私より背の低い銀髪少年は、やわらかい微笑みを浮かべた。
「はじめまして。僕はフィン・カーニャです。この国の第六王子です」
やっぱり王族だったのね。私があわてて淑女の
顔を上げたフィン殿下の目はうるみ、頬は赤く染まっている。
「本物の聖女様に、こうしてお会いできる日が来るなんて! 光栄です」
「あ、でも、今は――」
「わかっています。聖女様は、フリーベイン公爵と婚約されたのですよね? フリーベイン公爵が婚約者と我が国の舞踏会に参加すると聞いて、エステル様にお会いできる日を心待ちにしておりました」
隣国まで私たちの婚約は広まっているのね。婚約者のふりは順調みたい。
「この国に滞在の間、僕があなた達の世話役をさせていただきます」
「王子様がですか?」
「はい、何か困ったことがあればいつでも相談してください、聖女様!」
「あ、ありがとうございます」
お話は終わったはずなのに、キラキラした瞳が私からそらされることはない。
な、なにかしら? まだ何かお話が?
こういうときは、婚約者としてどうしたらいいんですか、アレク様!
心の中でアレク様に助けを求めていると、フィン殿下はハッと我に返ったようなしぐさをする。
「すみません。聖女様を驚かせてしまいましたね。実は僕、聖女様や邪気に関する研究をしていまして。今回の世話役の件も、どうしても聖女様とお会いしたくて無理を通してしまいました」
「あ、それで……」
王族なのに私たちの世話役をかってでてくれたのね。
私としても、この国で邪気について調べるつもりだったのでフィン殿下の存在はありがたい。
「殿下、私の国では邪気についての資料がほとんどないんです。殿下のお話をいろいろ聞かせてもらえませんか?」
「もちろんですよ! その前に殿下ではなく僕のことはフィンと」
フィン殿下は、とても人懐っこそうな笑みを浮かべている。
「では、フィン様と呼ばせていただきますね。私のことはどうぞエステルとお呼びください」
「わかりました。エステル、さっそくですが、明日にでも僕の研究室に来ませんか? 邪気についてなんでもお答えしますよ」
「お招きくださりありがとうございます。でも、アレク様に……フリーベイン公爵様に確認してからでも良いでしょうか?」
アレク様の婚約者としてこの国に来ているのに、勝手なまねはしたくない。
「そうですね、僕としたことが大変失礼しました。聖女様にお会いしたくて、フリーベイン公爵への挨拶を忘れておりました。今から向かいます」
扉付近まで歩いたフィン様はこちらを振りかえった。
「許可がとれたらフリーベイン公爵と一緒に、僕の研究室に来てくださいね!」
「はい」
フィン様と話しているうちに、荷物運びは終わったみたい。室内には私と護衛騎士のキリアしかいない。
心配そうなキリアと視線が合った。
「エステル様、体調はいかがですか? 長旅の疲れは出ていませんか?」
「私は元気ですよ。キリアのほうこそ疲れたのでは?」
私は馬車に乗っていただけだけど、キリアは馬にまたがりずっと馬車を護衛するようにあとをついてきていた。
宿にいるときも、私と相部屋だったせいで、護衛として常に気をはっていたと思う。
それなのにキリアは少しも疲れた顔を見せない。
「私は日々鍛えているので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げたあとに、キリアは深刻な顔をした。
「エステル様。あなた様は閣下の婚約者です。まぁ、今はまだ婚約者のふり、ですが。私にそのような話し方では、怪しまれてしまいます。どうか敬語はおやめください」
言われてみればアレク様の婚約者がアレク様の騎士に敬語を使っているのはおかしいかもしれない。
「わかりました……。いえ、わかったわ、キリア」
パァと表情を明るくしたキリアは、小さくガッツポーズをしている。
「キリア、さっそくだけどアレク様にフィン様の研究室に行っていいか、おうかがいしたいの。案内してくれる?」
「はい!」
アレク様の部屋は同じ階にあるものの、だいぶ離れていた。
キリアが「この階には、部屋が二つしかないそうです」と教えてくれる。
「え? こんなに広い建物なのに?」
「はい。部屋の中に護衛やメイドが待機するための部屋も作られているようです」
言われてみれば部屋には扉がたくさんあった。その扉の向こうには広い部屋が広がっているのかもしれない。
アレク様の部屋の前で、さっき別れたばかりのフィン殿下とお会いした。
「あっ、エステル! フリーベイン公爵の許可を取りましたよ! 明日はぜひ僕の研究室に」
「はい、おうかがいしますね」
嬉しそうに微笑むフィンを見ていると、私の弟や妹とその姿が重なる。
私達の声が聞こえたのか、アレク様が部屋から出てきた。
「エステル」
「アレク様。許可をくださりありがとうございます!」
「いや、俺も気になることがあったので、殿下の申し出は有難かった」
「では、明日一緒に来てくださるんですか?」
「ああ、もちろんだ」
良かった。一人で行くよりアレク様と一緒のほうが嬉しい。
気がつけばフィン殿下は、私たちをまじまじと見ていた。
「殿下、どうされましたか?」
アレク様の質問に、フィン様はニコッと微笑む。
「あなた達はとてもお似合いですね!」
えっと? こういうときはどうしたら?
困った私がちらっとアレク様を見ると、アレク様は私の肩にそっと手をおいた。
「私にはもったいないくらいの婚約者なので、そういっていただけて光栄です」
「わ、私もアレク様のような素敵な方の婚約者になれて幸せです」
一瞬驚いたアレク様が、ふわっと優しく微笑んだので私はつい見惚れてしまった。
「ふふ、本当にあなた達はお似合いだ。聖女の力は愛する人ができれば強くなると言われていますものね」
初めて聞く話に、私とアレク様は顔を見合わせた。
「殿下!」
「そのお話、くわしくお聞かせ願えないでしょうか!?」
私たちの勢いに一瞬だけ驚いたものの、フィン様はすぐに瞳を輝かせる。
「はい、ぜひ聞いてください! 僕、聖女様についてならいくらでも語れますから!」