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第23話

「あんたってやつはああああああ!」

「ご、ごべん……もうだ……ぶへっ……」

「たかだか二十回の腕立てで、何であんたはそんな地獄の亡者みたいな顔してんのよっ!」

 ああ、腕がこれ以上上がらない……筋繊維がずたずたに千切れちゃったみたい……。


――


「それじゃ、あたしは帰るから。放課後までに、しっかり体休めておくのよ」

 放課後までは授業中だっての……。

 部室を出て行く拳聖さんと玲於奈の後姿をみつめながら、僕はため息交じりにお弁当箱、うん、タッパーとしか言いようがないな……を開く。

「お、なんかいつもと感じ違うじゃん」

 すでにシャワーとお昼を終らせた美雄が覗き込む。

「なにこれ……エサ?」

「失敬な! 僕のお昼ご飯だよっ!」

 五穀交じりの玄米ご飯に鳥のささ身のボイル! ゆで卵に大量のブロッコリーにプロテイン! どっから見たって!

「うん……トップブリーダーが推奨しそうなメニューだね……」


――


 あいたたたた……。

 体操着に着替えるのも結構きつい……。

 部室の更衣室に来るまでが一苦労だったよ……。

 その日のうちに筋肉痛が来るなんて、初めての経験だなぁ……。

「よう、主将」

 僕の背中を叩いたのは、石神さんだった。

「初日からずいぶんな顔色じゃねえか」

「今日から本格的にスタートっすね」

 その後に続いて、馬呉さんも。二人は僕のとなりで服を脱いで上半身裸に……って――

「? どうしたよ、主将」

「い、いや……ふ、二人とも……すごい筋肉ですね……」

「ん? そうか?」

 丸太のような腕、ごつごつした腹筋、盛り上がった背筋、小山のような胸筋。

 まるで美術室においてある、古代ギリシャやローマの彫刻みたいだ。

「自分なんかはもともとミドルなんで、そんなにウェイト気にする必要もないですからね」 

 二人ともなんでもないような表情してるけど……。

 はあ、情けないなあ……。

 玲於奈の言うとおり、僕って全然筋肉付いてないんだなあ……。

 だめだめだめ!

 また僕の弱気の虫が顔を出してきたよ。

 しっかりしなくちゃ。

 僕の憧れは、そう、佐藤拳聖さん。

 拳聖さんみたいな“スウィート”なボクサーになることなんだから!


――


「っはあ、っはあ、っはあ、っはあ……」

 何なのこれ……。

 なんでみんなこんなに走るの早いの……。

「こらああああああ! 練習前の合同ロードワークで何でそんなにへばってんのよっ!」

 ジャージー姿の玲於奈は自転車に乗って僕に声をかける……けど……。

「あんただけおいてかれちゃったじゃないっ! 部室たどり着く前に対抗戦終っちゃうわよっこのどアホッ!」

 あいたっ!

 蹴らないでよもうっ!

「苦しいの? それが本当にボクサーの顔? ふざけないで! 大声出せ!」

「うがあああああああああああああ!」

 ――とた、とた、とた、とた

「全然スピード出てないじゃない!」


――


「そうだな、力みのないいい構えだが……」

 ようやく部室に帰ってきたけど……ああ、みんなもう練習スタートしてる……。

「拳の位置が低いな。力む必要はないが、ボクシングはジャブからフック、ストレート、連打を前提としている競技だ。とにかく頭部を守る意識はしっかりつけとけ」

 美雄は拳聖さんにフォームチェックをしてもらってる。

 やっぱり僕と違って、格闘技経験してると飲み込みも早いんだな。

 すっかりさまになってる感じ。

 僕だって負けてらんないや。

「よそ見しない! バンデージ巻くのに、何でそんなに時間かかってんのよっ!」


――


「いい? このスタイルを絶対に体にしみこませなさい」

 左半身を前に出し膝をやや深めに曲げ上半身を前に突き出す。

 拳はしっかりと顎をガード。

「これがクラウチングスタイル基本中の基本のスタイルよ。しっかりと覚えなさい」

 そういって玲於奈は鏡の中の僕に言った。

 基本中の基本か。

 けど――

「――なんか……ちょっとしっくりこないって言うか……」

 だって僕が目指しているのは――

「拳聖さんのスタイルと全然違わない?」

 拳聖さんはやや左手を下げ、細かい頭の動きとフットワークのスマートなスタイルだ。

 このクラウチングスタイルって、なんかこう……野暮ったいって言うか――あだっ!

「生意気言うんじゃないっ! あれはお兄ちゃんだから出来るの!」

 そ、そうなんだけど……。

 ちらり、と拳聖さんに教わる美雄の姿に目をやる。

 なんだよ……もう軽いスパーリングとかやってるじゃないか……。

 こんなことやってたら拳聖さんはおろか、美雄との差までどんどん広がっていっちゃうよ……。


※※※※※


「それじゃあ、そこから前後にステップ。リズムに乗って、こう、こうこう――」

 うわーすごい。

 もともと華奢な体が、重力を感じさせないくらい軽やかに動いている。

 やっぱり玲於奈ってすごいな。

 フットワークも、まさしく拳聖さんの生き写しだ。

「どう? まずは前後の動きをマスターしなさい!」

 あれ?

 あれあれ……あれれ?

「ちがーう! なんなのそれ!」

 あ、足が……なんだろ……言うこと聞いて――

「ああもう、リズム感なさすぎ! 本当にやる気あんの? とにかく、リズムを体にしみこませて! トン、トトン、トン、トトン、はいっ!」

 と、とんとん、とんとん、とんととん

「うがあああああ! あんたどんだけリズム感ないのよっ! 二次元アイドルのリズムゲームなんかやってるくせに! 三次元になったらからっきしじゃない!」

「リ、リズムくらいはわかるんだけど……。か、体が思考についていかなくて……」

「何頭でっかちなこと言ってんの! 体に感覚で覚えこませなさい!」

 け、拳聖さんは、本当に軽々こなしてたはずなのに……。

 そういえば拳聖さんは、もっとこう……あいだっ!?

「何勝手なアレンジ加えてんのよ! 一番基本的なフットワークも踏めないくせに!」

 け、けど……僕はそもそもスタートで差をつけられてるんだし……。

 もっと高度なことをしないととてもじゃないけど……

「うらぁああああああっ!」

 サンドバッグを吊るしているフックが、ぎしぎしと揺れている。

あれは……石神さんだ! 

 すごい……あの巨漢の馬呉さんが必死の表情で抑えているのに、馬呉さんごと吹っ飛ばされそうな勢いだ。

 なんだか僕だけ同じところで足踏みしているみたいだな……。


※※※※※


「あー……ふわぁ……」

 そりゃあ生あくびの一つも出るよ。

 今朝体重を量ったら、体重が前より四キロも減ってた。

 もう体は筋肉痛が当たり前の状況で、もはや痛いんだかなんだかよく分からない状況だ。

 授業中は疲れと眠気で意識が朦朧。

 前はお互いに起こしあってたけど、今はほとんど美雄が僕を起こしてる。

 美雄はもう、体が疲れになれたんだろうか……。

「遅い! 二人ともチャイムがなったらさっさと部室に集合! 後一分で支度なさい!」

「ういーっす」

 やっぱり美雄はすごいな。

 ため息をつきながらも、どこか余裕を感じさせる表情だ。

 僕にはそんな余裕はないけど……。

 僕たちは荷物を肩に廊下へと出た。

 ん?

「ああこれ? なんかここ来る度に押し付けられんのよ」

 なんだろ、カラフルな紙の封筒……手紙みたいだけど……。

「もしかして、それラブレターか?」

「別にあたしは嬉しくないわよ。こんなの、昔からしょっちゅうだったし」

 嫌だ、という割には、どこか誇らしげに玲於奈はこぼした。

「ま、その気持ちもわかるけどな。あれだけ綺麗な子、男だったら絶対放っとけないだろ」

 ずかずかと僕たちの前を歩く玲於奈を見つめながら美雄は言った。

 まあ、ね……。

 確かに、僕も玲於奈がかわいいことは認めるよ。

「けど、料理とか洗濯とか掃除とか、そういうの一切できないよ? ちょっとでも機嫌損ねると、全然口きいてくれないし。それでも収まんなきゃ殴ってくるし。しかも急所。靴だってまともにそろえないし、昨日なんか溜まってる学校の宿題とか全部手伝わされたし。それに――」

「――わかーった! わかったって。そんなに興奮しなくてもいいよ」

 え?

 い、嫌だな僕、そんなに興奮しちゃってた?

「面倒くさい子、か……まあ、女の子ってみんなそんなもんだけどな」


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