「ナイスだ悠瀬」
セレモニーが終わりリングを降りる美雄は、拳聖さんとクールにタッチを交わす。
「さすがは俺のバディだな」
「どうですかね。相手油断してましたし。練習したことがほとんど出せなかったっすから」
その言葉通り、美雄の顔はどこか不満げだ。
「一応これでもジャブからフックからあらゆるパンチを練習してきたんですけ……いてっ」
「なーにくだらないこといってんのよ」
玲於奈が美雄の頭を小突く。
「油断なんてするほうが悪いの。勝ったあんたが強かった、それでもう充分よ」
「惚れてくれてもいいんだぜ?」
「バカなこといわないの……」
頬を赤らめた玲於奈は、また美雄の頭を小突いた。
――
第二試合は、ミドル級。暑苦しい男のセコンドにつくのは嫌よ、ということで、急遽僕が第二セコンドに立つ。
相手のボクサーは……うん、すごく体がおっきい。
それだけじゃない、すごく怖い顔をしている。
「まあ、いつも通りいけ」
石神さんはどこか突き放すように言うけど――
「う、うす……」
うわー、なんか震えちゃってる。
この人、体大きいのにすごく気が小さい人だから、飲み込まれちゃってるんじゃないかなあ……。
「あ、あの、馬呉さん。僕なんかが言うのもおこがましいですけど、石神さんの言うように、いつも通りの力を出せば――」
「セコンドアウト!」
その言葉に促され、僕と石神さんはリングを降りた。
セコンド席に座り、腕を組みリングをにらむ石神さんは、おもむろに口を開く。
「お前……もしかして馬呉のこと心配してんのか?」
「い、いえ……僕なんかが他人を心配するような、そんな――」
「言ったっけか。“ザ・ブレード”ってチームの話」
そう言えば……確か石神さんが潰したって言うこの辺一帯を占めていた不良グループ……。
「そ、それが馬呉さんとどういう――」
「あいつがその頭だったのさ」
「へっ?」
「馬呉“ザ・ブレード”亜蘭。それが中学時代のあいつの姿さ」
「う、馬呉さんって不良だったんですか?」
「そんな生易しいもんじゃねえよ。百人からの喧嘩チーム一人で束ねるような男だぜ。あの巨体に信じられねえほどのタフネス、こんな強ええやつがまだいたのかって感じたよ」
「けど、石神さんのしつけが行きすぎたんじゃないですか? あんなに気弱な感じに――」
「――変わるよ、あいつは」
「え?」
「まあ見てなって」
カァン
?
馬呉さん動かな――
「うがあああああああああっ!」
リングの上、両腕を振りかざし、雄たけびをあげたのは馬呉さんだった。その咆哮に気圧され、相手は一瞬体をすくませる。その隙を逃すことなく――
ガキゴキ、ガキッ
「言ったろ? 変わるって。ウドの大木馬呉ちゃんは、リングに立って、相手と向き合いゴングが鳴れば、昔の自分に戻るのさ」
“ザ・ブレード”の名のごとく、両のフックの三連打で相手をなぎ倒した馬呉さんは、まるでキングコングのように胸を叩き、唸り声を上げた。
「うごあはあああああああっ!」
「よっしゃそろそろ……」
そう言うと石神さんは立ち上がり、軽やかにリングに上がると――
ゴキンッ
「あだっ! ……? ……こ、これは?」
ようやく正気に戻った馬呉さんは、ゆっくりと足元に視線を落としていく。
「うわあああああ! またやっちゃったああああ! だ、だいじょうぶですかいたっ!?」
「うるせえ! これは試合だ!」
――
「すいません、馬呉さん……。僕、馬呉さんがここまで強かったなんて知らなくて……。失礼なこと考えちゃって……」
「自分が普段気が小さいのは事実ですし……。けど、玲くんへご恩返しがしたかったんです」
「へ? け、けど僕、馬呉さんに対して何かしましたっけ?」
「自分もアニキと一緒で、拳聖さんにあこがれてボクシング部に入ったんです。自分には何もできないですが……勝つことでご恩返しをしたかったんです」
馬呉さん……。
「ご恩返し、できましたでしょうか」
「はいっ!」
――
「いやー、えらいもんですなあ石切山先生」
佐山先生がぱちぱちと手を叩きながらも、あっけにとられた表情で声を上げた。
「本当にこれがついこの間まで活動しとったボクシング部の試合ですか?」
「いやはや……顧問の私が言うのもなんですが……まさかここまでとは……」
「ぐぬうううううう……ふ、深南ぃ! お、お前まで負けたら、承知せんからなあっ!?」