冒険者達は船でカーボ共和国の首都モルングに到着しました。一日で着いたので特筆することはないのですが、ミリアがタコを釣ってガウェインの鎧に貼りついたのを剥がそうとしたゴドリックが墨を顔にかけられて真っ黒になりました。なおタコはラーマの魔法に焼かれてみんなのおやつになったようです。
「面倒な入国審査も終わったし、さっさとユダを探すわよ!」
「お前が『疾風のミリア様を知らないって言うの!?』とか言い出さなければすんなり終わってたはずなんだがな」
船を降りたら他国なので、乗客は全員港近くの小屋に連れていかれ審査官に身分証などを見せるように要求されます。そこで冒険者カードを見せれば終わりなのですが、ミリアが意味もなくごねたためにパーティー揃って入念な取り調べを受けました。ラーマが「正義の炎で悪党を燃やしに来た」と言ったことで更にこじれましたが、最終的にガウェインの騎士見習い証を見せて場を収めました。騎士は見習いでも扱いがいいんですね。
落ち着いてからはガウェインを除く三人が個別に審査を受け、ゴドリックは冒険者カードにある似顔絵(魔法で自動生成される非常に再現度の高い絵)と本人の顔を何度も見比べられて、渡された濡れタオルで顔を拭いていました。大元のミリアはひとしきり自分の素晴らしさを語ったあと冒険者カードを見せて通されています。ほう、トレフェロ出身ですか……。
「ふぉっふぉっふぉ、ヴォルカー神の偉大さを知らしめることに成功してしまったのう」
ラーマは審査官に延々と極光教団の教義を説いてうんざりされつつ、司祭の身分を示す
「……」
ガウェインは無言でゴドリックの顔に残ったタコ墨を拭き取ってあげています。紳士的ですね。
なにはともあれ、モルングです。世界最大の組織である商人ギルドの本拠地でもあるため、至る所に商店があり呼び込みや取引の声で賑わっています。
「ふわー、すっごい人ねぇ。お祭りでもやってるのかしら?」
「モルングはこれが日常風景だよ。商人ギルドの町だからな。たぶん昼間の人口はクレルージュよりも多いんじゃないか?」
港から伸びるモルングの中央道路はずっと人混みが続き、行き交う荷馬車も窮屈そうです。エルフの森とは比較にならないほどの賑わいですから、ミリアには新鮮な光景でしょう。周辺から多くの人が商取引をするために訪れているので、夜は酒場などの一部を除いては人がいなくなって静まりかえります。
「この中からユダを見つけるのは骨が折れるのう」
「夜を待って酒場で情報収集するか」
ベテラン冒険者らしく調査をしやすい行動を提案するゴドリックですが、そこにまたミリアが得意げな顔で声を上げます。
「ふふん、人探しなんて疾風のミリア様にかかれば簡単よ!」
「なんかいい考えでもあるのか?」
ミリアの大言壮語はもはやただの口癖ではないかと思うのですが、ゴドリックは肩をすくめつつ話を聞きます。彼の案では夜まで暇ですからね、話を聞く余裕があるということでしょう。
「任せなさい、シルフ!」
するとミリアはシルフに話しかけ――いえ、名を呼んだだけで意図が伝わっています。シルフがモルング中に風を送りました。これは探査の魔法ですね、シルフにユダを探させているのです。この親密ぶりからすると、モルング内をくまなく調べるぐらいなら数秒で済むでしょう。分かってはいましたが、恐ろしい精霊術の使い手です。彼女は普段の言動からは想像もつかない、超一流の風術師なのです。
「お探しの人物はあちらにいますよ」
そして姿を現したシルフがある方向を指差しました。パーティーのメンバーには分かりやすいようにそこまでの道筋と具体的な場所が光って見えるようにしています。通常は考えられないような質の高いサービスが付いていますが、ミリアはなぜここまでシルフに愛されているのでしょう。彼女の過去が気になりますね。
「これは凄い。エルフの精霊術は便利じゃのう」
「……」
「お前、本当に口だけじゃないんだな」
仲間達が口々に賞賛する(ガウェインはガシャガシャと拍手をしている)と、ミリアは調子に乗って胸を張るかと思いきや、真剣な表情で口元に人差し指を立てます。
「しっ、ここからが本番よ。相手に感づかれないようにこっそり近づくわよ。しのび足!」
そろりそろりと、足音を立てないようにゆっくり歩きだすミリア。シルフの示したユダの居場所は遥か視界の先、多くの人で賑わう中央道路の向こうにある建物です。妙に慎重な態度で歩く彼女の姿は、とても目立ちます。
「いや、何から忍んでるんだよ。動きが怪しすぎるだろ」
当然のツッコミがゴドリックから入りました。
「ここでは逆に目立つのう、ふぉっふぉっふぉ」
「……」
「えーっ、しのび足に命をかけてるのに!」
「それは建物に入る時に頼む」
そんなわけで、一行は普通に歩いてユダの居場所を目指すのでした。ミリアには精霊術以外やらせない方がいいかもしれませんね。