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第11話

「おつかれ、佐藤君」

 放課後、バッグを肩にかけた悠瀬君が、ちっとも疲れを感じさせない表情で言った。

「悠瀬君はこれから講習?」

「ああ。まだ仮登録の段階だけどさ。ていうか佐藤君……今日もなんか疲れてないか?」

「ははは……そうかな……。まだ一人暮らしになれないから、よく寝れないんだよね……」

 あの後、当然のように僕のベッドは玲於奈に奪われた。

 僕は板の間に寝袋を敷くことになったんだけど

「あたし、夜中に二人っきりになった男を信用する程ガキじゃないから」

 って玲於奈に両腕を縛られた。

「両足まで縛らないだけ、ありがたく思いなさい」

うん、確かに両足まで縛られたらトイレにも行けないよ。

嗚呼なんて慈悲深い玲於奈様。

 ――ガラガラガラ、ガシャン

 乱暴に教室のドアが開け放たれ、一人の生徒が姿を現した。

「玲! 佐藤玲! ここにいるんでしょ?」

 へっ?

 誰?

 背は小さいな。

 髪の毛を後にまとめて、ポニーテールみたいにしてる。ええと、目の錯覚だよね……。

 うん、定禅寺西の制服を着てるし。そうだよ、いくらなんでも――

「あ! いるじゃん! なんで返事しないの?」

 ああもう……悪夢じゃんこれ。

「さ、さっさといくよ! 遊んでる時間なんてないんだから!」


――


「さ、まずは戦略を立てるわよ」

 桜の木の下のベンチに、定禅寺西の制服に身を包んだ玲於奈がどっかと座った。

「そんなことよりどういうことか説明してよ! なんでこんなところにいるの?」

「なに言ってるの? バカなの? お互いの目標を実現するために決まってんでしょうが!」

「そういうことじゃなくて! なんで玲於奈が定禅寺西の制服を着てるのかってことだよ!」

「あんたのクローゼット探したの。あんた華奢だから、あたしにもすんなり入ったわ」

 は?

「やらしい本でも入ってるのかと思ったけど、やっぱりあんたはおこちゃまみたいね」

「な、何やってくれちゃってんのさ!? 勝手に僕のクローゼットまさぐらないでよ!」

「うるさいわね。もっと大きな男になれなきゃ一生モテないわよ。さっさと座りなさい」

 ううう……あんまりだ……僕にはプライバシーも何もないじゃないか……。

「昨日一晩、ずっと考えてたの。お互いの目標を実現するにはどうしたらいいか、って」

 僕よりも早く、ぐーぐー寝息をたてていたくせに……。

「まずは、あんたは顧問のイシちゃんに交渉して、ボクシング部の活動を再開させる交渉をしなさい」

「イシちゃんって……玲於奈も石切山先生知ってるの?」

「大会で何度も会ってるわよ。いい? しっかりやるのよ?」

「それは確かに必要だろうけど……石切山先生はボクシング部はもう――ぐえっ!?」

「やらない言い訳なんて聞きたくないわ!」

 そ、そんなに首元を締め上げないで……。

「け、けど……“現実”問題として――」

「“現実”? そんなのは臆病者のいいわけよ!」

「げほっ、げほっ、げほっ……わ、わかったよ!」

 け、けどさっきの言葉、誰かがどこかでいっていたような――ま、いっか。


――


「それはボクシング部を復活させたいということか」

 教務室の前の廊下で、石切山は複雑な表情を浮かべた。

「僕は、ボクサーになりたいって思ってこの定禅寺に私に来たんです! お願いします!」

「君ならばもうわかってくれたと思っていたのだが……伝わらなかったのか」

 そういわれると、やっぱり躊躇してしまう……。

 この人はボクシングを愛してるからこそ、苦渋の決断をしたんだ。

 僕たちの判断は、本当に正しいって――カコン

 ったっ!

「? どうした?」

「! い、いえ! な、なんでもありません!」

 僕は足元に転がるコーヒーの空き缶を足の後ろに隠した。

 後ろを見れば、物陰からギロリと睨む玲於奈の姿。

 もう、これ友達じゃなかったら訴えられてもおかしくないよ?

「あ、あの、先生のお気持ちも、重々承知しているつもりです」

「君も見たはずだ。あの部室の惨状を。思い出は、思い出のままきれいに残しておくべきだ」

 そう言われると……。けど……だめだ、なんて言ったらいいん――

「いくじなしっ!」

「? いくじなし?」

 ちょ、ちょっと玲於奈さん!? 何言ってくれちゃってんの!?

「あっ、そ、その……石切山先生の意気地なし! なんて……ははは……とっさのこととはいえ失礼なことを言ってしまいました。け、けど……無礼を承知で言わせてもらいます」

 石切山先生はすごく怖い顔をしているけど、すごくボクシングを愛していて、そのためにボクシング部を終わらせようとまで考えている人だ。

 そんな人から逃げてどうするんだ、玲! 

「確かに、あの不祥事は、本来即廃部になってもおかしくない出来事だったと思います。けど、結果を恐れて前に踏み出さないことは、やっぱりそれは臆病だと思います」

 心臓がどきどきする。声が震える。けどこの人に僕の思いをしっかりと伝えなくちゃ。

「僕みたいな男がボクシングをやりたい、新しく部を立て直す、なんて言っても信用できないのかもしれません。けど、何があっても部活を立て直して見せます。お願いします!」

 最後の方は、ほとんど自分でも何を言っているのかわからないほどだった。体が小刻みに震えて、のどがからからに渇いているのがわかる。

 ……何の返答もない。だめだったのか――

「対抗戦、そこにこぎつけられるかだ」

 え?

「毎年この時期、インターハイ予選の前哨戦として興津学園と対抗戦やることになっててな。そこで勝利することができれば、学校側も正式に部活の復活を認めざるを得ないだろう」

「ほ、本当ですか!?」

「ただ、俺は君に対して何もできないぞ? まあ、精々できるとすれば――」

 じゃらり、先生はポケットに引っ掛けた鍵の束を指先で数えた。

「――この鍵を君に預けることくらいだ」

 てことは――

「ボクシング部の活動を再開してもいいのね!?」

 ちょ、ちょっと玲於奈!

「お? お、おお。ただそのためには一からメンバーを集めなくちゃならない。あの一件で多くのメンバーが部を、場合によっては学校を去ったからな」

「対抗戦って、何級を集めればいいのよ!」

「フライ、ライト、ライト・ウェルター、ウェルター、ミドル、といったところかな。しかし相手は近年、インターハイ常連校として知られてる学校だ。平坦な道じゃ……ん? おかしいな、君の事はどこかで――」

「あ、ありがとうございましたああああっー!」

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