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第22話

「どういうことだ! ああ!? 聞いてねえぞ!?」

 ボクシング部の部室に帰ってきた僕たちを待っていたのは、石神さんの怒号だった。

 ががが……く、苦しいです、石神さん……。

 そ、そんなに首を締め上げられたら……。

「やめてください、アニキ!」

「石神先輩! ちょ、何でそんなに怒ってるんですか?」

「ガキが! なんで拳聖さんを巻き込んでんだ!?」

 あ、相変わらずすごい力だ……。

「やめろ、拳次郎。そいつは関係ない。これは、正真正銘俺の意志なんだ」

 ようやく石神さんの腕から解放された。

 石神さんは、肩をいからせて拳聖さんに詰め寄る。

「あんたは本当にあんたはそれを望んでるのか? 本当にあんたの意思なのか?」

「俺の手で“常勝・定禅寺西”を払い戻す。それが俺の選択だ」

 石神さんとは対称的に、拳聖さんは穏やかに、諭すように言った。

「おいデブ! 本当にいいんだな? どうなろうが俺ぁしらねえからな!」

 石切山先生は頷いた。

「男が自分自身のプライドにかけた決断だ。責任は俺が取る」

「……わーったよ! とにかく勝ちゃあいんだろ、勝ちゃあよ!?」

 石神さんは、腕組みをしてどっかと椅子に座りなおした。

 けど、どういうことだろう……。

 石神さんも、拳聖さんにあこがれてボクシングを始めたって言ってたのに……。


――


「おっし、早速はじめんぞ! とにかく時間がねえ。素人二人抱えて戦うんだからな」

「まあ、慌てるな」

 いきり立つ石神さんをなだめる拳聖さん。

「今の俺たちは、経験もサイズもみんなばらばらだ。だから、それぞれバディをくんで練習をした方がいい。えっと、悠瀬、だっけか。お前……いま身長体重いくつだ?」

「あ、はい。一七七センチ六三キロですが」

「そうか……松濤館、習ってたんだよな。よし悠瀬、俺とバディを組め。ライト級で出場だ」

 美雄は、口元に笑みを作り、そして頭を下げた。

「光栄です。よろしくお願いします」

「んじゃ、俺はライト・ウェルターに階級上げろ、ってことか」

「キツいなら、やめてもいいんだぜ」

「へっ、誰に言ってんだよ」

 煽るような言葉ににやりと笑い立ち上がり、目にも留まらぬスピードで拳を繰り出した。

「俺の拳なら、ライト・ヘビーでも通用するぜ」

「なら都合がいい。馬呉、お前は石神とバディだ。こいつがまた食べ過ぎないように、しっかりと見張っとけよ。わかったか」

「了解っす! アニキ、また一緒にボクシングできますね!」

「だあっ! 気持ち悪りいんだよ!」

 ん?

 まてよ……。

「あ、あの拳聖さん。僕は誰とバディを組めばいいんですか?」

「バディ? いるだろ、そこに」

 拳聖さんが指した指の先、そこには――

「ってわけだ。よろしくな玲於奈」

 玲於奈は、渋い顔をして腕組みをしていた。

「おいおいおい、拳聖さんよ。大概にしろよ。いくらなんでも、こんな経験もないガキに指導なんかできるわけねえだろうが」

「大丈夫さ。何しろこいつは――血を分けた俺の妹だからな。実力に関しては――」

「……」「……」

 石神さんと馬呉さんの表情が固まる。

「「いもうとぉ!?」」

 あ、本当に気がついていなかったんだ。石神さんが、無言で玲於奈の下に歩み寄る

「な……何よ……」

 身構える玲於奈、その玲於奈の――

 ――ペタン

「ぎゃあああああああああああああっ!」

「洗濯板だが……一応は――ほげヴぁっ?」

 石神さんの顔のど真ん中に、玲於奈の拳がめり込んだ。

「最低! バカ! 変態! 助平! 死んでしまえ!」

「――ま、見ての通りだ」

 ま、まあ、玲於奈のパンチは、あんなに華奢だけど、すごい威力なんだよね……。

「もう……おにいちゃん以外には絶対触らせないつもりでいたのに……」

 胸元を押さえ、両目に涙をためながら玲於奈は僕を振り返った。

「いい? あんたみたいなもやしでもあたしのトレーニングに生き残れたら最強のボクサーになれることを保証してあげるわ!」

 うん、君と一緒ならきっと頑張りとおせる気がするよ。

「けどその日まで、あんたはウジ虫よ! 地球上で最下等の生命体よ!? もう今日からあんたは人間じゃないと思いなさい! 両生動物の○○をかき集めた値打ちしかないって思いなさい! わかったわね!?」

 前言撤回……鬼軍曹め……。


――


「いっただっきまーすっ! ……って、なによ……文句でもあんの?」

「いえ別に……何にもありません……」

 玲於奈の前に並べられたのは、ガーリックチキンステーキにポテトサラダ、コーンポタージュにお皿いっぱいのライス。

それに引き換え……僕は……。

「確かにあんたは、体重自体はフライ級の枠におさまっているわ。だけど、はっきりいって筋肉が全然ついていない。ただやせてるだけなの」

 サラダチキンのスライス、納豆、形ばかりの玄米ご飯と、豆腐のお味噌汁……。

「一ヶ月間、脂肪を落として必要な筋肉をつけていくの。そのために一番重要なのは食事なんだから。勝つためよ。我慢なさい。むしろ感謝して欲しいくらいよ」

「はい……」


※※※※※


“――い――”

 ん……んんん……誰か呼んだかな……。

“――なさい――”

 あれれれ……なんだか苦しいな……。

“――きなさい――ってば”

 なんだか、重いものが僕の上に乗っかっているような……。

「起きなさいっていってんでしょおがああああああ!」

「うわあああああああああっ! れ、玲於奈?」

「いい加減にしなさいよ! このあたしがこれだけ早起きしたってのに、何であんたがそんなに気持ちよさそうに寝息を立ててんのよっ!」

「って今、まだ五時だよ!?」

「あんた頭わいてんの? ボクサーに朝のロードワークは必須でしょうが! さっさとジャージーに着替えてきなさい! あと、炊飯器のスイッチも入れときなさいっ!」

「す、炊飯器!? バディなんだから、それくらい手伝ってよ!」

「この美少女が優しく朝の目覚めを手伝ってやってんのよ? 百回飯炊きしたっておつりが来るわよっ!」

「理不尽すぎるっ!」


――


「終わったね……」

「ああ……。これほど昼休みが待ち遠しかった日はなかったなあ……」

 聞けば美雄も、朝拳聖さんとロードワークに出かけていたらしい。

 二時間目からは美雄とお互いに気を配っておいて、眠りそうになったらお互いに起こしあうって協定を結んだけど……。

「本当に眠いと、ゆすったくらいじゃ起きないもんなんだね……」

 僕たち二人は、深海のように深いため息をついた。さて、早速お昼ごは――

「遅い! 何やってんのよ!」

「「玲於奈?」」

 真っ白なのブレザーにチェックのスカート、同系色のかわいらしいリボン、制服姿の玲於奈がそこにいた。

 男子校では絶対に見ることのできない光景に、教室内は騒然となる。

「あ、あのさ、その制服って聖カタリナ富士のじゃないか?」

「ええそうよ。別に隠してたってわけじゃないけど」

「ねえ美雄……その学校、有名なの?」

「有名も何も、この辺でも有名な大学附属の女子一貫校だよ。なんていうか……高嶺の花?」

 成程、だからみんなこんなに盛り上がって……って――

「中学校には通うって、拳聖さんと約束したんじゃ?」

「はあ? あんた何が特進よ。今が昼休みだってわからないくらい疲れてるってわけ?」

 そっか、僕たちのために、わざわざ昼休みに学校に来てくれたのか……。

「ようバディ。体調はどうだ」

「「拳聖さんも?」」

「俺もいきなり玄関に呼び出されたときは驚いたけどな」

「仕方ないでしょ? こんな美少女が欲求不満の塊のような男どもの巣窟に、一人では入れるわけないんだから!」

「おいおい、いくらなんでもその言い方――「――お兄ちゃんに言う資格はないわね」」

 あらら、拳聖さん苦笑したまま黙っちゃった……。

 本当に、いったい何があったんだろう……。

「さ、昼飯前の筋トレよ。ひょろひょろもやしの体、しっかり鍛え上げなくちゃなんだから」

「了解っす」

「あ、僕も……あらっ?」

 がくん、いきなり立ち上がろうとしたら、かっくんされたみたいにひざが折れた。

「情けないわね。いいから早くしなさいよ。トレーニング終われなかったらお昼ご飯食べられないから。まあ、とはいってもそれほどきついもんじゃないから、さっさと終わらせなさい」


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