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第13話

「はあ、はあ、はあ、強情な奴だ……」

 もう終わりかな……。

 あたたた……生まれて初めて、袋叩きって奴にあっちゃったのかな……。

 口の中が切れてる……。

 目の上が、じんじん痛む……。

「ああもうめんどうくせえ! 出すまで徹底的にぼこぼこにしてやんよ!」

 そこに関しては諦めて欲しいな……。

 僕は死んでも鍵は渡さないって決めたんだから……。

「ん? なんかこいつのポケット、膨らんでねえか?」「財布じゃね?」

「お? なんだこれ、なんかのメダルか?」

 あ、それは……それだけは、だめだ……。

「ん? なんだ気持ちわりいな、まとわりつくんじゃねえよっ!」

 ったー……。

 今度はわき腹を蹴り上げられた……。

 けどもうなんだか痛いとかそういうことどうでもいいや……とにかく、メダル取り返さなくちゃ――

「! があああああっ! てえっ!?  離せ、離しやがれっ!」

 離さないよ……僕にだって意地はある……。

 すっぽんだって、雷がなるまで離さないんだもの……。

 この歯が全部折られるまで……せめて噛み付き続けてやるんだから……。

「お、おい、こいつ頭いかれてんせ!?」「な、何でもいいから早く! 早く助けろ!」「ま、まってろ! モップでこいつの前歯、全部叩きおってやっかんよ!」

 あーあ、今度こそ死んだかもな……けど……メダル……返せ……。

「おらあ! とっとと死――」

「――何やってんの、先輩方」

 あいててて……だ、誰――

「ゆ、悠瀬君……」

 悠瀬君は、僕を壁にもたれさせると、上級生たちの前に仁王立ちになる。

「感心しませんね。下級生を大勢で袋にするなんて」

「おまえにゃ関係ねえだろ! とっとと失せろ!」

「大有りっすよ。佐藤君は、俺の友達だから」

 そういうと悠瀬君は、かけていた眼鏡をリング横のベンチへと置いた。

 そして悠瀬君はその男との距離をあっという間につめると、半身を沈めて両脇を締め、右拳を真っ直ぐ前方に突き出す。

「ごほあっ……」

 その男はみぞおちの辺りを押さえてその場に崩れ落ちた。

「てめえ! いったい何の――ごふっ!」

 今度は半身になった悠瀬君の体から、最短距離で足の裏が別の男の顔面にめり込んだ。

「よくもやりやがったな!」「袋にしちまえ!」


――


「大丈夫か、佐藤君」

 悠瀬君は男たちをあっという間に叩きのめすと、肩を貸して僕をベンチに座らせてくれた。

「あいてててて……あ、ありがとう。悠瀬君、強かったんだね。けど何でこんなところに……」

「講習終わってさ。帰ろうとしたら、奥から大きな音が聞こえて。で覗いてみたら――」

 僕がフクロにされていた、ってわけね……。

 けど、悠瀬君が来てくれなかったら、僕は……。

 ん?

 悠瀬君の後に、誰か近づいてくる。

 さっきの……男の一人?

 手には……モップだ!

「死にやがれぇっ!」

 やばい、やられ――

「はい、お疲れさん」

 玲於奈のタオルを固く結びつけた右拳は、その男の顎を正確に打ち抜いていた。


――


「ったっ! 手当てしてくれるのは嬉しいんだけどさ、もうちょっと優しくしてよ……」

「男のくせにごしゃごしゃ言わないの。むしろご褒美だと思いなさい」

 けどその言葉通り、玲於奈の処置は手馴れていて、しかも的確なものだった。

 きっと昔から、ジムの人たちの傷の手当とかをしていたからなんだろうな。

「ま、話は大体わかったよ」

 そして悠瀬君は腕組みをして玲於奈の方を見た。

「女の子がこの学校に来るなんて思いも寄らなかったよ」

「あ、そうそう、聞いておきたいんだけど。悠瀬、だっけ。あんた、何かやってたの?」

「そうそう! それそれ! 僕も聞きたかったんだ!」

 僕たちの質問に一瞬の躊躇を見せたかと思うと、悠瀬君はおずおずと口を開いた。

「俺さ、子どものころから空手やっててさ。松濤館って流派。だからまあ……それなりに」

「それなりって腕じゃないわよね。本当の事聞かせなさいよ」

 ふう、悠瀬君はため息をついた。

「まあ……全中優勝したくらい、かな」

 全中? 中学生の全国大会? すごいじゃん!

「ねえ悠瀬、あんた身長体重いくつくらい?」

「俺? ん……確か一七七センチ六三キロくらいだったと思うけど」

 すると玲於奈は、僕の顔を見てにっこりと微笑んだ。

「怪我の功名ね、玲。ライト・ウェルター級かライト級、候補者ゲットよ!」

「……もしかして、俺にボクシング部に入れっていってんの?」

「あんたも鈍いわね。全部言わなきゃわかんない?」

「いや……期待掛けてくれるのは嬉しいけどさ……」

「大丈夫よ。全く戦ったことのない男より断然可能性はあるわ」

 はいはい、僕のことね……。

「悪いけど、それはできない。俺は勉強に専念したい。ボクシングなんてやってる暇はないよ」

 そういうと、悠瀬君はため息をついた。

「俺さ、第一志望の静岡第一高校を落ちてこの学校に入学したんだ。うちの特進の生徒はほとんどがそうなんだろうけど、もう二度とあんな思いしたくないよ」

「なっさけないわね」

 ちょ、ちょっと玲於奈?

「あんたそれでも男? いつまでもそんなことにうじうじ悩んでんじゃないわよ!」

 悠瀬君の眉間に深いしわがよる。

「君に何がわかるんだよ」

「わからないし、そのつもりもないわよ。高校に落ちた? 勉強に専念する? あたしだったら、そんなつまんない高校生活願い下げよ」

「玲於奈、だっけ。君もこの辺に住んでるんなら、この部活が周囲にどんな目で見られて、学校としてもお荷物扱いにしていた事だって、わかるよね」

 悠瀬君の反撃に、今度は玲於奈が言葉を詰まらせた。

「今ボクシング部は、まともに活動できるかどうかすら怪しいじゃん。悪いけどそれが俺たちの“現実”ってやつなんじゃない?」

 まいったな……。

 ねえ玲於奈、何でそんな悲しそうな顔するんだよ。

「ねえ悠瀬君。僕は越境組だから、君がいっていた言葉、さっきようやく実感できたんだ」

「この部活に入るために頑張った君の気持ちもわかるけど。さっきも言った通り俺は――」

「――けど、そこを押してお願いしたいんだ。僕は、“現実”なんかに負けたくない。ボクシング部に入部して欲しい。そして一ヵ月後の対抗戦に出場して欲しいんだ」

 僕は、玲於奈のそんな顔なんて見たくない。もし玲於奈が笑ってくれるなら――

「悪いけど――って、佐藤君? そんなことされても――」

 土下座だってなんだってするよ。

 こんな安い頭なら、いくらだって下げてやる。

「……やめてよ玲……そんな……」

 ふう、僕の頭の上で、悠瀬君のため息が漏れ聞こえた。

 僕が顔を上げると、悠瀬君はベンチの上の眼鏡を手に取る。

「あーあ、粉々だ」

 さっきの乱闘で割れちゃったのかな?

 悠瀬君は、それを地面に投げ落とすと、さらに粉々に足の裏で踏み砕いた。

「このメガネさ、実は伊達眼鏡なんだ」

 え? じゃ、じゃあなんで――

「ただ、勉強に専念するって言う、俺自身に対する“首輪”みたいなものかな。ほら、そろそろ――」

 そう言うと、悠瀬君は僕に手を差し出した。僕はそれに答える。

「――“現実”を受け入れる、か」

うわ……すごい……。

 厚くてごつごつした手、これが拳ダコってやつか……。

「物分りのよさそうなことを言って……結局俺は、高校入試に失敗した自分自身を受け入れることができなかったってことなのかな」

 悠瀬君は、はにかむように笑った。

「そんなダセエ考え方するような奴に、俺はなりたくない」

 てことは――。

「俺でよければ、協力させてよ」

「ありがとう悠瀬君!」

 僕は悠瀬君の手を力いっぱい握り締めた。

「けど、条件がある」

 へ?

「俺のこと、美雄、って呼んでくれ。俺も君の事、玲って呼ぶから」

「……うん! よろしくね、悠瀬……じゃなかった、よ、美雄!」

 なんだかすごくうれしいけど、ちょっとだけこそばゆいな。

「さってと、じゃあ俺、行くよ。まあ、俺もめぼしい奴に声かけてみるよ」

 そういうと、悠瀬君……じゃなかった、美雄は部室から出て行っ――あいたっ!?

「ちょ、ちょっと!? なんでお腹殴るんだよ!」

「うっさいわね! 誰がそこまでして欲しいなんていったのよ!」

「ご、ごめん、そういう――」

「はあ? なんであやまんの!?」

「だ、だって玲於奈が怒って――」

「理由もわからずにとりあえず謝ってるってわけ? そういうところがむかつくのよ!」

 はあ、本当に分けわかんないよ。

 さっきまで泣きそうな顔をしていたと思ったら、今度はわけもわかんないで怒ってるし。

 本当に理解できないなぁ。

 だけど、これだけはわかる。

「は? あ、あんた」

 ほら――

「ちょ、きゃっ、きゃははははっ!」

 笑えるじゃん。

 玲於奈って、あんなにすごいパンチ打てるのに、華奢な――

「きゃははははっ……って、い、いい加減にしなさいよっ!」

 玲於奈は顔を真っ赤にして、首筋とお腹のところを抑えた。

「ったく……、中学生の美少女のわきの下をくすぐるなんてセクハラよ……」

「ははは、けど、よかった。やっぱり、玲於奈は笑ってた方がかわいいと思うから」

「ふぇ? あ、あんた何いってんの? バ、バ、バ、バカじゃないの?」

 玲於奈の顔がさらに赤くなったと思ったら、今度はそっぽ向いて背中見せちゃった。

 くすぐられたの、怒ってるかな?

 褒めたつもりなんだけどな。女の子ってよくわからないなぁ。


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