一度流した涙は、なかなか止まらず私はアレク様の腕の中で小さな子どものように泣き続けた。
滞在先の邸宅に戻ってきても、涙はとまらない。
そんな私をアレク様は、まるでお姫様を抱きかかえるように運んでくれた。
驚きかけよってくるカーニャ国のメイドたち。
「エステルを休ませたい」
アレク様がそう伝えると、メイドたちは先回りして扉を開けてくれる。
その様子を見て私はようやく冷静になった。そして、冷静になると同時に今の状況が恥ずかしくなってくる。
「あの、アレク様……」
下ろしてくださいという前に、私の寝室にたどり着いてベッドの上に下ろされた。ベッドの端に腰をかける私の前に、アレク様はひざまずく。
アレク様の右手が私の左手をそっとつかんだ。
「本当に、すまなかった」
後悔をにじませるアレク様。
「や、やめてください! どうしてアレク様が謝るんですか?」
アレク様はまるで許しを請うように私の手の甲に額を当てる。
「……守れなかった」
その声はかすれていた。
「怖い思いをさせてすまない」
「謝らないでください。アレク様は私を助けてくれたじゃないですか」
私はなぜかアレク様の顔に再び現れた黒文様にそっとふれた。祈りを込めて浄化する。黒文様はキラキラと輝きながら消えていった。
頬にふれた私の手に、アレク様の手が重なる。
「俺は愛する人を守れなかった」
「愛する、人?」
顔を上げたアレク様は、まっすぐ私を見つめる。
「エステル、愛している」
アレク様が、私を愛している?
「え?」
「あなたは気がついていなかっただろうが、俺はあなたに初めて会ったときから、ずっとあなたのことを想っていた」
「ええっ!?」
私は驚きと共に、胸がいっぱいになってしまった。
「俺はあなたをだれよりも幸せにしたい」
アレク様の言葉は夢のようで、素直に嬉しいと思ってしまっている自分がいる。
「わ、私もアレク様の幸せをだれよりも願っています」
だから、私でいいの? とも思う。こんなに素敵な人の側にいるのが私で……。
「俺の幸せはあなたの隣にいることだ。だから、俺の幸せを願うなら、どうかずっと側にいてほしい」
「ずっと……?」
それは舞踏会が終わって、婚約者のふりをする必要がなくなっても?
私はこれからも、ずっとアレク様の側にいていいってこと?
じわじわと喜びが押し寄せてくる。
ああ、そっか、私もアレク様のことが……。
今さらながらに顔が熱くなった。
「エステル、返事を聞かせてほしい。俺ではダメだろうか?」
アレク様の懇願に私は必死に首をふる。
「わ、私もっ私もです!」
「私も? 私もなんだ?」
ど、どうして伝わらないの!?
急にアレク様の理解度が下がっているのはなぜ!?
すぐ近くにアレク様の整った顔がある。私に向けられた紫色の瞳は期待と不安が入り混じっていた。
「私も、アレク様のこと……あ、愛しています!」
とたんに抱きしめられて、視界いっぱいにアレク様が着ている衣装が広がり、アレク様の香りに包まれる。
やっぱりぜんぜん違う。オグマートにふれられたとき、本当に怖くて気持ち悪かった。そして、アレク様じゃないと嫌だと思った。
私はいつからアレク様のことが好きなのかしら?
はっきりと気がつくのは遅かったけど、もしかしたら、もうずっと前から……。
抱きしめる腕をゆるめたアレク様の手が私の頬にふれる。
「エステル……」
私の名をささやきながら、アレク様の顔が近づいてきた。
どうしたらいいかわからずぎゅっと目を閉じると、唇にやわらかいものが押しあてられる。
驚いて目を開くと、目を閉じたアレク様にキスされていた。
わ、わー!?
あわててぎゅっと目をつぶると、唇が離れていく。
「エステル、ゆっくり休んでくれ。体調が良くなったらフリーベインに帰ろう」
「は、はい」
アレク様は私の頭を優しくなでた。その優しい手つきにホッとする。
「帰ったら結婚式の準備だな」
真剣な顔でそうつぶやくアレク様。
それを聞いた私は『あ、そっか、私達、結婚するのね』とまた驚いてしまった。