先輩が戻ってきたのでギルドマスターを変わってもらうつもりだったのですが、国王陛下も含めて全員から拒否されました。あまりに誰も味方してくれないのでついついフィリップ王子に愚痴を聞いてもらいにきてしまいました。年下の男の子相手に何をしているんでしょう、私。
「……というわけで、みんなが私にギルドマスターやれって言うんですよー。組織のトップなんてガラじゃないのに」
「確かにエスカ様はリーダー向きではないですね」
「でしょう?」
フィリップ王子が同意してくれたので思わず身を乗り出してしまいましたが、彼は困ったような顔をして話を続けます。
「……ですが、既に世界中で冒険者ギルドのマスターはエスカ様だと認識されていますし、ここまで開拓事業を成功させてきた実績もあります。フィストル様が帰還したというだけの理由でギルドマスターを交代するのは無理があるでしょう」
「うぐ、それはそうなんですけどぉ……」
殿下にも正論をぶつけられてしまいました。もはや私の味方はこの世のどこにもいません。するとフィリップ王子は微笑みながら私の目を見て言葉を続けました。
「エスカ様はギルドマスターをやめたとして、何をやりたいのですか?」
「えっ?」
こう聞かれると、とっさに答えが出てきません。私はマスターの重責を先輩に押し付けて楽になりたいだけですので。そんなことをはっきりと言ったら呆れられるんじゃないかと躊躇いました。これまで散々大人げないところを見せてきたので今更なんですけど。
「特に考えたこともありません。私は……」
「ギルドマスターの職務が負担だから、誰かに代わって欲しいのですか?」
「……はい」
うう、殿下に言い当てられてしまいました。情けないです。
「確かに、エスカ様の負担はあまりに大きすぎると思います。この際、フィストル様をギルドマスター代行として実務の大部分を彼に任せてしまうのはどうでしょうか?」
「えっ、そんなことをしていいんですか?」
「例えば、この国のリーダーは国王である父上ですが、国家運営のほとんどは宰相のクレメンスが行っています。組織の長というものは最上位に君臨して組織運営の方針などを示しますが、実際に取り仕切るのは幹部が行うのがある程度以上大きな組織のやり方ですよ」
なるほど、王国における王と大臣みたいな感じですね。ギルドもサブマスターがいますけど、サラディンさんもミラさんもどちらかというと冒険者の指導をする立場ですからね。
「分かりました、そうするように提案してみます。ありがとうございました」
そうと決まればさっそくギルドに帰って先輩を代行にしましょう。これまで好き勝手遊んでいた分、働いてもらわないと!
「あるいは、王太子妃になれば父上もクレメンスも納得して引退させてくれると思いますよ」
「あはは、御冗談を」
殿下の部屋を出ようとしたところで、悪戯っぽい笑みを浮かべながらフィリップ王子が心にもないことを言ってきました。まったく、陛下やクレメンスさんが推してるからって殿下まで悪ノリして。平民の私が殿下のお嫁さんになるなんて、とんでもない話です。
◇◆◇
「というわけで、私は名前だけギルドマスターのままでいるから、フィスせんぱいがギルドマスターの仕事を代わりにやって!」
「ええっ!? いやまあ、ギルドを立ち上げようとしてたんだからそれぐらいの仕事をやるのは構わないけどさ、エスカの代わりという立場が僕に務まるかな」
先輩に代行をしてもらう件を話したら、どうやら仕事を肩代わりするのは構わないみたいです。これで楽ができますけど、なんですか立場って?
「あくまでギルドマスターがエスカという形なら問題ないだろう。組織運営に関してはフィスの方が向いているしな」
サラディンさんは乗り気です。彼が問題ないと言うなら問題ないんです、間違いない!
「エスカの代行って言えば誰も文句は言わないわよ。それより、エスカは実質的に戦闘員として現場に出るってことでしょ? これで今までよりずっと高難度の開拓が行えるんじゃないかしら」
「高難度っすか!?」
ミラさんの言葉に、何故かいるヨハンさんが目を輝かせました。これまでも大概無茶なことばかりしてましたけどね。それにしても言われてみると、先輩がギルドにいれば私が冒険者として外を歩き回っても大丈夫なんですよね。
「それならちょうどいい道具があるぞ」
今度は背後から急に話しかけられました。この声はサリエリ先生ですね。いつも忙しい宮廷魔術師長が一体どうしたのでしょう?
「先生、どうしたんですか?」
「これを使いなさい」
振り返り、尋ねる私にサリエリ先生は手のひらに収まるぐらいの石板を渡してきました。これは、冒険者管理板……の小さいやつですか?
「これはギルドの冒険者管理板と魔力で繋がっている。この板から本部の管理板を操作することもできるし、いくつかの機能を使うことができる。これを使えば自分が冒険をしながら他の冒険者の様子を見ることも出来るし、フィストルの透視魔術で周囲のマップを表示させることも出来るぞ」
「周囲のマップ……ああ、先輩が開拓のために編み出したあの魔術ですね!」
「なんか凄そうっす!」
「凄いですよ。これがあれば初めて入るダンジョンでも地図を見ながら探索できます」
「すげーっす!」
新しい玩具を手に入れた子供のようにひとしきりはしゃいだ後、クレメンスさんからの指令についてミラさんが話を聞くことにしました。