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星炉からの風景
谷樹理
異世界ファンタジーダークファンタジー
2024年08月25日
公開日
12,243文字
連載中
東方にある帝国からみれば野蛮地には独自の文化があった
異端審問を軸にその地に根を張ろうとする者と、元々住んでいた者たちの軋轢と争い

第1話

 重力の圧縮。

 空間があらゆるものを押しつぶし、物質は粉みじんとなり、ただただ重さが残る。

 『炉』での形成状況を、メナカは小粒の汗を肌に浮かせながら見入る。

 メナカは少し離れたベンチで細く長い脚を組みながら、星分成分でできた飴を舐めつつ、眺めていた。

「上手く行ってる」

 自分に言い聞かせるように口にする。

 床にしゃんでいるホロナをメナカは首をあげて空に目をやる。

 炉装置以外、何もない河原を見下ろせる、広い床。

 無数の星が夜空を飾っている。

 あの中に、星生成師たちが造ったものはどれぐらいあるのだろうか。

 ホロナに顔を向けると、Tシャツ一枚でハーフパンツという恰好だった。

 着ていたブラウスにカーキ色のサロペットは横にある木に干して、そばに焚火を焚いていた。

 当初、匂いがつくなど様々な理由でここに来るまでひたすらメナカの声を聞き入れなかったが、星を造ろうと言うと彼女についてきた。

 今や長い髪を後ろに束ねたまま、高熱で高圧の炉に夢中だ。

 普通、メナカのような星生成を行う星師に比べて、彼女は単純な成分や元素を使っていた。

 初心者どころか素人だ。

 他の星からのアクセス権も与えていない。

 複雑にする理由がない上、メナカはただ単に星が一つできるように手伝っているだけだった。

 彼女はホロナが橋の下で溺れていたところを助けたのだ。

 十代半ばの同い年ぐらいか。

 泳いで岸に引き上げたが、何故溺れていたのかは頑なに言葉にせず、不機嫌そのものだった。

 だが、炉を使わせたら一変したのだった。

「ねぇこれ、ダスト量とか低いし、一回目なら手順きいてなんとかするけどさぁ。コレが終わったら本物造るから」

「あー、あたしの一存じゃ決められないなぁ」

 黒ずくめの姿に髪は紫のメッシュを入れたメナカは、眠そうな目のままだった。

「じゃあ訊いきて。どうせあの気持ちの悪いジジィでしょ?」 

 敢えての悪態がメナカには見え見えである。

 メナカが『炉』を使わせたのは、彼女のための慰めでもあると言えないこともなかった。。

 星師ほししの技術は一家の口伝で伝えられている。

 師匠である人物に事情を説明すれば、少しは納得するだろう。

 だが彼女がホロナに炉を使わせたのはもっと別の意図があった。

 ホロナは明らかにまだ怒りがおさまらないようだが、それを鼻で嗤うように眺める。

「『呼び鈴』、持ってるでしょ?」

 ホロナはメナカがを見越してい乗り気ではないのを見抜いているのだ。

 だがメナカは呼び鈴といわれる通信端末を投げ渡した。

 彼女は端末に短い文字を入れただけで持ち主に同じく放り返す。

 河原に並ぶ高層建築物の群れにあるひとつの棟にある一室の広いベランダ。

 ここから見える橋に向かって、あらゆるところから影が移動してきているのが感じられた。

 星師であるメナカは、天空にある政府管理下の衛星の映像や記録を無意識の中に埋没させている。

「全旧龍の先住人から現在、ここで『精製』してない連中や観光客を除き、完全に外界を排除する自閉モードに入れ」

 呼び鈴越しで一気にまくしたてると、メナカは飴を吐き出して、太めの手巻きタバコを咥えて、ジッポライターの火を起こした。

「……河に飛び込んだ哀れな女の子は、人喰いの化け物でしたとか」

 星炉が輝く。

 張り出したコンクリートの床から音もない一瞬で円柱状の塊がメナカのわき近くに突き出た。

 そこには拳銃からライフル、対戦車ロケットが立てかけられていた。

 頭頂部から、弾丸があふれるほど漏れ出している。

 メナカは速射短機関銃を両手に持った。

 彼女が顔を上げた眼前にきれいな脚が飛び込んだ。

 思い切り、後ろに倒れて受け身をとると同時に一回転して後ずさる。

 だが、曲げた踵が腕に引っ掛けられた。

 メナカはホロナが落とした一丁の銃が気に入ったようだった。

 すでに弾丸は装填して引き金を引くだけになっている。

「さてと。聖歌を唄いなさい。あんたも星になれば?」

 拾いあげた銃で、至近距離からホロナが銃口を突きつけてた。

 腕を巻き上げるようにしつつ、威嚇の二発を放って、彼女から拳銃を奪うと距離をとる。

 同時に、握っている銃からホロナが使っている星間ネットワークをつかった体内の『小宇宙』での物理移動線の要所五か所すべてを断ち切り、代わりに一瞬で乗っ取る。

 近場に約五十名を体感として確認した。

 ホロナは舌打ちして、相手を伺いつつ、干してある服のところにゆっくりと移動した。

「五秒やる。そのまま銃を捨て手を頭の後ろにして炉に向いて立て。さもないとあの橋を崩す」

 鋭く睨んで来るホロナが、握った手をさし伸ばしていた。

「4」

「……ふん。そんな大それたことをできるわけがない」

 だが、ブラフではないことは走査すれば、一見して分かった。

 全方位型物質破壊弾

 周囲十メートルのものを中心にあるもの以外、原子にまで分解するものだ。

「3」

「あんた、近衛騎士団のエリートだろ? 瞼の裏にタトゥーが入ってたよ」

「2」

 メナカはすぐに判断した。

「……わかった。わかったよ」

 気が抜けた声だった。

 小さくやれやれと呟いて、銃を床に置き、あらぬ方向へ蹴った。

 溜息をつきながら、腰に手をやり、堂々とそばの橋を眺めだした。

 この地区にはちょうど湖に浮かぶ孤塔が目に入る。ここに来るための唯一の出入り口があの橋だった。

ホロナは怪訝そうに目だけやる。

 対岸に多数の窓ができていた。

 突然の銃声の重なりが林の闇を薙いだ。

 ホロナが呆然とする。

 そして、窓々の中央に古めかしい扉。

 きしむようにして開く音がした。

 ゆっくり、メナカの後ろまで来た時には、もうホロナの戦意は消失していた。

 メナカがわざとらしく膝まづく。

「……いかがでしたでしょうか、殿下。彼女の突飛な行動にはさすがにおどろかされましたが」

「……やっぱりか」

 ホロナは、全てを放棄するように、河に手の中の装置を放り投げた。

 メナカは一瞬振り向いて、ホロナにピースサインを見せた。


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