ようやくエステルを王都から追い出せた私は、清々しい気分だった。
この国の第三王子である私の婚約者が、あんなに醜い者であっていいはずがない。
父である陛下には、いつも『この国には聖女が必要だ』と言われていた。だから、私は王族の務めだと自分に言い聞かせて、仕方なく邪気食い聖女と婚約を続けていた。
でも新しい聖女が現れた今、もう我慢する必要はない。
私は聖女マリアを王城に呼び出した。
侯爵令嬢であるマリアは、私に向かって上品に
波打つ金色の髪に透き通るような白い肌。元婚約者のエステルにはなかった優雅さや美しさがそこにはあった。
「オグマート殿下にご挨拶を申し上げます」
「マリア、よく来てくれた!」
彼女こそ、私の婚約者にふさわしい。私はマリアに優しく微笑みかけた。
「邪気食いのエステルとは婚約破棄をし、王都から追い出した。これからは、あなたが私の婚約者だ」
喜んでくれると思ったマリアは、「……何をおっしゃっているのですか?」と表情を曇らせる。
「何をって、エステルを追い出したから、今日からあなたがこの国の聖女になれるんだよ」
「殿下は、何を言って……? 聖女エステル様を追い出した? ウソですよね?」
「ウソじゃない! あんなに醜い姿の女、聖女にも、私の婚約者にもふさわしくないだろう? だから、追い出してやったんだ!」
マリアは、ようやく事態をのみ込めたのか口を大きく開けた。
「なんて、愚かなことを……陛下はご存じなのですか!? 聖女エステル様なしで、この王都をどうするおつもりですか!?」
「陛下にはあとから報告するよ。でも、マリア、王都にはあなたがいるじゃないか」
その言葉に、マリアは青ざめる。
「私の聖女の力は、手をかざしたところの邪気しか浄化できないのです! それでも、聖女エステル様のお役にたちたくて、こうして志願したのに、まさかエステル様を追い出すなんて!」
「エステルの邪気食いなんて、この国には必要ない!」
「聖女のお役目は王都の邪気を浄化することです。でも、エステル様が聖女になられてからは、王都だけではなく国中から魔物の被害が激減しました。他国と違いこの国にはめったに魔物が現れないのは、すべてエステル様のおかげなのですよ!? 歴代聖女の中でも、エステル様ほど力が強い聖女は存在しません!」
「そ、んな……」
急に城内が慌ただしくなった。王宮騎士がかけよってくる。
「オグマート殿下!」
「どうした!?」
「魔物です! 城下に魔物が現れました! 陛下より『すぐに総指揮をとれ』とのことです!」
「総、指揮? 私が?」
たしかに私は、この国の防衛を任されていた。でも、今までは平和そのものだった。だから、実際に戦場で指揮をとったことなど一度もない。最近では、剣の鍛錬すらしていなかった。
「マ、マリア」
すがるようにマリアを見ると「魔物など、私の手におえません!」と突き放される。
「殿下! ご出陣を!」
周囲にせきたてられ、勝手に
「あ、う……い、嫌だ!」
魔物になんて勝てるはずがない!
「そ、そうだ、エステル!」
エステルならきっと私を助けてくれる。
「エステルを呼べ!」
側にいた侍従に叫ぶと、侍従は青ざめていた。
「聖女エステル様の姿は神殿のどこにも見当たらないそうです! 神殿内も混乱しております!」
王宮騎士に両脇をつかまれて、私は無理やり引きずられた。
「なっ!? 離せ!」
「殿下、一刻を争います!」
「た、助けてくれ! エステル!」
私の叫びに応えてくれる者はいなかった。