ピンク~」
梅吉さんは、桃華さんの後ろからスズランテープを取ろうと手を伸ばしました。
「はい、タイムオーバー。ホームルームの時間です。続きは昼休みに。
東条先生、暇ならプリント配ってください。はぁーい、ホームルームやるから、席ついてー」
その手を取ったのは、担任の笠原先生でした。いつもと変わらない、ちょっとかったるそうな、ちょっと早口な笠原先生は、持っていたプリントの山を梅吉さんに渡しました。
クラスメートは、自分の席に着き始めました。
「昼休み、まぜてね」
「私も~」
田中さんと大森さんはそう言って、自分の席に向かいました。
「松橋さん、昼休みも教えてくれる?」
「私も、お願いします」
「… う、うん」
編みかけの物を鞄にしまい、自分の席に戻ろうとした松橋さんに、主と桃華ちゃんがお願いすると、松橋さんははにかみながら頷いてくれました。
そして一カ月の間ぐらい、朝のホームルーム前、昼休み、午後のホームルーム前は、クラスの女子全員と、半分ほどの男子、それとたまに近藤先輩と三鷹さんがクラスの端っこで、スズランテープを編み編みしている姿が見られました。主が持って来たスズランテープが終わっても、各自で買ってきていました。
「B組手芸部の顧問は、担任の私かな。副顧問は… 東条先生と水島先生でいいか。
部長は松橋有紀… っと」
そんなクラスを見て、笠原先生は部活の登録をしました。そして、秋にはスズランテープから毛糸に変わり、編み物、縫物と、参加する人数や顔ぶれはその都度変わったけれど、卒業まで『B組手芸部』は続きました。