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第8話

「はぁ、つかれた……」

 あの夢……やっぱり、夢だよな。

一体なんだったんだろ。

“試練”を与えてそれに立ち向かう、なんてちょっとできすぎてるよ。

それよりも、夕飯の買い物をして早く帰らなくちゃ。

「確か……“スーパーマルトモ”ってのが……確か看板がこの辺に――」

「待てこらぁっ!」

 なんだ?

「待てと言われて待つバカがどこにいるのよっ!」

「へっ、何とでも言えよ。もう逃げられねえからなぁ」

 なんだなんだ?

 どこかで喧嘩でもしてるのか?

 うーん、それらしい姿はないけど。

「逃げられない? あたしを誰だと思ってるのよっ!」

 けど、声は聞こえるなぁ。

「二階くらいならねぇ!」

 二階?

 上かな?

「なんてことないんだからぁっ!」

 何かがひらひら……天使の羽?

 いや違う。

スカート、ちょっと、いや、かなり短めの。

その中からは、清らかな天使の衣――じゃない。

極端に短いスカートには釣り合わない――

「そこどいてええええええええ!」

――

 ててててて……。

もうなんだよ、思いっきり頭アスファルトにぶつけちゃった。

最近なんだかこういうわけのわからないことで痛い目にあってばっかりだなぁ。

ほんとついてない――

 ?

 何か、やわらかいものが僕の顔の上に……。

これこそ夢、だよね?

なんだか白くてふかふかしていて……!?

「いやああああああああああ!」

 パ、パンツ?

「ふぅわあああああ!?」

 な、なんで僕の顔の上に、女の子がパンツ姿で馬乗りになってるの!?

「何すんのよ変態っ!」

「あいたっ! って、なんで僕がぶたれるの!?  落ちてきたのは君でしょ!?」

「うっさいわねっ! あたしのパンツ見たんだから、あんたが悪いのにきまってるでしょ!?」

「な、なんで僕のせいなんだよ!」

「空から女の子が降ってきたのよ!? 男だったらふんわり優しく抱きとめなさいよっ!」」

「はあっ、はあっ、はっ、おいこらぁ! 何やってんだぁ!?」

「ああもう! あんたのせいで追いつかれちゃったじゃないっ!」

 って……な、なんで僕たち取り囲まれてんの?

「おい、飯おごってやったら、なんでもするっつたじゃねえかよ!」

「そんな約束してないでしょ!?」

 ちょっと!?

 何で僕の後ろに隠れちゃってんの?

「おいガキ。その女おとなしくこっちに引き渡せ。素直に言うこと聞いたら、お前は許してやっからよ」

 す、素直に言うことを聞けたって……。

ちらりと振り返って彼女を確認する。

青みがかった髪の毛をツインテールにまとめたその子は、気の強そうなつり目がちの瞳をしている。

僕は男の人たちを振り返っ――ひっ!

どう見たって不良の集まりじゃん。

僕より体が大きくて、それに年上で……そんな人が三人もいる。

嫌だ……怖いよ……。

ん?

そういえば以前もこんな――

“拳聖さんみたいに強くなれますか”

“なれるかもな。きっと、お前だって”

 僕の頬に、あの時拳聖さんが触れた感触が蘇る。

こんな人たちのパンチを怖がってたら、もっとすごいはずのボクサーのパンチなんて受けられるわけないじゃないか……。

僕は誓ったはずだ。

絶対に後ろを振り向かないって。

僕は、逃げない。

腰抜けじゃない、負け犬じゃない。

「い、いろいろ事情はあるみたいですけど……この子は嫌がってるみたいですし……」

「ああん?」

「ひっ! い、いやその……勘弁して、あげても、いいのかなぁって……」

「お前さ、俺らの言った意味分かってる? そこまで頭悪いわけじゃねえよな?」

「は、はい。意味は分かってるんですけど、できれば、僕も痛い目に合うことなく、この女の子を解放して上げられたらなあって……ははは、だめ、ですかね――」

「ざけんなっ!」

 ったあ……く、靴のつま先って、こんなに痛かったんだ……。

しかもそれがみぞおちに入るって……あばら骨だけじゃない……胃かな、よく分からないけど、吐き気がする……。

「おらこいや!」

「ちょ、ちょっと! 触んないでよ! 痛いじゃない!」

「……げほっ、げほっ……だ、だめですよ……」

 そ、そんなに女の子の腕を無理矢理引っ張ったら折れちゃうよ――

「あん?」

 体は動かない。

僕にできることといえば、この男の人の足にしがみつくことぐらいだ。

「……い、嫌がってますし、人の嫌がることはするなって、言うじゃないですか……」

「うざってんだよ!」

 今度は別の男の人にわき腹を蹴り上げられた。

けど、ここで引くわけにはいかないよ。

「ごほっごほっ……あ……の……これで気が済んだと思ったら……この辺で……」

「このガキ! 調子こき――」

「おい! 何をやっているんだ!」

 僕たちのただならぬ様子に、周りの大人の人たちが気づいてくれたみたいだ。

「お、おいやベえよ」「くっ……。ったくよお! おら離しやがれ!」

 どうやら、男の人たちは諦めてくれたようだ。

「ちょっとあんた、それでも男? なんでやり返さないのよ」

「は、はは……僕はよわっちいから……」

「はあっ……まあいいわ。そんなあんたがあたしを助けた、その勇気は評価してあげる」

 超上から目線……。

まあ、こんなことがいえるのも、助かったからだからよしとしようか。

「ところであんた、タオルか何か持ってない?」

「へっ? バ、バッグの中にハンドタオルが入ってたと思うけど……」

 そういうと、女の子は無遠慮に僕のバッグをがさごそまさぐる。

「ちょっとぼろいけど、まあしょうがないわ」

 憎まれ口を叩いて、ぐるぐるとタオルを右手に硬く巻きつける。

ぼんっ、女の子は胸元で拳を左手のひらにたたきつけた。

布の巻きついた拳……。そういえばこの感じ、どこかで――

「仕返しくらいは、してあげるから」

 そういうと、その女の子は目にも留まらぬ速さでダッシュした。

「ちょっと!」

 その呼びかけに、さっき僕のみぞおちを蹴り上げた男の人が振り返る。

「お昼ご飯!」

 その女の子はタオルにくるまれた右の拳を胸元までおろすと同時に、体を深く縮込まらせる。

スカートが再び天使の羽のようにふわりと舞った。

「ごちそうっ!」

 その小さくかがめた体は、ばねがはじけるみたいに一瞬にしてはじけ――

「さまっ!」

 羽ばたく天使のように、その体は天へと駆け上がった。

その拳が男の人の左顎に触れると、その顎をありえない速さで貫く。

男の人は、くるんと白目を向くと、足元から崩れ落ちた。

僕も周りの男の人たちもあっけに取られる。

女の子は右足を支点に体を回転させると――

「あんたにもっ! お礼しなくちゃねっ!」

 腕をくの字に折り畳んだと思ったら、今度は、右の拳が真っ直ぐに伸び――

 シュン

 相手の顎を綺麗に打ち抜くと、男の人は白目をむいて、ゆっくりと崩れ落ちた。

この光景、どこかで――

そうだ、拳聖さんがインターハイで僕たちに見せてくれたあの――

「早く!」

「え? ちょ、何?」

「何ボーっとしてんのよ! 早く逃げるわよっ!」


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