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第44話 最後の日記

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 11月24日(水)


 声が聞こえる。暗闇の底からかん高い声が聞こえてくる。その声を聞く度に思い出されるのはじめじめとしたあの小屋だ。椿の木に囲まれて人目につかない小屋の中ではいつも煩い声がする。空気が薄くて息をするのもやっとな薄暗い場所のさらに下。陽の光の届くことのない板張りの部屋はぎしぎしと揺れる音がする。声が無くなった子はそこへ放り投げ棄てていく。繰り返して気が付けばかわいい赤子の山ができていた。腐臭が漂い、蛆がわき体がドロドロに溶けていてもほっぺたの膨らみは残っている。甘い香りが鼻を突いた。


 声が聞こえる。消えて無くなったはずの声が足元から体を通して聞こえてくる。耳を覆っても塞いでも声がする。消えない消えない声は消えない。どこにいてもどこまで行っても追いかけてくる声は。違うきっとすぐ傍に。私の中に。違う違う。消したい消したい。消える消える。


 ──そうだ、耳を引き千切って抉り出して切り落とせばいい。ああ。声が聞こえる。声が聞こえる。ふふふふヒヒヒ声が声が声が声が。聞こえる聞こえる聞こえる聞こえる。いつまでもどこまでも。私も生まれたあの場所から声は続く延々と。私が生まれたあの場所から声は始まっていた永遠と。ずっとずっとついてくる。私は悪くない私は悪くない。


 ああ椿が萎れていく。ああ椿が腐っていく。落ちてゆく落ちてゆく落ちてゆく落ちてゆく。臭いが声が消えない消えない消えない。私は悪くない。私は悪くない私は悪くない私は悪くないのに。悪いのは悪いのは、そう。


 この世に産まれ落ちたから。


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