「けっきょく、今日もこうやって寝るのね……」
まあいっか、とにかくいろいろあって疲れたけど、力強い味方ができたんだ。
ううん、それだけじゃない。
僕もこの学校に入って、いや、生まれて初めて本当の……
「……めん……」
え?
今、玲於奈が? いや、まさか――
「……ごめんね……」
玲於奈が……僕に謝った?
「あんたが、ボクシング部のためにあそこまでやってくれったって言うのに……」
フロアに寝袋で横たわる僕に、玲於奈の表情は確認できない。
「もしかして、僕に気を使ってくれてるの? なんだか悪いな」
「なんであんたが謝んのよ……あたしが謝ってる意味がなくなっちゃうじゃん」
「え? ご、ごめん、そういうつもりじゃ――」
「だから謝るなっていってんの!」
「ご、ごめ――あ、いや……うん……」
それっきり、僕たちは黙ってしまった。
無言のままだったけど、お互いの息遣いだけがどういうわけかとても大きく響いた。
「「……あの……あっ」」
言葉が重なる。
「あ、あんたから話しなさいよ……」
僕は手足を縛られたまま、首だけを玲於奈に向けて言葉を紡ぐ。
「え、えと……別に僕に謝る必要なんてないよ」
「え?」
「僕だって対抗戦を実現したいって気持ち、君に負けないくらい強く持ってるもん。玲於奈がそういう風に考える必要なんて――」
「――わかってるわよそんなこと……あんたは……って言ってんの……」
「? ごめん、声が小さくてよく――」
「あんたはあたしのことかわいげのない女だって呆れたんじゃないかって言ったの!」
わっ!?
あーびっくりした……。
何だよ、急に大声上げたらびっくりするじゃないか。
「あんなひねくれた態度取っちゃって……すごく……嫌な女だって思ったでしょ?」
「あ、えと……い、言ったじゃん。玲於奈は、笑っているとすごくかわいいって」
「知ってるわよそれくらい。あたしを誰だと思ってんのよ。世界一の美少女なんだから」
あ、そこだけは絶対の自信を持っていらっしゃるようで……。
「あたしが言ったのは……こんな意地っ張りで性格ひん曲がってて、絶対的に素直じゃなくて、見栄っ張りの暴力女……あんたは嫌いになったりしたんじゃないかな……とか……」
「なんだよ、君らしくないな。そんなこと全然考えてないよ」
「どうして? あんた、やっぱり見た目通りのドMだから?」
「僕がマゾかどうかはどうでもいいんだけど、僕だって玲於奈に感謝してるんだよ。僕って結構優柔不断で引っ込み思案だし。うん、玲於奈の力がなかったらここまで来れなかったもん」
「そんなこと……」
「ねえ、僕たちって、すごくいいパートナーだと思わない?」
「はあっ? あ、あ、あんた、自分が何言ってんのかわかってんの?」
「引っ込み思案の僕を行動力のある玲於奈が引っ張って、暴走気味の玲於奈を僕が軌道修正する。僕たち、お互い足りないものをカバーしあうことができるんだ。だから、君がいれば僕もきっと――」
なんだ……全然反応がないなあ……。
「あの……また僕へんなこと言っちゃったかな……」
あれ?
玲於奈が急に立ち上がって……ちょっと?
何で僕の机の中勝手にまさぐってんの……って、手に持ってるのは……はさみ?
それで一体……え?
な、なんではさみを僕に向けたまま近づいてくるの?
ひっ!?
な、何で僕の布団を引っぺがすの?
ま、まさか……。
「ご、ごめんなさい! あ、謝りますから、どうか命だけは――」
――ジョギン
「ったく、何想像してんのよ」
僕の腕をぐるぐる巻きにして自由を奪っていた紐がばっさりと切り落とされていた。
「もしあんたを殺そうなんて思ったら、はさみなんて使わずにこの両拳で十分よ」
そう言って僕の腕からガムテープをはがした。
「けど、勘違いしないでね。もし寝ているあたしに指一本でも触れたりしたら、それこそ体中の急所という急所に拳めり込ませて、世界で一番苦しい死に方させてやるんだから」
世界で一番苦しい死に方……ものすごく物騒な言い方だけど……けど――
「あはっ」
「な、なによ、気持ち悪い笑い方しないでよ!」
「あはっ、ごめんごめん。なんか嬉しいんだ」
「なにがよ……」
「よくわかんないんだけど、なんだかすごくうれしい。ありがと、玲於奈――ぷふぁっ!?」
玲於奈の投げた枕が僕の顔を直撃した。