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ブラウンシュガー!
Sakura
現実世界スポーツ
2024年08月25日
公開日
112,373文字
完結
主人公佐藤怜は、アマチュアボクシングインターハイでタチの悪いボクサーに絡まれたところを、天才ボクサー佐藤拳聖に救われる。玲は拳聖に憧れ、静岡県の私立定禅寺西高校へと入学する。しかし、ボクシング部は不祥事により活動を停止し、肝心の佐藤拳聖もモチベーションの低下によりボクシングをやめていた。絶望する怜は、夢と現との間でボクサーの幽霊LとJに出会う。二人の幽霊は、玲に二つの未来を見せ、ボクサーを目指すか諦めるかを選択させる。迷った末、玲はボクサーとしての道を選ぶ。すると二人は、玲に“試練の天使”を派遣し、その試練を乗り越えられたとき、願いはかなうと言い残す。翌日の放課後、男達に追われる少女を玲は身を挺して救う。すると少女は、怜から受け取ったタオルを拳に巻き、あっという間に男達をノックアウトする。近くの公園で、少女から手当てを受ける怜。するとそこに拳聖の姿が。そこでその少女が拳聖の妹、佐藤玲於奈であることが判明する。玲於奈は、“いえでしていた”拳聖に激怒し、家出の途中であった。玲於奈と玲はそれぞれの目標を実現するため、ボクシング部の復活を目指す。その条件として石切山教諭から提示されたのが、興津高校との対抗戦での勝利であった。紆余曲折の末仲間を集めて拳聖を復帰させ、そして自身もフライ級代表として対抗戦に出場することになった玲。玲於奈の指導に初心者ながらも食らいつき、成長していく。そんな中、拳聖が眼疾により引退したことを玲は知る。玲と玲於奈は迷いながらも、最後までボクサーとして燃え尽きたいという拳聖の真意を知り、その願いを尊重することを決める。試合当日、順調に勝利を重ねる定禅寺西。玲は敗れるも善戦し、確かな成長の足跡を示す。最終試合は拳聖。左目の眼疾に苦戦をしながらも対戦相手をKOする。試合後、拳聖は目の治療のために渡米。玲は玲於奈に告白し、柔らかな口付けを交わす。

第1話

空から舞い降りる“天使”。

この言葉に、あなたは一体何を想像しますか? 

天使、なんて聞くと、そうですね、清らかな衣と水鳥のような羽、聖母マリア様に受胎告知する、大天使ガブリエルの清らかな衣をイメージされるかもしれません。

ですが、天を仰ぐ僕の下に降臨する彼女が身に纏うのは――

「――そこどいてええええええええ!」

 純白のパンツでした。


※※※※※


“続きましてフライ級第三回戦、○県×高校、鈴木選手――”

――スッズッキッ! スッズッキッ! スッズッキッ! スッズッキッ!――

 うわー、な、なんだよこの雰囲気。

何でみんなこんなに殺気立ってるの?

「おら鈴木ぃ! ぜってー勝てよ! 情けねーところ見せたら承知しねーぞ!」

 ちょ、つば飛んでるし! 

嫌だなあ……地元開催のインターハイだからって、なんで僕がこんなおっかないところで手伝いなんかしなくちゃならないんだろ……。

せっかくの休日だから、一日中ゲームをして遊んでたいのにさ……。

「おーい佐藤、何やってるんだ? 早くこっちに来なさい」

 前方に響く横山先生の声に、僕は救われたような気持で駆け出した。

「あ、佐山先生。この子がうちの中学の生徒会長です」

 そもそも、誰も立候補者がいないからって、無理やりやらされただけなんですけどね……。

「さ、佐藤玲、です。よ、よろしくお願いいたします……」

「大会実行委員長の佐山です。よろしくお願いします」

 関西方面のイントネーションに更に緊張しながら、僕はごつごつした大きな手を握り返した。

「ははは、そんなこわがらんでもええやろ」

 ジャガイモのようないかついその顔は、笑顔とともにとたんに柔らかくなった。

「まあ私自身も少々驚きました。こんなに殺伐というか、殺気立った雰囲気は初めでですよ」

「まあインターハイですし、見ているほうも気合が入るんですわ。それに何とゆうても――」

「――アマチュア・ボクシング、ですからね」

 横山先生は腕組をしてリングを見つめた。

殺気だった声援が会場中に響く。

タンクトップにトランクス、頭に何かかぶってグローブをした人たちが、何度も腕を振るう。

 パンッ、パンッ、パンッ

 うわー、何この音。

こんなにいい音させて人を殴っても大丈夫なの? 

なんで人の顔なんか躊躇なく殴れるの? 

ゲームじゃないんだよ? 

生身だからね? 

三次元だからね? 

目の前で人が殴られているのがそんなに楽しいわけ? 

マットには血とかわけのわからないものが布団のカビみたいに染みが広がっていたじゃないか……。

早く帰ってゲームやりたいよ……。

「え、えっと、それじゃあ、僕は何をしたらいいですか?」

――

「……えーっと、この辺に……あ、あったあった」

 僕は、体育館のトイレの脇にある清掃ロッカーを何とかこじ開けた。

 僕に任された仕事は、試合の合間合間のリングのモップがけ。

んと、モップとバケツがあればいいんだよね。

 古ぼけた水道をひねると、勢いよく水が飛び出る。

 よし、これでいいかな。僕はモップを取り出してよくゆすぐと、きつく……僕の腕力じゃそう大してきつくもないけど、それでも何とか……っと……絞る。

 こ、こんなもんかな? 

 じゃあ、バケツを持って、っと――

「――ん、んっと!」

 ちょ、ちょっと水大目に入れすぎたかな? 

 とりあえずモップは後回しだ。

 僕は両手でよろよろとブリキのバケツを持って、試合会場に通じる廊下を歩いた。

「くそがあっ!」

 ひっ! 

 な、なんだよ一体……。

「ジャッジおかしいだろ! 何で俺のほうが判定負けなんだよ!」

「す、鈴木さん落ち着いてください!」

 あ、あの人はもしかしてさっきの……いまのは、拳で壁を殴りつけた音かな?

「どう見たって俺のほうがクオリティーブローの数、多かっただろうが!」

 うわー、嫌なもん見ちゃったな……。さっさと通りすぎようっと……。

「じゃあ何でお前らがその場で抗議しろって言わなかったんだ? つかえねえ連中だ!」

「うわっ!」

「え?」

――

 あっ、いたたたたたた……。

 何だよもう……乱暴だなぁ。

 ? 

 あれ? 

 あれあれ!? 

 バ、バケツがない! 

 あ、あった……空っぽ……周りも水浸し……もしかして……。

「なにしやがんだこのガキィ!」

「うわあああああああっ!」

「びしょびしょじゃねえか! どう落とし前つける気だぁ!?」

 やばいやばいやばい! 

バケツの水、鈴木選手にかけちゃったっ!

「す、すいません! わ、わざとじゃないんです! あ、あなたがこの人突き飛ばして……」

「なんだと? 俺のせいだってのか?」

 や、やめてよ……そ、そんなに胸倉掴まれたら……く、くるっしい……息が……。

「や、やめてください鈴木先輩! ばれたらそれこそ……」

「うっせんだよ! てめえらは黙ってろ!」

 な、なんでだよ……僕が悪いわけじゃないのに……。

「めんどうくせえ。おらっ!」

「痛っ! げほっ、げほげほっ!」

 壁コンクリートなのにそんな強くぶつけなくても……。

け、けどこれで……助かったの――

「おら、一発殴らせりゃそれで終わりにしてやるよ」

 え? 

 ちょ、ちょっと待って!? 殴られる? 僕が?

「す、すいません! ふ、服もクリーニング代とか、弁償しますから!」

 怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 殴られるなんて嫌だ。

 痛いのなんて死んでも嫌だ!

「この通りです! 許してください!」

 土下座しよう。

 びしょびしょの床に両手をついてますよ? 

 何度も何度も、頭を床にこすり付けていますよ? 

 だから許してください。

 痛い思いをするくらいなら、プライドなんて――

「けっ、そこまでして逃げようって魂胆が、ますます腹立つぜ」

 僕は服を掴まれ、無理矢理立たされた。

「おらぁ! 歯食いしばれ!」

 ああなんで僕がこんな目にあわなくちゃならないんだ。

 もう一生ボクシングなんて見ない。

 関わりたくもない。

 夢であって欲しい。

 助けて――

「うらぁっ!」

 ……あれ?

 痛くない?

 ていうか、何の感触もない。

 ちょっとだけ目を開けて……白い布にくるまれた何かが……何かが鈴木選手の拳をしっかりと受け止めてる。

「なにしやがんだこの野郎!」

「あんたの体とこの周りを見たら、何がおこったかは想像つくよ。バンタム級代表鈴木サン」

 目の前から、その物体が消えた。

 それは拳。

 布にくるまれた拳だった。

「けどあんたは県の看板背負ったボクサーだ。こんな真似、するべきじゃない」

 その拳の持ち主は、身長は僕よりずっと高くて……一八〇センチ近い長身だ。

 タンクトップから見える腕は太くて胸板も厚くて……すごく綺麗な体をしていた。

「あんだと? てめえに関係あんのかよ! 大体なあ――」

「鈴木さん! やばいすよ鈴木さん! こいつ……こいつのゼッケン……」

 “静岡県定禅寺西高校・佐藤拳聖”

 なぜだろう。

 目の前の分厚い背中に書いたその文字が、僕を陶酔させる。

「て、てめえは……“シュガー”……」

 どうしてだろう。

 その言葉“シュガー”は、僕の気持ちをいっそう高揚させる。

「――もうその辺でいいだろ。一時のいらつきで、ボクサーの看板汚すなよ」

「鈴木さん……もう……」

「うっせえ!」

 後輩の腕を振り払うと、鈴木選手は捨て台詞をぶつぶつ呟きながら立ち去った。

「悪く思わないでくれ。あいつも負けてイラついててさ。きっと悪気はなかったんだ」

 その人、佐藤拳聖さんは、持っていたタオルを僕の肩に掛けてくれた。

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