先輩達と合流すると、一旦船から降りて海岸で話をすることにしました。せっかくなので大量にあるグリフォンの死骸から使えるものを採取したいとコタロウさんとサラディンさんが言い出したので。私は冒険慣れしていないのでそういう発想が出てきませんでした。なるほど。
一応ジョージさんに聞いたらグリフォンを全滅させた毒は体内には残らないとのことでした。改めて、とんでもない魔法を使うお爺さんですね。あの時彼が本気で襲い掛かってきていたら私も先輩もサラディンさんも今頃生きてはいないでしょう。
こんな人をギルドに参加させる気満々な先輩ですが、多くの悪事を働いてきた死霊術師でもあり自ら怪物化した
「コウメイさんが研究してるって言えばいいすよ。トウテツだって何も言われてないすからね」
そこに、事も無げに言うコタロウさん。たしかに。コウメイさんを口実にすれば大体の無茶は通るのがフォンデールですからね。
「モンスターの研究なら、儂も負けてはおらんぞ」
張り合うジョージさん。あなたは研究される側ですからね?
落ち着いたところで、先輩に最大の疑問をぶつけました。
「せんぱい、こんなところで今まで何をしていたの?」
もちろん帰る方法を探していたのは知っていますが、この二人が本気になればもうとっくに海を渡る船ぐらい作ってそうなんですよね。どうせ未知の大陸に来たから探索とかしていたんでしょうけど。
「それなんだけど、これを見てほしいんだ」
そう言って先輩は妙な装丁の本を取り出しました。すぐにギフトを使います。
「『バルバリルの書』? 悪戯神バルバリルがこの世界の住民に声を届けるための道具ですか」
「便利な目じゃのう」
感心するジョージさんですが、たしかあなたも似たようなことできましたよね?
「これでね、本当にバルバリル神が話しかけてきたんだ。その内容は、ジョージさんの娘さんを生き返らせる方法だった」
「え!?」
死者の蘇生は不老不死と並ぶ究極の夢です。未だかつて成功した人物は存在せず、挑戦した先人達が残した悲劇の記録ばかりが残っています。それぐらいに困難な夢を叶えるのは、それこそ神様の力でもないと無理でしょう。本当にそんな方法があるのなら、この本一冊で国が一つ丸ごと買えるぐらいには価値のある超・お宝ということです。
「とんでもないものがこの大陸にあったものだな。我々魔族もその存在に気付かないとは」
メヌエットも興味津々です。というか彼女達の領域にある究極の宝を盗んできたってことになるのではないでしょうか。ここで魔族と戦うのは嫌ですよ?
「その方法があったらアーサー君のお父さんも生き返るっすかねえ?」
ヨハンさんがなんだか遠い目をしながらいいました。アーサー君のお父さんというのはマギラゴースだかダンジョンコアだかに吸血鬼にされた人ですね。報告を受けているので知っています。
そうです、このように非業の死を遂げた人物は世界中いたるところにいます。その全ての関係者が、バルバリルの書を求めるでしょう。
「当然ながら簡単な方法ではないぞ。それにこれは死者を生き返らせる方法ではなく、バルバリル神の要求に応えればかの神が望みを叶えてくれるという契約のようなものじゃ」
ジョージさんが補足をします。つまり、死者を生き返らせる特定の方法があるわけではなく、バルバリル神の要求する条件を満たすことで神が生き返らせてくれるということですね。俄然この本の価値が高まりました。とんでもない秘法より、神が望みを叶えてくれるという話の方がずっと信憑性があり、実現可能性も遥かに高いと思われるので。
「具体的にはどうすればいいんだ?」
サラディンさんが冷静な声で質問します。簡単ではないということですが、どんな要求なのでしょう。悪戯神というぐらいだから物凄く意地悪な要求をしてきていそうです。
「この書に書かれている十三の種族を全て仲間にしろってさ。ギルドでなんとかしたいと思う」
「十三の種族?」
仲間にするって、またずいぶんと曖昧な要求ですね。それに、この世界にそんなにたくさんの種族がいましたっけ? モンスターとか?
「すなわち、人間・エルフ・ドワーフ・イヌの獣人・タヌキの獣人・キツネの獣人・ネコの獣人・ブタの獣人・ウサギの獣人・
あっ、獣人はそれぞれ別種族なんですね。ギルドには既に結構な数の種族が所属していますが……
「古代種ってなに?」
とっさに口をついて出た疑問に、その場にいる全員が首を捻りました。誰も知らないようです。トウテツも知らないということは、モンスターの仲間ではないのでしょう。
「ついでにハーフエルフは現在この大陸にしかいないそうだよ。神様が教えてくれたから間違いないだろう」
バルバリル神はそんな追加情報も教えてくれたんですか。なら古代種が何かも教えてくれればいいのに。
「ハーフエルフについては気にする必要はないだろう」
メヌエットがヨハンさんとシトリンさんを見ながら言います。ですよねー。その辺は深く追及しない空気になって、よく分かっていないヨハンさん以外が視線を宙にさまよわせます。シトリンさんが顔を赤らめていますが、この調子で上手くいくんでしょうか。
「それで、魔族も仲間になったってことでいいのかな?」
「私のことなら、ここでお別れだ。我々の問題を解決する必要があるからな。他に物好きな魔族がいないか探してみるんだな」
先輩が尋ねると、メヌエットはそう言って拒否の姿勢を示しました。まあ、バルバリルの書を返せと言われないだけありがたいのではないでしょうか。どう考えても先輩は魔族視点では大罪人ですよね。さらわれてきたとはいえ。
「その問題を協力して解決するというのは?」
サラディンさんが協力を提案します。お互いにとって悪くない話だとは思いますが、我々はこの大陸のことをほとんど何も知りません。力になれるかは怪しいところです。
「お前達にはお前達の大陸の問題を解決する必要があるだろう。ハイネシアン帝国をそのままにしていていいのか? 天人も仲間にするんだろう?」
帝国、イーリエル……現時点では魔族より天人の方がギルドにとっては相容れない敵といったところです。他にも何人か天人はいるらしいのですが。なんにせよ、この場でメヌエットを仲間にするのは難しいでしょう。ここまで協力してくれたのも彼女の厚意でしかないですし。
「では、お互いの大陸で問題が解決したらまた対話をするというのは?」
先輩が笑顔で食い下がります。ジョージさんは先輩の命の恩人でもあるようですし、ここは退けないところでしょうね。メヌエットは意外とチョロいですし。
「そうだな。そちらの目的が達成できたらそのバルバリルの書を渡してもらう、というのはどうだ? それなら我々の指導者も説得できるだろう」
お、けっこういい落としどころかもしれません。恐ろしく価値のある本ですからね。こちらとしては一回願いを叶えてもらったらもう使えないような気もしますし。他国や貴族達に知られたら大変なことになりますけど。
「わかった。約束しよう!」
先輩が即答しました。こういうところ、相変わらずですね。
こうして再会の約束をしたメヌエットは、荷物を持って自分の故郷へ帰っていくのでした。私達も帰りましょう。