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第20話 それぞれの役割

 エンジン音がうるさい車内の中で吉良は大きな声を出して疑問に思っていることを聞いた。


「月岡さん。押し入れの中の物ですが、もう押収されているなんてことは……その、ないですか?」


「ないとは言い切れないが、何か具体的な犯罪が起きたわけじゃない。あの暴れ回っていた婆さんは静かにさせられて救急車で連れて行かれたし、俺やお前を遠ざけてしまったから、どう対処したものか考えあぐねているところなんじゃないか? メンツがあるからな。外部の人間にはあまり立ち入ってほしくないと思っているはずだ。事が大きくなれば別だが」


「問題はもう大きくなってますよ」


「県外のことは関係ないんだ。人間誰しもそうだろ? 自分と関係ないことはどんなに異様で悲惨でも、冷たくなれる」


 いつもこうだった。外からの人間、特に権力を持った警察組織なんかがあやかしの問題に入ってくると、一つ一つに手間取りスムーズにいかない。


 向こうにとっては、事件として、自分達が主導を握れるのが大事なのかもしれないが。


「そう熱くなるな。重要なものを見逃すぞ」


 それは自分のことでは──と横顔を見れば、なんとも曖昧な微笑が浮かんでいた。


「これはただの戯言だから、聞き流してくれていい。お前や柳田が警察を嫌っているのはなんとなくだがわかる。結局堅物なんだよな、組織自体が。あやかしなんてよくわからないもんに、捜査が左右されてたまるか。だけどな、この仕事をしていて面白いことが一つある」


 吉良は頭を横に捻った。面白いことなんてあっただろうか。それよりも心臓に悪いことばかりが次々起こっている。


「真相に近づいていくこの瞬間だ。綱引きみたいなもんだ。最初はどう引っ張ってもビクともしない綱でも多くの手が引っ張ることで綱の先が少しずつ見えてくる。暗闇の中に埋もれていたものが姿を現してくる。埋もれさせてはいけないものがある。真実を明らかにしないといけないものもあるんだ。怒る役割は俺でいい。お前はそんなキャラじゃないし、ポジションでもないだろ。警察のごたごたは俺がやるから気にするな。真相を明らかにするのが、お前の役割だろ」


 正確に月岡が何を言いたいのか、吉良にはわかりかねた。出会ってすぐに共感ができそうな相手ではないと思っていたこともあるのだろう。ただそれよりも感じていたのは、見ている景色の違いだ。


 雨こそ止んでいたが、頭上は分厚い雲に覆われていた。月の見えない夜はなお暗く、そしてどこまでも深かった。





 街灯の眩しい光に虫が集まっていた。そのせいでちらちらと揺れる光が、誰もいない道路を何の意図もなく照らし続けていた。その街灯の下に暗闇から抜け出てきたような黒光りした車が姿を現したのは、もう日付が変わった時刻。


 寝静まった住宅街を揺り起こすかのように、一台の車が走り抜けていった。


 白い筒状の先端に赤い火がつく。タバコを加えたまま、月岡は話し始めた。押し黙ったような車内に久しぶりに人の声が響く。


「たぶん何人か、警官が家の前で待機しているだろう。俺達がいなくなったことはわかってるからな。止めようとしてくるだろうが、無理矢理押し入る」


 まるで強盗のような言い方だと思ったが、これから人の家に無断で入って目的の物を探そうとしていることを考えれば、あながち間違えてもいないと思い直して、吉良は静かに頷いた。


「ケンカはしない。後のことを考えると、なるべく穏便に済ませたいからな。ただ、どうしようもないときは吉良、お前だけで二階へ上がってもらう。目的の物が見つかれば、事の深刻さが理解してもらえるだろうからな」


「……もし、見つからなければ?」


「お咎めを受けるだけだ。まあ、下手すれば今度こそ長々と拘束されるかもしれねぇが」


 気づかないうちに唸り声を出してしまった。捕まってしまったら時間がかかる。ただでさえ予想外に時間が経ってしまっているのだから、もう無駄に時間をかけるわけにはいかない。


 あれから沙夜子から連絡は来ていないが、怪異が何ら解決していない以上、今も一刻を争う状況にいることは間違いがない。


「大丈夫だ。証拠は絶対ある。そうじゃないと説明がつかないことが多すぎる。そうだろ?」


「……ええ、そう、なんですが」


 自信はなかった。そうだろうとは思っていても、いまいち自信が持てない。何もわからないところから、細い糸を手繰り寄せるように少しずつ点と点を繋ぎ、ここまで辿り着いた。もし、この一本の線が偽物ならば全てが意味をなくしてしまう。


「着いたぞ」


 思わず体がビクついた。一瞬頭が真っ白になってしまった吉良の肩を大きな手が叩く。じーんとした痛みが肩から頭にかけて広がる。


 月岡が降りるその後ろを吉良も急ぎ足でついていった。月岡の予想していた通り、暗がりの中、張り巡らされた黄色いテープの前に数人の制服姿の警官が姿勢良く佇んでいる。


「止まってください。あなた方を中に入れるわけにはいかない」


「無理だ。入らせてもらう」


 年若い警官の一人が張り詰めた声で制止を呼びかけるも、月岡は問答無用で突き進む。両脇に二人の警官が飛び出し、場合によっては実力で止めようと体を構えた。

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