コトンと馬車がゆれて、私は目を覚ました。
どれくらい眠っていたのかしら? なんだか頭がぼうっとしている。
まだ日は暮れていないようだけど、街を通り抜けたのか馬車の窓から見える景色は木々だけになっていた。
「アレク様……あれ?」
向かいの席に座っていたはずのアレク様が、なぜか私の隣にいる。そういえば、何かにもたれかかってスヤスヤと眠っていたような気がする。
もしかして、私、アレク様の肩にもたれかかって熟睡していた!?
あわててアレク様に謝ろうとすると、アレク様の頭がガクッとゆれた。
「えっ!?」
驚いて顔をのぞき込むと、アレク様は目をつぶっていた。かすかに聞こえてくる呼吸はとても規則正しい。
ね、寝ている!
いつもはキリッとしているのに、今のアレク様は私の弟みたいに気の抜けた顔をしていた。
ちょっと可愛いかも……。
馬車のゆれでアレク様の頭がまたガクッとゆれたので、私はあわててアレク様の頬に手をそえた。そして、私にもたれかかるように静かに誘導する。
そのとき私の肩からパサリと布が落ちた。見るとそれはアレク様のマントだった。
アレク様が眠っている私の肩にマントをかけてくれたのね。その優しさに胸が温かくなる。
馬車がゆっくりと止まった。
キリアが馬から降りて馬車に近づいてくる。
「閣下、エステル様。ここで少し休憩を……」
私はキリアに向かって「しー!」と人差し指を立てた。眠っているアレク様を指さすと、キリアの瞳は大きく見開く。
キリアは小声で「休憩はもう少し先でしましょう」と言って馬車の扉を閉めた。
再び動き出した馬車の中で、私とアレク様は肩を寄せ合っていた。
ポカポカ陽気がとても心地いい。
たまには、アレク様もウトウトと居眠りして過ごす、こんなのんびりした日があってもいいよね?
*
日が暮れたころ、フリーベイン領と隣国の境目にある宿にたどりついた。
先に馬車から降りたアレク様が私をエスコートするために手を貸してくれたけど、その視線はそらされている。
私はアレク様の様子を見て、内心でため息をついた。
あのあと、しばらくして目を覚ましたアレク様は、すぐに私に寄りかかって眠っていたことに気がついた。
動揺からか顔を真っ赤にして「すまない!」と謝られたので「いえいえ、お互い様ですよ」と返した。
「公爵になってから居眠りなんてはじめてした。その、あなたの側が心地よすぎて……気が抜けてしまっている」
「言われてみれば、私も居眠りなんて聖女になってからはじめてしました」
私たちは、いつも気をはって過ごしているのかもしれない。
「私もアレク様の側にいたら、安心してしまって」
「エステル……」
赤い顔のアレク様が「重かっただろう? すまない」と謝ってくれた。隣同士に座っているせいで、いつもより距離が近い。
なんだか落ち着かなくて、私はあわてて話題をそらした。
「アレク様の寝顔を見ていると、弟を思い出しました」
その瞬間、目に見えてアレク様の表情が曇った。
「……お、弟」
「あ、すみません! 失礼なことを!」
「……いや、大丈夫だ」
アレク様は立ち上がると向かいの席に戻っていった。距離がいつも通りに戻ってホッとしたけど、アレク様の体温を感じていた左側が少しだけ寂しい気がした。
それから、アレク様がぎこちなくなってしまった。
私はソワソワすることはなくなったけど、すごく後悔している。
はぁ、弟だなんてごまかさずに、ちゃんとアレク様の寝顔が可愛かったですって言えばよかった。
そう思ったけど、よく考えたらそれはそれで失礼だわと気がつき、私はまたため息をついた。