先輩達の荷物を積み込むと、船はすぐに私達の大陸へ向けて出発しました。
「やあ、凄い船だね。冒険者のみんなが動かしているの?」
「そんなわけないでしょ。ブタ族のイベリコさんが船乗りのブタさんを紹介してくれたんだよ」
素人がいきなり船を操縦できるわけないですからね。戦闘は冒険者、航海は船乗りさんが担当しています。なので、こんな話をしている間にも船は順調に西の大陸へ向けて進み始めています。
「ブタ族か、エルフと仲が悪い彼等も協力してくれているとは、素晴らしいのう」
ジョージさんは夢の実現に近づいているので上機嫌です。ただ、私はちょっと気になっているんですよね。悪戯神バルバリルがわざわざ死者の蘇生なんて奇跡を対価として提示してまで、十三の種族を一つ所に集めようとしているのはいったいなぜなのか。何か特別な目的があるのではないかと思うのですが……。
「すぐに合流できたとはいえ、往復で三月ほどかかってしまう。我々がアーデンを離れている間に世界がどう変わっているか、確かめなくては」
「世の中が色々と変わっているんだってね。僕がこっちにいたのは二年ぐらいだから、もう全然別の世界になっているのかな」
サラディンさんが真剣な顔で何やら言うと、先輩はのほほんとした態度で話に乗りました。この二人は元からこんな感じの関係でしたね。
「気になるのはハイネシアン帝国の侵攻とカーボ共和国の商人ギルドでしょうか。帰ったらまたギルドの支部がソフィーナ帝国に増えてるかもしれませんね」
変化がありそうなところを羅列してみました。フォンデール以外の人間の国全部ですね。東鸞王国はそもそも内情を知りませんけど。フォンデール王国は良くも悪くも変化に乏しい国ですからね……あまり変わってはいないでしょうね。
そんなことを考えつつ、長い船旅をお互い積もる話をしながら、たまに海でコタロウさんの忍術を使って遊びつつ、フォンデールに帰還するのでした。
◇◆◇
「なんか、道が凄いことになってません?」
コストルに到着し、ギルドの高級馬車で来た道を帰る途中。以前も通った海岸沿いの道が、妙に立派になっていました。装飾過多というか、妙に滑らかな石(?)で覆われた道の両側を何かの金属で出来た背の低い壁が挟んでいます。王都の中央通りよりも頑丈な作りで、いったいどうやって作ったのかが気になります。
「前にもドワーフの技術が使われてるって言ってたっすから、通りすがりのドワーフが強化していったんじゃないっすか?」
ヨハンさんが目をキラキラさせながら言います。そう言えば行きにもそんな話をしましたね。ドワーフが関わっていないはずなのにドワーフの技術で作られているんですよね。こっそり道を整備するのが趣味なドワーフがいるのでしょうか。
そんな話をしつつ、陸路を通ってフォンデール王国の首都アーデンに帰ってきました。
「おかえり、エスカがいない間に世の中が大変なことになってるわよ」
ギルドに入るなり、ミラさんがそんなことを言ってきました。先輩の姿を見ても軽く手を挙げて挨拶するだけです。あっさりですね。なお他のメンバーは解散していますが、全員一緒にギルドへ入ってきました。
「どんなことになってるんだ?」
サラディンさんが真剣な顔でミラさんに聞きます。状況を整理しておかないといけませんからね。
「ユダが脱走してハイネシアン帝国の将軍になりました」
そこに横から話に入ってきたのはソフィアさんです。ユダって、あのユダですか!?
「あのおっさん、ハイネシアン帝国の将軍になれるようなツワモノだったっすか?」
ヨハンさんが首を傾げます。どちらかというとどうやって脱走したのかが気になるのですが、まあいいでしょう。
「捕縛した時の報告だと、腕ききの冒険者四人がかりでやっと捕まえたみたいですからね。あのイーリエルやカリオストロと肩を並べるほどの使い手なのでしょう。人は見た目によりませんから」
ドラゴンもいたし、あの国はとんでもないですね。かつてはリッチも戦争に駆り出したそうですし。
「そういえば昔カイバスタ王国を滅ぼしたリッチってジョージさんですか?」
話が横道にそれますが、ちょっと気になったので本人に聞いてみました。悪行を重ねていたと聞きますけど、私が知っている彼の悪行は恵みの森で勝手にアンデッド王国を作ろうとしていたぐらいですからね。
「儂ではないな。あの頃はクリスタに籠っておったからの」
別人ですか。とするとそのリッチは今どこにいるのでしょう? もしやそれもハイネシアン帝国の将軍になっていたり?
「それで、ハイネシアン帝国の侵攻も進んだの。今はジュエリアの近くまで進軍しているみたいね。エルフの森を開拓ではなくただ攻め滅ぼして進んでいるから、各国が非難して今にも戦争を始めそうな状態よ」
ジュエリアの近くまで来ましたか……シトリンさんは心中穏やかではないでしょうが、言葉を発さずに聞いています。
「ハイネシアン帝国と戦争をするにしても、どの国もエルフの森を間に挟んでいるだろう。フォンデール軍が北進するのか?」
「いえ、カーボ共和国の議長セドリアンが音頭をとって、海から攻める気みたいよ。そのために今は強力な武具を大量に必要としているらしくて、ドワーフの国に働きかけをしているみたい」
海からですか、まあ妥当なところでしょう。それにしてもまたドワーフですね。エルフの森を攻める国と戦うのに手を貸してくれるのでしょうか?
「それに関して、宰相クレメンスから新たな指令が出ているわ。エスカが指揮を執ってくれる?」
クレメンスさんはまた何かやる気ですか、どんな指令でしょう……って、ちょっと待ってください。
「ギルドマスターは先輩がやるんでしょ?」
本来のギルドマスターが帰ってきたんだから、私はもう退任ですよね?
「いや、国王から任命されたのはエスカなんだから、勝手に変わるわけにはいかないでしょ。それに僕よりエスカの方が向いてると思うよ」
そして先輩が当たり前のように言います。前半は正論ですが、最後の方は聞き捨てならないですね。
「何言ってるの、ギルドマスターは先輩以外いないでしょ。陛下に言って変えてもらうからね」
「いや、フィストルは各国と調整をする立場の方が向いているだろう。今や冒険者ギルドは戦闘力で世界中から一目置かれる存在だ。その頂点に立つのは最強の人間であった方が都合が良い」
サラディンさんが大真面目な顔で言います。最強の人間って誰のことですか、ジョージさんとかサリエリ先生辺りにやってもらった方がいいんじゃないですかね。
「もう冒険者ギルドのギルドマスターと言えば賢者エスカ・ゴッドリープって世界中に名が轟いているのですわ。観念しましょうね?」
ソフィアさんが笑顔で私の肩に手を置いてきました。ていうかこの状況で皇帝陛下がなんでここにいるんですか、さっさとソフィーナ帝国に帰ってくださいよ。
「マスターはマスター以外に考えられないっすよ!」
ヨハンさんが頷きながら言います。
「諦めるぬー、ギルドの冒険者はみんなマスターのことを慕ってるぬー」
いつの間にかいるタヌキさんまで念を押してきました。もう、なんなんですかみんなして!