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第41話 洞の穴

 窓際の席を見つけて座ると、すぐに電車は発車した。


 木枯らしが吹き抜ける住宅街やシャッターの下りた個人商店が並ぶ横丁、車通りが急に多くなる総合病院など見慣れた街並みが続いたあと、紅葉した木々がまばらに見えてくる。


 次第に木は林へ、そして森へと密度を増していきすっかり電車は森へと囲まれてしまう。森の中を走っているようなものだ。色付いた葉は目を愉しませてくれるものの、森はなお暗く、独自の生態系が暗がりの奥で息づいていた。


 あの人は、これを見ながら何を思っていたのだろうと吉良は想像を膨らませた。くだんの日記がその字面とともに窓に映る。秋も冬も春も夏も、色彩は豊かに移り変わる。が、いつでも暗がりは変わらない。人が立ち入れないような、人の侵入を拒むような暗がりの奥に、どんな思いを馳せたのか。


 声は聞こえていたのだろう。両の耳を覆うような幾重にも響く赤子のあの声だ。暗闇から忍び寄るように聞こえてくる助けを求めるような声。あれは、体に毒だ。切迫感が引き出され、焦りと恐怖とが呼び起こされ、反射的に怒りが沸き起こる。最後には感情が揺さぶられ、心が不安定にさせられ、何もできない無力感に押し潰されそうになる。


 たとえば、一つ一つの声を木のうろに置いていこうとは思わなかったのだろうか。あるいは茂みの中に置いていこうと思わなかったのだろうか。いつまでも飛び交う声を千切って投げ捨てていければ、とは思わなかったのだろうか。


 耳を強く塞げば途端に深閑しんかんに包まれる。車内の喋り声もレールを走る音も、自分の呼吸音も聞こえなくなる。聞こえるのは体内の声、内側が軋む音だけ。


 闇から呼ぶ声は、もしかしたら内側から聞こえてくるものなのかもしれない。罪から逃れんとする心にくさびを打つように。常に思い出させるために、忘れさせないために。


 月岡から送ってもらった椿の日記の写真を今一度読む。記録の断片に過ぎない文章と睨み合ったところで今更何かがわかるわけでもないが、カウンセリングを終えたあと、椿が何を考えていたのかは文字の形から透けて見える気がした。


 日記が新しくなるにつれて安堵感が増していく。廃病院の暗闇の中へ『置いてきた』効果が如実に現れていたのだろう。


 当初の予想を遥かに超えて二年もかけて自身の内に宿った声をおろしていった。代わりに心が軽くなったことだろう。体が軽くなったことだろう。


 そして、新しくいろんな音が入ってきたはずだ。


 吉良は僅かに視線を上げた。


 ──見ていたのだろうか、この窓からの景色を。聞いていたのだろうか、電車の音を。


 電車が揺れる音、ブレーキが掛かる音、人々の間を行き交うヒソヒソ声、風の音、木々のざわめき、自身が発する音──世界は音で溢れている。電車を降りればもっと多様な音が支配する。仮に全ての音を一律に処理しなければいけないとしたら、気が狂いそうなほどに。


 だが、幸いにも人間は必要な音を聞き取るように制御されている。不必要な音は雑音として処理されるのだ。


 その音一粒一粒を椿はどう感じていたのだろうか。泣き声の代わりに聞こえてきた音は幸福なものだったのか不幸なものだったのか。新鮮に感じていたのか、懐かしく思ったのか。


 車窓へと目を移すと森を抜けた電車は田圃を走っていた。今年も左に右にと揺れ動いた天気に負けじと実った稲が敷き詰められて黄金色の絨毯を作り出していた。綺麗に区画整理された稲田は幾何学的にも美しい。


 この風景も見ていたはずだ。今は人やトラクターはいないが、もしかしたら稲を刈る様をも見ていたかもしれない。稲はつまり米だ。主食であり生命を育む米。美味しい食物の象徴。


 何かを思わずにはいられないはずだ。泣き声が求めていたものが、まさに眼前に広がっているのだから。


 目を逸らしたろうか、それとも凝視し続けたのだろうか。お腹は空いたか空いてないか。空いたとしたら何かを食したか。食せるものなのか、この景色を見ながら。


 「あんパンが食べられるのは嬉しい」──当時の日記にはそんな言葉も綴られていた。飢えに苦しむ赤子の声を耳栓で塞いで、空を眺めながら思っていた。同じ場所を同じ時間を過ごしているはずなのに、別の次元にいるかのようだ。


 結局あんパンは買ったのだろうか。買って、食べたのだろうか。どこで食べたのか。自宅か、あるいは泣き声の密集した赤子の家畜所か。さぞかし美味しいのだろう。飢える子らを眺めながら、弱る声を音楽に食べるあんパンの味は。あんパンの甘味はあるいは母乳に通じるところがあるのかもしれない。


 子どもがはしゃぐ声が聞こえていつの間にか閉じていた目が開いた。小学校に入学したかしないくらいの子どもが車内を走っている。


 後ろから追ってきた父親らしき人物は、視線に気がついたのか曖昧な笑みを浮かべて軽く頭を下げながら横切っていく。あまりにも日常に溢れた光景だった。


 あの子は何も思っていない。ただ楽しさと興奮のあまりに走っているだけ。父親の方も何も考えてはいない。誰かに迷惑を掛ける前に止めなければと思っているだけ。それだけだ。


 電車が風を切る音がしてトンネルへと入った。暗闇が巨大な目を開く。長い長いトンネルだ。


 暗闇の中では何かを見たのだろうか。それとも知らない振りをし続けたのだろうか。


 いったいどれほどの長い時間、知らない振りをし続けてきたのか。聞こえる声に耳を塞ぎ、罪を償うのではなくあまつさえ誰かに擦り付けようとしていた。


 ほんの短い時間晒されているだけでもおかしくなりそうな泣き声を何年、何十年と聞き続けた末に。


 嬉々とした様子は日記からも伝わってきた。纏わりつく声を消し去ろうと試みた全ての希望が終えたとき、おぞましい考えが頭をもたげたのだ。


 置いてくればいい。最高のアイディアだったに違いない。実行のためには費用も時間も掛かるが関係ない。実行した後には誰かに被害が生まれるかもしれないが関係ない。


 とにかくこの声を頭から消し去れればそれでいい。そして今回の怪異が生まれ、新たな名も無いあやかしが誕生した。


 トンネルを抜けて照らし出す光に目が眩む。


 二度誕生し、二度死んだ。遠いトンネルを抜けてようやく上げた産声を口を塞いで沈黙させた。もちろんそれは結果であってそこまでの事態を想定していたわけではない。


 あやかしが生まれるなど考えにも及ばなかっただろう。何十年も前の声を消そうとしただけなのだから。


 ぐるぐると巡る考えと感情は自身を訪ねた椿の元へと向かっていった。同じように電車に揺られ、同じように考えを巡らせていたに違いない、と吉良は確信していた。移りゆく景色が促すからだ。考えることを、答えを見つけることを。


 吉良は窓枠に頬杖をつくと人知れずため息を吐いた。椿と自分、全く真逆なことを考えていたことは予想がつく。唯一の点を除けば。


 人間の赤子とあやかし、その違いはあるとしても死なせたのは同じだ。どちらも誕生した生命と捉えれば、変わらず同じことをやっている。


 さっきと反対側から子どもを抱っこした父親が戻ってきた。すれ違いざまに子どもは吉良に向かって手を振る。吉良も小さく手を上げようとしたが、疑うことのない満面の笑顔の前に止め置いた。パチパチと不思議そうな目が瞬きをして通り過ぎていく。


 だから吉良は流れるままに考えていた。同じ電車に乗ればわかるかもしれないと、もしかしたら答えが見つかるかもしれないと。


 椿杏がなぜこんなことをしたのか、怪異の元凶となったのか。その理由が心の内がわかるかもしれないと。


 依頼人の悩みに寄り添い怪異を見つめ解決の糸口を探る。それこそが、吉良の仕事だからだ。

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