皆さん始めまして、僕は傘です。何の飾りもない、黒の折りたたみ傘です。あ、持ち手の頭に、子ども用の可愛いカエルのシールが貼ってあります。僕の
僕は今日、
新学期を2日後に控えた今日、新しいクラスメートとの顔合わせで、このまま卒業まで過ごす仲間です。
今はホームルームを待つ少しざわついた時間です。皆、新しい教科書が配られたり、入学式等の説明が始まるのを待っています。
教室の窓際の一番後ろの席で2人の女子高生が向かい合って座っていて、外の校庭を眺めながらお話をしています。正門から校舎への通路に植えられた桜並木はすっかり青々とした葉をつけて、数週間前の満開の面影はもうありません。
右側に座る少女の薄く入れた紅茶色の猫っ毛は、日が当たっている所は金色に見えます。そんな髪をショートボブにしていて、そこから覗く細い首筋は雪のように白いです。髪の隙間から見え隠れする頬は、うっすらと桜色。軽く下がった愛らしい焦げ茶色の瞳や、ふっくらとした小さな桜色の唇が、彼女・
左側に座る少女は、腰まで伸びた癖のないサラサラな黒髪がとても綺麗で、僕の主のお気に入りでもあります。主より長い首は乳白色で、腕も脚も机の上に置かれた指も細く長いです。切れ長ですっきりとした黒い瞳に、紅を引いたように赤い唇が、日本人形のような主の従姉妹・
二人とも、襟や袖には朱色細い3本のセーラーテープの入った、膝下の白いセーラー服が良く似合っています。スカーフも朱色です。
二人が並んで話をしている光景はいつもの事で、クラスメートの男子はそんな二人と、二人の間に置かれた一枚の紙で、どんな会話がされているのか、各自で勝手な妄想を広げています。
「失礼。白川君」
高校生にしては野太い声がして、大きな影がサッと教室に入って来たかと思ったら、二人の横に立ちました。教室のざわめきが大きくなります。
「オイオイ、あの先輩、なんて時に来るの?」
「東条さん、スマホ触ったじゃん。来ちゃうよ、来ちゃうよ!」
「なんなの、あの先輩?もしかして、知らないの?」
「ウメちゃん、何分で来るかしら?」
綺麗に切り揃えられた角刈り頭に、浅黒い四角い顔に乗った大きな目と、存在をこれでもかと強調している黒い眉。筋のしっかりした大きな鼻と、上下ともに分厚い唇。体も筋肉質な四角で、白い学ランで更に膨張して見えます。
ざわめきの中、野太い声が自己紹介を始めました。
「君は知らないと思うが、自分は3年F組柔道部部長の
最初こそ勢いは良かったのですが、二人の少女にジッと見つめられて、近藤さんは浅黒い顔を赤くしました。
そんな三人を、クラスメート達は言葉もなく、ジッと見守っています。
「こ… こう… その… あの… 付き合ってくれないか?」
近藤さんはようやく言い切ると、勢いよく頭を下げました。
「はい、良いですよ」
「本当か?!」
主のおっとりとした可愛らしい声に、近藤さんの上半身はバネ仕掛けの人形のように起き上がりました。
「はい。先輩も、タイムセールに行かれるんですね。ご一緒、しますよ」
「… タイム… セール?」
主の目は、微笑むと更に目じりが下がります。そんな笑顔を、近藤さんとクラスメートは『天使』と内心思いつつも、近藤さんは動揺を隠せていませんでした。
「はい、タイムセールです。今日は牛乳と卵が格安なので、どうしても行きたかったんです。午後の授業が無くて、ラッキーでしたね。
桃ちゃんにも、一緒に行ってもらえるようお願いしたんですけれど、先輩は何を買われます?もし、牛乳と卵でなければ、一緒に買ってもらえますか?どちらも、お1人様1点までなんです。あ、勿論、先にお金はお渡しします」
主は桃華ちゃんとの間に広げてあるA4両面カラー刷りのチラシを、近藤さんが見やすいように向きを変えました。そこには、今日一番の目玉商品である牛乳一リットル75円と、Lサイズ10個入1パック50円の卵に、赤の油性ペンで確りと丸が付けられています。それは今朝、主が朝食を食べながらチェックをしていたものですね。
「いや、あの… その付き合うではなく…」
「近藤先輩、タイムアウト、試合終了です」
タイムセールの話をウキウキとする主を可愛らしく思いつつも、どう訂正していいものか迷っている近藤さんに、桃華ちゃんが愛想笑いもなく冷静な声で言い放ちました。
「近藤ぉぉ、3年のお前が、何でここに居るのかな? ホームルームはどうした?」
桃華ちゃんの言葉と同時に、近藤さんの頭は大きな片手でわし掴みにされ、優しく声を掛けられ、同時にクラスメート達は
「来た来た!」
「今日、早くね?」
「何処にいたんだ?」
「や~ん、ウメちゃんてば、今日も過保護」
「今日のジャージ、おニューじゃない?」
と、口々にざわめいていました。
近藤さんも170センチはあるでしょうね。でも、それを優に超えた上に、手の主の顔がありました。
小顔に、気持ち目じりの下がった甘めな黒い瞳。乳白色の肌に、たっぷりレイヤーの入ったミディアムロングの茶髪。バランスの取れた長身を黒のジャージに包んでいるのが、体育教師でバスケ部顧問の
主と桃華ちゃんが大切過ぎて、周りからは『シスコン先生』と呼ばれていたりします。
「はい、直ぐ戻ります! すみませんでした!!」
返事をした瞬間に頭を放された近藤さんは、綺麗な一礼をして、弾かれたように教室から出て行きました。
「先輩、何を買いたいのかしら? 卵と牛乳、頼んじゃダメかしら?」
そんな近藤さんをキョトンと見ながら、主は桃華ちゃんに聞きました。
「あのね、
「代わりに、俺がご一緒しますよ、お嬢様方。ホームルーム、終わってからね」
説明しようとした桃華ちゃんと、キョトンとしたままの主の頭をポンポンと撫でて微笑みかけ、梅吉さんは教卓に向かいました。
「いや、東条先生、貴方このクラスの担任じゃないでしょうが。話途中で消えるから、学年主任、お怒りですよ」
そんな梅吉さんに、後ろのドアから入って来た科学の
伸びた髪を雑に輪ゴムで一本にまとめて、銀縁眼鏡をかけ、生徒たちからは『骨格標本』と呼ばれている体を白衣に包んでいるこの先生は梅吉さんと同期ですが、肉付きが悪いのと猫背気味のせいか、やや年上にみられています。
梅吉さんは無言で、爽やかな笑顔のまま、教卓の横に置いてある椅子に座りました。
「… ほら、早く、職員室に戻ってください」
笠原先生はシッシと、犬や猫を追い払うように手を動かしながら教壇に立ち、何やらノートを広げました。
「高浜先生、話長いし、怒り方ネチネチしてんですもん。職員室戻るの、嫌かな~って」
「『ですもん』、じゃないですよ。貴方、曲がりなりにも教師でしょうが。嘘でもいいですから、生徒の前では『はい』と返事だけして、帰ってしまえばいいじゃないですか」
唇を突き出した梅吉さんの言い分に、笠原先生は呆れてため息をつきましたが、生徒達は
いや、ヨッシー(義人先生)、あんたの言い分もぞんざいだろう。
と、僕を含めクラスの皆が、心の中で突っ込んでいました。