今の私は小汚い牢に閉じ込められて、手首を拘束されている。ここでは固いベッドに腰を下ろして思考をめぐらすしかやることがない。
そもそも、王子に生まれた私がどうしてこんな目に
聖女を名乗る侯爵令嬢マリアにだまされてから、すべてが間違ったほうに流れていく。
その流れを元に戻すために、これまで思いつく限りのことをしてきた。
その解決方法はとても簡単で、エステルが私の元に戻ってくればいいだけの話なのにどうしてこんなことになっている?
途中まではうまくいっていたような気がする。
美しくなったエステルを手に入れた。エステルの聖女の力で私の身体に浮かんでいた醜いアザが消えた。あとは二人で国に帰るだけ。
それをフリーベイン公爵に阻止された。
悔しいがフリーベイン公爵は私より強い。それは認めるしかない。
だったらどうする? ここですべてをあきらめるしかないのか?
そもそも、マリアが私を騙さなければ……。
フリーベイン公爵がいなければ……。
何もすることができない捕らわれの身で、憎悪だけが膨れ上がっていく。黒文様がわずかに残っている腰辺りが焼けるように熱い。
気づけば、黒文様が私の身体に広がってしまっている。
「くそっ!」
だが、大丈夫だ。黒文様はエステルなら綺麗に消せる。やはり、どうしてもエステルを取り戻さなければ。
良い案が浮かばない。そんなある日、牢の隅から黒いモヤが染み出てきた。
そのモヤが徐々に固まり人の形を作っていく。
そこに現れたのは目をそむけたくなるほど醜い姿をしたものだった。
「醜い姿だな……私の前から消え失せろ」
私の言葉に醜い者は口端を上げた。
――オグマート。
「高貴な私の名前をお前みたいなわけのわからん存在が呼ぶな、
クスクスと忍び笑う声が牢内に響く。
――ここから出たいのでは?
無視していると、醜い者が私に近づいてきた。その醜悪さに気分が悪くなる。
――とても良いことを教えてあげましょう。この世界の平和はもうすぐ崩れ去ります。それを防ぐ方法があるのです。それはだれかが人柱になること。あなたならどうしますか?
醜い者が口にした言葉に私は笑ってしまった。
この者がいうには、その人柱になれるのは、私かエステルかフリーベイン公爵の三人だけらしい。
「だったら、悩まずとも答えなど決まっている」
再び口端を上げた醜い者は、祈るように両手を組み合わせた。
――では、聞きましょうか。選ばれた者たちが、それぞれにたどり着いた結論を。
醜い者からふくれあ上がった黒いモヤが私に覆いかぶさってくる。
とっさに逃げようとしたが、逃げ切れず気がつけば見知らぬ場所に飛ばされていた。
そこは薄暗く広い空間で、ドーム型の天井の中心部からは頼りない光が差し込んでいる。気がつけば私にはめられていた手枷はなくなっていた。
「なんだ、ここは?」
私の言葉に反応した者がいた。
「……この場所は」
聞き覚えのある声のほうを振りかえると、エステルが立っていた。その側にはフリーベイン公爵もいる。
私に気がついたフリーベイン公爵がエステルを守るように背後に隠した。
くそっ! その女は私のものなのに!
「エステル、こっちに来い!」
「オグマート。もうエステルに執着するのはやめろ」
落ち着いた声に腹が立つ。
にらみ合う私たちを楽しそうに眺めている者がいた。さきほどの醜い者が天井から降り注ぐ淡い光の下で、笑みを浮かべてたたずんでいる。
――そろいましたね。
醜い者の言葉にエステルが「……どうして」とつぶやいた。
――では、聞かせてください。あなたたちがどんな結論にいたったのか。
私はその問いを鼻で笑った。
「そんなもの悩むまでもない! フリーベイン公爵が人柱になればいいだけだ! そうすれば、世界の平和は保たれて、エステルは私と一緒になれる。簡単な話ではないか!」
――フフフ。欲望にまみれた答えですね。醜いという言葉はあなたにこそふさわしい。
「醜いだと!? 醜いのはお前のほうだ!」
私は私以上に、全身黒文様につつまれている醜すぎる女を指さした。女はクスクスと笑っている。
――さぁ次はエステルに聞きましょうか。
エステルは何も言わない。
――答えてくださいエステル。私以外の人の選択を、どうか私に教えてください。
ぼうぜんとしたエステルの声が辺りに響いた。
「どう、してなんですか……? どうして、オグマートをここに? どうして、わざともめ事をおこすようなことを?」
エステルは、戸惑いながら醜い女に話しかけている。
「答えてください、大聖女様!」