船旅はとても順調で、何事もなく東の大陸目前までやってきました。凄い苦難の航海を想像していたのですが、考えてみれば魔族が平気で行き来している航路がそんなに危険なわけはなかったですね。イベリコさんが造ってくれた船の性能も良いので快適な旅路でした。
「うおー、これが忍術っすかー!」
そして今はすっかり船旅に慣れた皆さんがコタロウさんの忍術で遊んでいるところです。海の上を歩くというのが、想像していたのと違って何も道具を使わずに海面に立っていられる術なんですよね。魔法を使っているようなので私も真似してできるようになりました。
「さすがお姉様!」
「魔法に関しては私はちょっとズルしていますからね……これ、他の人も水の上を歩けるようにできて便利ですね」
コタロウさんによると、忍術には独力魔法だけでなく色々な道具を使って行うものや、ヴァレリッツに侵入する時にやったような策略もあるとか。
「魔法なら何でも覚えられるんすか?」
そのコタロウさんが興味深そうに聞いてきました。彼いわく忍者は知りたがりだそうです。あらゆる知識を総動員して任務に役立てるのだとか。
「魔法を使う技術、つまり魔術の、奥義とされる魔力運用法をギフトを使って学びましたから。自分の目で見た魔法は何でも真似できますよ」
「スッゲエエエ!」
ヨハンさんがなんだか感動しています。魔法でも彼のカッコいいセンサーに引っかかるようです。
「とんでもない化け物だな」
メヌエットがため息をつきながら言いました。それ、褒めてるんですよね?
『それにしても、ここまで何もトラブルがないと逆に不安だな』
不吉なことを言うトウテツですが、正直私も同じ気持ちです。
「大陸にはダンジョン由来のモンスターがうろついているから、好きなだけ危険な目にあえるぞ」
『……遠慮しておきます』
メヌエット相手でもトウテツは大人しくなります。彼女の方がトウテツよりも強いからです。旅の途中で色々と話をしましたが、興味深いのは魔族と天人はそれぞれ悪魔と天使が人間を改造して作った種族で、強大な力を持っているということですね。
エルフの森で暴れているイーリエルや、このメヌエットもこれまで強さを見せつけてきていますからね、主にミラさん相手に。
「そろそろ接岸するぞ。フィストルがいる地点までは少し離れているな」
サラディンさんが遊んでいるみんなを呼び戻しました。ついに先輩のいる場所に来たんですね。また胸が高鳴ってきました。
「良かったな、お待ちかねのモンスターがお出迎えだ」
そして陸を見ていたメヌエットが言います。待ってませんけど。ちょっとヨハンさんの目が輝いてますけど、待ってませんよ?
彼女が指し示す方を見ると、また面倒くさい感じの生物がウヨウヨしてます。猛禽類の頭と翼を持った四足の獣ですね。
『あれはグリフォンだ。一匹だけなら俺様の敵じゃないぜ』
そうですか、百匹ぐらいいますけど。
『キョエエエエ!』
一番近い何匹かが甲高い鳴き声を上げて飛んできました。冗談抜きに危険な状況です。
「一匹ずつ確実に仕留めていきましょう。集中攻撃しますよ!」
私が先頭の一匹に魔法で雷を落とすと、戦士達が一斉に攻撃を仕掛けます。最初の一匹を倒しても他のグリフォンは構わず襲ってきました。
すぐにメヌエットが鎌を振ると、衝撃波がグリフォン達を襲いました。トウテツも素早くパンチを繰り出して二匹目のグリフォンを打ちすえます。
「グリフォンは魔法を使えない。距離を取って戦え!」
メヌエットのアドバイスに従い、シトリンさんが弓でグリフォン達を牽制します。空を飛ぶモンスターは弓に弱いようで、甲高い鳴き声を上げながら飛び回ります。コタロウさんは手裏剣という小型の刃物を投擲して攻撃しています。今のところ強力なモンスター相手でも十分戦えてますね。ヨハンさんやシトリンさんもかなり強くなりました。
でも、敵の数が多すぎる!
最初の一団を退けると、次の集団が襲いかかってきました。きりがないです。
「このままではやられます! 何かいい方法はないんですか?」
魔族は大陸を行き来しているのだから、対処法があるはずです。
「こんなにグリフォンが群れているのは初めて見るぞ」
異常事態ですか、困りましたね。余裕があるうちになんとか逃げ出す算段をつけないと……。
「何やら騒がしいと思ったら、お迎えが来たようだの」
「ジョージさん、あいつらを何とかできますか?」
離れた陸地の方から懐かしい声が聞こえてきました。グリフォン達が騒がしく鳴いているので、魔力を使って大切な声を拾うようにしていたのです。
「先輩!」
私の声はグリフォンの鳴き声にかき消されます。
「儂を誰だと思っとるんじゃ。一発、デカいのをいくぞ!」
ジョージさんが大技を使うようです。
「大魔法が来ます! みんな伏せて!」
声を振り絞って、周りの仲間達に知らせました。すぐにみんなが船の甲板に伏せると、向こうから魔法発動の気配がします。
「くらえ鳥ども、トキシックストーム!」
紫と緑の入り混じった、不気味な色の暴風がグリフォン達を包み込みます。
『ギエエエエエエ!!』
凄まじい悲鳴を上げて、グリフォン達がボトボトと落ちていきました。なんて恐ろしい威力の魔法……。
ほんの数十秒後には風も消え、モンスター達も完全に死滅してしまいました。
「よし、これで安心して帰れるのう」
「ありがとうございます。さあ、いきましょう」
先輩達の声が聞こえます。私はすぐにその場で立ち上がると、呼びかけました。
「せんぱーい!」
「エスカ! 久しぶりだね!」
先輩が行方不明になってからもうすぐ二年。もう十年ぐらい会ってないような気分になってましたが、意外と早く再会を果たせたのでした。