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第2話

 まさか本当に、天使と堕天使を使う混血などという存在がいたとは。

 資料にはある。

 記録には。

 エルブは暗い笑みを浮かべたまま、カズアから三日離れたトゥールズの同じ地方にある街カラコで宿に通されていた。

 入ってきた当初、街中は戒厳体制だった。

 なんでも、住民が見たこともないほどの惨殺死体が発見されたらしい。

 ただの死体ならば、この辺りの治安の悪さから言って、下層市民などが転がっているのがざらである。

 星と連絡をとる技術のない彼らは、ただの労働力かいずれ運命の決まる犯罪者となるしかないのだ。

 しかし、今回のは違う。

 エルブがおかしかったのは、街の有力者というわけではなく、単によくわからないが残忍らしいと聞くそれだけで大騒ぎしている点だった。

 ただの、殺しではないのか?

 彼は異端審問の監督官から派遣された委任者が迎えにきていると聞いていた。

 正直、見せる顔がない。

 カズアで失態を犯したエルブは監督官のところに出頭させられば、どんな処罰も相手の思いのままにされてもおかしくない。

 軽率だったという後悔はある。

 ここはどうにか汚名を挽回するしかなかった。

 思い付いたのが、今回の殺人を凶悪な異端者によるものとすることだった。

 これだけさわいでいるのだ。

 街の人間を乗せるのはたやすいだろう。

「それが名案というやつですか……」

 ハットをかぶり、ジャケットに編み込み靴を履いた姿にステッキを持っている細身の青年が、あきれるように軽く笑った。

 彼が委任者のクルブで、高級宿の壁に背を持たれていた。

「何も悪くはあるまい。それに、聖都に帰るとは一言も言ってはいないぞ?」

 今度はから笑いが帰ってきた。

「まぁ、ご自由にどうぞ?」

 慇懃な態度そのものだった。

 エルブは法王庁から派遣されたとはいえ、先発して状況を確かめるのが本来の目的だ。

 教会の星配列ネットワークに異質な星が突如として現れた。

 凶星なので教会も本気を出して、あらゆる調査を行っている。

 星は人々にとってネットワークや情報処理機能があり、今や欠かせない存在になってる。

 当然、使い側により能力は無限大だ。

 いずれ正式な審問官が来るであろう。

 それまでに確信を得たい。

彼とは数回会ったことがある。

 非常に博学で頭の切れる男だが、どこか控えめなことろがある。

「あなたの協力があれば、とてもうれしいのですが?」

「……ほう。まぁ時間はあります。今夜は飲みますか?」

「ぜひとも。まぁ、それ以前に今回の審問の資料その他が欲しいのです」

 エルブは内心ニヤリとしつつ、給使にワインをもってこさせた。

 この男の要求は純事務的なものではない。

 もはや、経験から来た結論でわかる。

 クルブは楽しんでいる。

 己が嗜癖にしたがってこの職に就いている。

 エルブは暗いところからともに見つけた小さな花の輝きを共有するかのような悦に浸った。

 運ばれたワインを香りを試したクルブは、満足したようだった。

 その間、カズアでの審問に至った経緯、経過、状況などを羊皮紙を渡しつつ、詳細を語った。

「私は今まで神の意、星の意に沿った認識しかしてこなかったと、今回痛感させられた」

 エルブはこれぐらいは良いだろうと、軽く本心めいたことを添えた。

「混血、ですか」

 クルブに表情はない。

「確かあなたは、その混血に頭半分を吹き飛ばされていたのでは?」

 エルブはニヤリとした。

「神のご加護だよ。それよりも、混血について何か知っていることはないかね?」

「……記録はありますね。ただ、全て実証のない論拠のものばかりです。実際に存在するとすると、かなりの発見では……?」

 言葉にかなりの興味をもったものが滲んでいた。

 これは審問官としての立場に問題はないと、エルブは希望を持てた。    

「それにしても、良いワインですな。この地方にこれほどのものがあるとは思いませんでした」

「東方に近くなればなるほどまだまだ我々の未知のものがある」

 満足げに、赤い液体をグラスから口に移す。

「……ええ、私もこの辺りには非常に興味がありまして」

「ほほう?」

 エルブが促すと、クルブは思慮深げに軽く首を傾げた。

「カズアの都市自体が伝説じみているのです。そこに現れた混血。良いワインです」

「なにか、知っているような口ぶりだな?」

 そこで、エルブはもう一枚の紙を差し出した。

 指先で受け取ったクルブは一読する。

 ただ、ここに来る人物が、クルブ・コラフルとインクで記されているだけのものだった。

 彼はそれを返す。

「……面白い。これは、私が赴任すると決まる以前からのものだ」

 エルブは軽く笑った。

 鋭どすぎる。

 実に楽しい相手ではないか。

 エルブは伊達に異端審問官をしているわけではない。

 相手を追い詰め、破滅させることにある種の快楽を感じている。

 やりがいがあると思うと、触手が動くのだ。

「クルブ殿、あなたは混血を捕縛したとしたら、どうします?」

「いいおもちゃが手に入ったと思いますね」 

 エルブはニヤリとした。

 クルブがそのまま言葉を続ける。

「それで。カズアにはかなり探りを入れれば入れるほどのモノがると思うのですが」

「星炉だな」

 確実なのは今までの例がない炉があり、それが人に多大なる影響を与えている点だと、エルブは考える。

 今回の混血も関係しているのではないかと。

 星炉の噂がでてきたのはここ十年ちょっと。正確な記録は一切ない。全て噂などと切り捨ててもいいかもしれないものばかりだ。

 ただ、火のないところに煙は立たないだろうと、エルブはある意味、よひまで調べてきた。

「こだわる何かがありますよね。いいでしょう、多少は付き合いますよ」

 クルブはワインを舐めながら言った。

 これで管理官の完全統制から自由を得たとエルブは確信した。

「混血の件にも興味がありますし」

 エルブは深くうなづいた。




 早朝の霧深い山奥だった。

 登っていく途中、木や雑草、岩の隙間にいきなり造られて間もない星炉が見える時があった。

「ここら辺でしょうか、この山全体って話もありますが。今は地元の星師が部分部分を利用した炉を造ってます。本体の解明がまだなので、動いてはいません」

 確かに、正体不明の金属めいたものが散見できる。        

「ここに炉を造るだけでも何か?」

 キザラは辺りを眺めながらリンドに聞いた。

「普通とはとは違う予測不能な結果が多いので、研究熱心な人たちが」

「……確かに、十分可能性がありそうだ」

 彼女は幾分興奮しているように見えた。

 リンドはというと、表情は読めない。。

 一度、異端審問官につかまっている罪人なのだが。

「……カズアという街は不思議なところでしょう?」

 唐突に聞いてくる。

「あー、まぁなぁ……。強いて言えば、異様ってほうがしっくりくるけど」

 キザラの言う通りだった。

 まず、帝国内で有名な都市で知らぬ者はいないというのに、地図には載っていない。

 法王庁が『主の特別な祝福により、ただ存在するだけで十分な場所』と古来から言われている故という。

 人々も街並みも旧態依然としたものと解釈不能な何かがある。

「聞いた話じゃ、本当はここはとんでもない呪いの地とも聞いたな」

 リンドは意味ありげに口を閉じた。

 一方のキザラはニヤリとする。

「……でだ。あんたなら知ってるだろう。この場を一番利用している人物、というか、カズアで最も能力のある星師に会いたい」

 リンドの目があからさまに据わる。

「……もう少し理由をはっきりしていただけませんか……」

 言いながら考えていた。

 余り関わりたくない人物がいるが、技術は確かだ。

 キザラは異端審問官を追い返すほどの人物だ。

 問題はあるだろうが、多少の義理もある。

 さっさと遠くに行きたいとはいえ、何かしらの助けは得られるかもしれない。

「……ちょっと連絡入れてみます」

 リンドは呼び鈴という星を使ったネットワークで接触を試みた。

 メッセージだけを残してしばらく待つことになるかと思っていたが、即、返事が来た。

『ぜひ、その人物に会ってみたい』

 相手の名前はルルーヴ・ベイスという。




 ずいぶんと天使たちがうるさい。

 メナカはふと星炉から空を見上げた。

 見えないはずの『小宇宙』を体感した気がした。

 危機感か。

 何か一つ星を上げなければならない。

 どこか不均等なのだ。

 少なくとも自分とかかわる星々を落ち着けなけばならない。

 原因ならばすでに分かっている。

 混血という境界の狭間である存在に、星の天使らが不安がっているのだ。

 時間がきたので、星炉を一時自動運転に変えて、彼は森の中にある塔のような自宅に戻った。

 室内は散らかるがままになってる。

 メナカを邪魔くさそうにしながらホロナが忙しそうに掃除をしているところだった。

 なんだかんだで、ホロナはいつの間にかここに居ついていた。

 完全に勝手に。

 だからと言って誰も何も言わずにいる。

 メナカはそれをぼんやりと眺めつつ、煙草に火をつける。

 紫煙がゆらりと天井まで伸びる。

 ホロナは完全に自分のことについてはぐらかしていた。

 星に聞いてもデータは基本的なことしか残ってない上、探りを入れる隙さえない。

「あー、面倒くさい」

 メナカはつい呟いていた。

「そんなこと言って。本当は嬉しいくせに」

 床を箒ではきながら、ホロナが見透かすようなことを言う。   

「あたしはこのままがいいんだけどねぇ」

「そうもいかないんでしょ?」

 事実である。

「はじめまして。私はリンドと言います。メナカさんのお宅でよろしいでしょうか」

 ケープを着た少女と黒いシャツに左右の丈が違う、まるで少年のような人物を連れて玄関口で声にした。

 家の周りから天使たちが姿を消していた。

「待ってた」

 一歩後ろにいるのはキザラだろう。

 咥え煙草でドアからメナカが出てきた瞬間、キザラが慣れ切ってるかのようななめらかな動きで腰から拳銃を抜いた。

メナカとかぶった影に向かって五発の弾丸を喰らわせる。

 影は一瞬盛り上がるようになり、散り消えた。

「色々あったんで、うっとうしいのがくっついてきてたようですね」

 キザラの当然だと言いう態度がメナカの動きを止めた。

 彼女は、星の残滓としてのメナカの影も損傷させて、何事もなかったかのように銃を納めた。

 良くもやってくれた。

 メナカは軽いめまいを覚えつつ、二人を居間に通した。

 レンガ造りで巨大なランプが照っている空間の長椅子に、大き目の服を来た、無精ひげのやる気がこれっぽっちも感じられない中年男性が酒瓶を片手にしていた。

 力のない目に、全てをあざ笑うかのような笑み。

 彼は一見して、少年のような容姿に黒ずくめ姿の娘が噂の混血だろう気付いたようだった。

「……大体の話は聴いてる。あんたはつまるところ、あの炉をつかいたいんだろう?」

 ルルーヴがいきなり確信をついてきても、キザラに動揺のそぶりはなかった。 

 あくまで値踏みするような態度。

 ルルーヴは敢えて嗤う。

「あー、先走りすぎたな。色々調べているうちに何かの可能性を見つけたってところか」 続けて、彼は偽悪的な表情を浮かべてて続けた。

「言っとくが、ことは簡単じゃないうえに、あんたの命を俺に預けることになるんだが、信用してもらえるのかな? 一旦作業となると俺のやりたい放題に抵抗は無理なんだがな?」

 キザラはルルーヴを睨み、低い声を出した。

「その時は、おまえをぶち殺して地獄に叩き落すよ」

「へぇ。面白れぇな。俺を舐めくさってるところが」

「……最近のトゥールズの兆候の原因は何とお考えですか?」

 険悪な空気を変えようとして、リンドが聞いてくる。

「単に法王庁が信仰支配してる星間ネットワークの星座の中に凶星とかいう異物が現れたんで躍起になってるだけさ。ここんとこ割とそれ関係でうだうだごとがでてきてな。あー、面倒くせぇ」

 ルルーヴは酒瓶に直接口をつけて傾ける。

「ではその凶星が出た理由は?」

「法王庁の天体観測支配が硬直して狭まったからだよ。今、あいつら余裕がねぇんだわ」」「……ことの元は、その凶星にはないと?」

「何事も関連してるんで確実にそれとは言い難いな。ただ、ただ一つ言えるとすれば、全てがあんたのせいじゃないってことだよ」

キザラは思わず目を見開いた。

 この間のやり取りが間もなにもないほど早かったとおもったメナカは、いったんは落ち着いたと思えて、安堵した。

 ただ、いつものように何かあると、ホロナの姿が消えていたのだが。




 ルルーヴは相変わらず一見、だらけて放言をはいているように見える。

 だから公人としてはいつも短期で終わるのだとメナカは思ったが、あくまで場の支配権は放棄しない人物だった。

 正直、うっとうしいと思われるのだろうが。

 実際、メナカはこの人物を最大限に評価してるつもりでも基本、すぐに呆れて距離を取りたくなっている。

 だが、いつの間にかいつも何かの中心にいるという不思議な存在でもある。

「……ずいぶん賑やかだな」

 部屋の奥から、ケープにロングドレスと恰好でポニーテールの少女が現れた。

 一見、十二歳ぐらいなのだが、瞬間でで場支配するほどに存在感があり、本人も自覚があるのか大人びた余裕の笑みを浮かべている。

「うるさい。あんたには関係ないから引っ込んでろ」

 ルルーヴはむげなく言い捨てる。

 あからさまに鬱陶しそうである。

「関係なんかこれから作るから貴様こそ黙っていろ」

 さらりとかわす。

 キザラは自分を明らかに意識されていることを感じて、黙って様子をみている。

 まるで促されているかのように、メナカが口にしなければならない空気になった。

「この方はファライ。今、跡目を争っている帝国の庶子の一人だよ」

 事務的過ぎてまるで感情のない言い方だった。

「……頭でっかちが集まって仲間内で陶酔してるカズア辺りがうるさくなった原因のひとつでもあるんだけどな」

 ルルーヴがあえてついでに余計な言い方で付け加えた。

 少女の雰囲気には確かに貴族や王族といったとことはあるが、それにしては気さくすぎる。

 周りが抱く印象を鋭く察しったのだろう。     

ファライは反対向きの椅子にまたがるように座って立てかけた腕に顎を乗せる。

「庶子とか言ってたら、たまわしにされたところがろくなものではなかったからな。見ての通りの行儀作法なのだ」

 自嘲と皮肉を織り交ぜて言う。

 とはいえ、キザラは普通に彼女がそのような年齢とは思えない。

 この年頃ならまだ本人が言うような「結論」は単なる「不満」でしかないはずだ、一般的に。

 だが、この悟りきったようなまっすぐな空気をまとっているのはなんだろうか。

 こちらを見て、かすかに笑んだ気がした。

「なかなか大騒ぎしたみたいだよね、あんた?」

 気のせいではなかった。

 今度は明らかに楽し気にファライがキザラを見つめてくる。

「こそこそ隠れていりゃいいものを、今回に限り出てきたのは、どうしてなのさ?」

 簡潔に尋ねてる。

 キザラがリンドを助けたのは、そんな軽く単純な話ではない。

 どこから話すか迷いつつ、いっそ無視してしまおうかと思った。

 だが、ふと、見透かすかのようなルルーヴの視線を感じた。

 正直、ぞっとするほどの感覚を受けた。

 ……何者なんだ、この人物は?

 キザラは説明せざるを得なかった。

 さすがにリンドには気を遣うのだが。

「……凶星が法王庁の星座間に現れた以上、やつらが動き出すのを阻止しなければならなかったというところかな」

「その凶星とあんたとどう関係があるの?」

ファライに遠慮はない。

 キザラは軽く顔をゆがめつつ頭を掻いた。

「……なかなか生真面目じゃねぇかよ。おめぇは、凶星と自分が関係あると思ってんだろう?」

 どう言おうか迷っていた時にルルーヴが他人事かのような口調で助け船を出してきた。

「関係ないのか?」

 ファライはむしろ意外だという様子で聞き返す。

「ちょっとうがちすぎだなぁ。なぁ、リンド?」

 薄ら笑いを浮かべ、ルルーヴは大人しくしていた少女に顔を向ける。

 彼女は、意表を突かれたかのように、一瞬身体を震わせた。

「大体、どうしておめぇは異端審問にとっ捕まった?」

 リンドが黙っていると、ルルーヴは続けた。

「そこの小生意気そうなやつをいつまで引き連れていく気だ? まぁ、正直俺はおめぇらが来たのは歓迎するがな」

 その言葉に、リンドは思わず顔を上げていた。

 しばらく迷った様子をみせていたが、キザラが怪しげな視線を送ってきたので、覚悟を決めたようだった。

「……私は、実は元々ここの人間ではありません。出身は……アルジェスタ帝国首都アルジェスタ」

 ファライが目を剥いた。

 その名は、彼女の生地であり、事実上ファライを追放した場所だ。

「それが、どうしてこんなところにいる?」

 聞いたのはファライだった。

「……私の属する組織の命令で」

 ファライにはピンとくる。

 星露華修道会。

 星を研究し、あらゆる現実に影響を及ぼそうという集団だ。

「それで、ここに来たのは、古代の星炉が本音といったところか?」

 リンドはゆっくりとうなづく。

「まぁ。今回の異端審問官は無能じゃなかったってこったわ。むかっ腹がたつなぁ」」

 そのくせルルーヴは軽く笑っていた。

 星露華修道院は教会に対して過激なところがあるため、関係は微妙というどころではなく、犬猿の仲である。

 教会以前からある神学研究所ともいうべき組織であり、何かと突けば突くほどに教会は立場を危うくしかねないので不干渉をきどってはいるが。

「カズアにある古代からの星炉は異質です。それも使おうと思えば稼働可能。無視できるものではないのです」

 低い笑い声が起こった。

 不敵な表情を浮かべたファライだ。

「ここまで来れば、考えをまとめるのは簡単だ。教会をぶっ壊して帝国の足元揺らいだところを狙おじゃねぇか?」

 メナカの冷たい目と、敢えてのルルーヴによるあからさまな無視以外、驚きが起こる。

「……そんな。暴挙です!」

 リンドが口にしていた。

 全員が乗り気な様子ではないため、ファライは聞こえるように舌打ちした。

 同時に一瞬だけ鋭い殺気を放っていた。    

「……腐った腰抜け連中だ」

 小さく悪態をつく。

「アルジェスタも似たようなもんさ。最近の強引な教会権力しか使えてねぇじゃねぇかよ。いくら後継争い中とはいえ、まとまりってもんがなくて枝葉が暴走しつつある」

 ルルーヴの正論に、ファライは鼻を鳴らしただけだった。




 鬱蒼と樹木が茂る中に、星々の明かりがさす夜だった。

 結局、ルルーヴはあのまま酔いつぶれて寝てしまった。

 キザラが外の灌木に座っていると、飴を舐めている冷めた表情の少女が酔ってきた。

 たしか、キザラといったか。

「悪いねぇ。何だかんだでウチのおっさん、あんたに構う暇なくて」

「……大丈夫だ。死んだわけじゃないだろう?」

「あー、あれは殺しても死なないタイプだしなぁ」

 キザラは苦笑しつつ、そばに座る。

「この山、街の端にあるくせに、全体から人の気配が消えていないね。すごく入り組んでるし」

「まぁ、ここはファーラサム・ハイっていうんだけど、星炉の規模がでかいからねぇ」

 どこか曖昧な言い方だった。

 メナカはいったん口を閉じると、目だけをキザラにやった。

「……ルルーヴに用があったのはホントはあんたなのにねぇ。アレかい、その身体のことかい? そのために、この街まで?」

「オレはずっとこの街にいたよ」

「それは意外過ぎだった」

 淡々としたキザラに、メナカは思わず苦笑する。

 常に余計な感情も感覚も相手に与えようとしないホロナの不思議な態度は、一息付けるほどに安心感があった。

「……正確には何時からいたのか、よく覚えてない。ただ、ひたすら身を隠して、ねぐらも転々としながら過ごしていたの」

「……なのに、リンドの時には?」

 キザラは小さく息をついた。

「たまにな、自分を抑えられない時があるんだ。いや……常に揺れ動いていて、ある時が我慢の限界になる。リンドの時は異端審問が来た時から落ち着かなかった。ずっと不安定で、最後に爆発した」

「なるほど……」

 メナカは表面に全く変化を見せなかった。

「正直、ここらがヤバいと思って、噂では聞いたことのあるルルーヴに会いに来た」

「へぇ」

 二つ目の飴を口に入れたメナカは歯に数回当てて小さな音を鳴らした。 

「さてねぇ。あのおっさんに何ができるかねぇ……」

「随分と厳しいんだな。話ぐらいは聞いてくれそうだけど。オレが混血ってことにかなり興味もってたようだし」

 軽く笑うキザラ。

「下手に好奇心が強いんだよ、アレ。気をつけな?」

 意味深な言い方だ。

 キザラは鼻を鳴らす。

「……別にオレが望んでるのは難しくないと思う。ただ、星を造りたいんだよ。自分の手で」

「あー、なら何か手伝えるかもしれないから、その時は遠慮なく言って」

「ああ……」

「ちなみにルルーヴのことならあと一歩だから」

 よくわからないが、意地の悪そうな笑みを見せると、メナカは家に戻っていった。




 丸々一件借りている宿を出ていたのは約二時間ほどだった。

 相談という市長の愚痴をひたすら聞き、慰めてエルブが戻ってきたのは午後銃二十一時。

 入口から資質に使っている部屋まで何も変化はなかった。

 だがドアを開けた途端、彼の身体は固まった。

 逆に目が冷静にすわる。

 テーブルの上は豪奢な布を敷かれれ、人の頭部を中心にしてバラバラになった身体の各部分が飾るように周りに置かれている。

 頭部の口元には、ワインを注いだグラスが一つおかれていた。

 中に太めの指輪が入れてあり、エルブは無言で摘まむように取り出す。

 見覚えのある壮年の男だった。

 蔑むかのように部屋の中を一望したエルブはそのままドアを閉めて、執務に使っている部屋に移った。

 誰もいない空間で呼び鈴を鳴らした。

「クルブを呼んでくれ」

 短く通信端末に告げて、サイドボードからウィスキー瓶とグラスを取り出すと、机の向こうにある椅子にどっかりと腰を下ろした。

 すぐに、細身のスーツ姿でクルブが現れた。

「……飲め」

 エルブは短く言って、自身、グラスに口をつける。

 無言で一杯のグラスに酒を少し入れたクルブは、勝手に執務室の机の椅子に座る。

「どうしました?」

「市長にも参ったものだ」     

 彼に指輪を放り投げた。

「この地方にはサン・グルータという聖人がいるらしい。その人物を持ち出すと言っている」

 クルブは軽く握って受け取ると、一瞬だけ覗き込むようにまじまじと見つめ、一笑して自分のガラスグラスに落としてカラカラと音を立てる。

「それで。何か演会でも?」

 軽く皮肉る。

「そんな訳がない。当の主は隣で死んでる」

不機嫌を隠しもしないエルブ。

 ただ、クルブという人物は人に隙を見せてしまいがちな引力があるのだ。

「話は密室だった。なのにその直後に、あからさまな嫌がらせがあった。」

「……ご遺体を拝見したい」 

 相変わらず察しが良い。

 二人は私室に入った。

 クルブは一瞬、動きを止めただけで、バラバラの身体に触れないようにあらゆる角度から見つめ込んだ。

「ふむ……」

 彼は一旦、真正面からのところに戻って。グラスを傾けた。

「……これは精巧なものですな」

「精巧?」

「サン・グルータの存在であろう証拠は幾多あります。ただ、これは人を模した造り物でしかない。大体、血糊一つないのはおかしいでしょう?」

 言われてみれば 血の跡というものない。

「これは見事な人工工物です。まるで人のような構造を取ってますが、人ではありません。造りものです。これが本物だとしたら……」

 さすがにクルブは考え込んだようだった。

「……まて。記録にある、一説には『サン・クルータ』は民衆の熱望によって造られた存在である』と。星露華修道院では、その存在を完全否定しているが」

「なのに、今だこの地方にその名が?」

「市長の思わせぶりな態度は露骨だった。アレは『知っている』な。私を乗せる気だ」

「そういや、ここは有名な工学都市でしたな。では、そのお話を乗ったらいかがです?」

「……ほう?」

 しばらくの沈黙ののち、エルブはむしろ挑発的な反応を見せた。

「何か手はあるのか?」

 エルブは一息ついてから確認するように口を開いた。

「……月の子をご存じで?」

 星露華修道院から正当教会、さらに異端審問官としての知識から、エルブは当然知っていた。

「貴様、そこまで行ったら、もはや後戻りはできないぞ?」

 口調は淡々としたものだった。

「後戻りできると思おもいの状況ですか。なかなかおめでたい」

 正統教会に対する存在が、『月の子』だ。

 異端中の異端と言っていい。

 そこまで行くと、本国勢力をすべて敵に回すことになる。

「あなたはカズアで徹底的な敗退を見せた。そして、サン・グルータの正体までしって、市長は乗り気だ。さらに、この地ははまだ本国アルジェスタからは未開の土地です」

「決定打がない」

「これをみても?」

 クルブは顎で死体のデコレーションを指し示した。

 エルブは何も言えなかった。

 ただ、この先の自分の運命を呪うしか道はなかった。

「私に考えがあります」

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