公爵様にお礼がしたいと言われた私は思い切って望みを言ってみた。
「ここで聖女として働かせてください。そして、その分の……報酬をいただきたいのです」
この国では、貴族があくせく働き賃金をもらうのは、恥ずかしいこととされている。でも、私の実家の男爵領は貧しかった。だから、領主の家族である私達も働くのが当たり前。
生きるために恥ずかしいだなんていっていられない。
そんな家族のためにも、男爵領で暮らす人たちのためにもお金は必要だ。
公爵様に「報酬というと?」と聞かれたので「お金です」と伝える。
「私の家に仕送りをしたいのです」
腕を組んだ公爵様は、何かを考えこんでいるようだった。
『金銭を要求するようなやつは聖女じゃない!』とか言われて、フリーベイン領から追い出されたらどうしよう……。
緊張しながら公爵様の言葉を待っていると、「すまない」と謝られてしまった。
やっぱり無理なのね。
「ご無理を言ってすみませ――」
「すぐに渡せる報酬が、金貨十袋くらいしかないのだが足りるだろうか?」
私の言葉をさえぎって、公爵様がとんでもないことを言ったような気がする。
金貨十袋? ふくろ!?
いやいや、おかしいわ。きっと金貨十枚と聞き間違えてしまったのね。それか公爵様は冗談を言っているのかも?
顔を上げて公爵様を見ると、とても真剣な表情をしていた。冗談を言っているような顔ではない。
「公爵様、今、金貨十袋と聞こえたのですが?」
「そうだ。すぐに渡せる金貨が十袋しかない。聖女への対価としては足りないだろう。至急用意させるから、数日待ってもらえないだろうか?」
私は無言で公爵様を見つめた。公爵様も私を見つめている。
聞き間違いでも冗談でもなかったのね。公爵様は、本当に金貨十袋以上を支払おうとしている。
「あの、多すぎです」
「そうなのか? だかしかし、聖女の浄化は奇跡の力だぞ。たった今、俺もその奇跡を見せてもらった」
尊敬するような眼差しをむけられて、なんだかそわそわしてしまう。神殿内では、邪気食い聖女と遠巻きにされていたから、こんな風にほめてもらったことがない。
「ありがとうございます。でも、お金は働いた分だけで大丈夫です。それだと多すぎます」
「聖女に支払う金額の相場がわからないのだが?」
「……それはそうですね」
新しい聖女が現れるまで、私しか聖女がいなかったから聖女を雇うなんてことはありえなかった。
「では、実家に手紙を出して、国と神殿からもらっていた援助金の金額を聞きますね。それを参考にして決めるのはどうでしょうか?」
手紙には、『神殿から追い出されてしまったけど、私は元気に暮らしている』ということも書かないとね。家族を心配させたくない。
「わかった、そうしよう。で、俺からの礼は何をさせてもらえばいいんだ?」
私はもう一度公爵様をまじまじと見つめた。公爵様は不思議そうな顔をしている。
「公爵様。お礼って?」
「あなたがフリーベイン領で、聖女の力を使ってくれることは願ってもないことだ。ぜひお願いしたいし報酬も必ず支払う。それとは別に俺の浄化をしてくれた礼がしたい」
「えっと。ですから、それが聖女の力なので報酬以外にお礼はいりません」
「俺の気持ちの問題だ。あなたに感謝を伝えたい」
「感謝……」
聖女は王国のために力を使うことが当たり前だった。誰にも感謝なんてされない。今まで私もそれが普通のことだと思っていた。
だからこそ、予想外の公爵様の言葉に私の胸は温かくなる。優しい公爵様を苦しめる黒文様が一日でもはやくなくなればいいのに。
「ありがたくお気持ち受け取りますね」
「ああ、なんでも言ってくれ」
「では、公爵様の黒文様を完全に消すために邪気について調べたいです。だから、フリーベイン領にある本を読ませていただけませんか?」
公爵様は端正な眉をひそめた。
「俺のために本を? それでは、礼になっていないような気がするのだが」
「そんなことありませんよ。公爵様の気のせいです」
クスクス笑っていると、公爵様の口元にも笑みが浮かぶ。
「エステル、俺のことはアレクと……」
公爵様の言葉をさえぎるように扉がノックされた。