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ブタの恨み

 調査が終わり、またパーティーが集まって情報を交換します。イベリコ殿はソフィーナ帝国との交友を続けていくことに非常に前向きで、他のブタ族も同調しています。あとはラージ・ホワイトを見つけ出して例の契約書を証拠として出せば非難声明の件は解決でしょう。ユダが復活を目指しているモルング王朝については、ソフィア様が解説をしました。


「モルング王朝というのは、カーボ共和国がカーボ王国だった頃の支配者一族ですわ。現在の首都もモルングですから、カーボの国民にとっては親しみのある王朝だと言えますね。カーボ王国は資金繰りの悪化でソフィーナ帝国の傘下となり、その後商人ギルドによって借金を返済したことでカーボ共和国として独立を果たしました。ユダがモルング王家にゆかりのある人物だとは知りませんでしたけど」


 なるほど、つまり国家の経営に失敗した無能の一族ですね。現在のソフィーナ帝国も宰相の手腕というより諸国を漫遊する皇帝陛下の威光が各国を引き締めている形ですからね。陛下の意向により搾取されることもないのでわざわざ独立しようなどと考える国もないようです。世界最大の国家の一員である方が何かと都合が良いですからね。


 そのあまり優れているとも言えない宰相の仕事すら、実際に行っているのは魔族に飼われたミミックという有様です。


「ユダについてはギルドのソフィーナ帝国クレルージュ支部に動いてもらいましょう。ギルドマスターは別のことで忙しいですからね」


 そう言って、アルベル殿にアーデン本部とクレルージュ支部の両方へと連絡をさせました。あそこからカーボ共和国首都モルングは海を隔てた向こう岸にあるので、移動に一日もかかりません。支部長のヘルミーナがユダ捕縛に向けて動くようですね。


「私達は長老を追えばいいわねー。ラウくんに頑張ってもらいましょー」


「うん、任せて!」


 マリーモがラウに話を振ると、尻尾を勢いよく振りながら答えます。イヌ族が自信を見せるなら、もう見つかるのは時間の問題ですね。


「あとはラージ・ホワイトがなぜ帝国に復讐をしたいのか、だな」


「ソフィーナ帝国に非があるようでしたら、ちゃんと謝罪して和解の道を模索しましょう。そうでない場合は、これだけのことをしでかしたのですから相応の償いをしてもらわなければ」


 カーボ共和国の材木商と通じて人間世界に混乱を招いた一因でもありますからね。どう転んでもハイネシアン帝国は理由をつけて進軍していたのですが。


「それも見つけてからねー。どうせ大したことじゃないわよー」


 マリーモがあっけらかんと言いますが、実際大層なことをしようとする者の動機はつまらないことが多いものです。


 こうして話はまとまり、次の日に捜索をすることにして一行は休むのでした。


 そして次の日、ムートンからラージ・ホワイトのにおいを追って南へ数時間進むと、もう一つのブタ族の集落に辿り着きました。イベリコ殿と仲良くなっていたおかげでそちらにも既に情報が伝わっているらしく、パーティーは歓迎を受けます。


「わー凄い! 丸太が沢山積んであるよ!」


「ここはドワーフの国に近いから、あそこに輸出するための木材を集積しているのさ。ブタ族にとっては一番のお得意様だからね」


 あまり聞きたくない名前が出てきましたね。ドワーフの高度な鍛冶技術や冶金やきん技術は大したものですが、あの大雑把で荒々しい性格はどうにも好きになれません。おっと、今はそれどころではありませんね。


「ドワーフですか、彼等もエルフとは仲が悪いんですよね。今回のことでソフィーナ帝国に悪感情を持っていないといいのですが」


 人間の国はどこもドワーフから金属製品や装飾品を買っていますから、関係の悪化は避けたいでしょう。


「あいつらは酒があれば何も気にしないよ。会いに行くなら酒を土産に持っていくといい」


 ブタの木こりがそう言って、集落には不釣り合いなほど大きな酒屋を指し示しました。


「いや、今回はドワーフに用があるわけではないので遠慮する。その時には参考にさせてもらうよ」


 黒い鎧に身を包んだアルベル殿が丁重に断ると、木こりは意外そうな顔をしました。いかにもドワーフに用がありそうな恰好をしていますからね。


「くんくん、でも長老さんのにおいはあの酒屋の方からするよ!」


 そこにラウが口を挟むと、木こりが笑顔を見せました。


「ああ、あんたらホワイトさんに用があってきたのか。あの人は大体いつも酒を買ってるよ。ムートンの連中には内緒で羽を伸ばしに来てるんだってさ」


 元々逃げているわけでもないラージ・ホワイトは堂々とここで過ごしているようです。一行は木こりに礼を言うと、酒屋に向かいました。大きな扉を開けると、中には酒樽を抱えるように持った大きなブタがいます。どうやらこれがラージ・ホワイトのようですね。


「あなたがラージ・ホワイトさんですか?」


「ブ? どちらさまですかな?」


 ソフィア様が話しかけると、普通に返事をします。ということは彼女と面識があるわけではないのですね。ソフィア様とアルベル殿がどうしたものかと顔を見合わせると、マリーモが前に出ました。


「あなた、ムートンの長老さんでしょー? イベリコさんが探してたわよー」


 その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいます。するとラージ・ホワイトは焦ったように身震いしました。


「待つブゥー! ワシがここにいることは内緒だブゥー!」


 この話し方、あのカリオストロを思い出させますね。あの偽長老と全く違うしゃべり方なのですが、ブタ達は何故騙されていたのでしょう?


「大丈夫よー、告げ口したりしないから。それより、ちょっと聞きたいことがあるのよー」


 そうやって自然に話しかけながら近づき、店の外へ出るよう促しました。初対面の相手の警戒を解かせるのは彼女の得意分野ですね。ラージ・ホワイトは会計を済ませると一行と共に外へ出て、彼の住まいへと案内します。この時点でまだ誰も名乗っていませんが、マリーモの巧みな話術でそれを気にさせません。


「それで、何の話だブゥー?」


「ねえ、なんでソフィーナ帝国に復讐したいの?」


 そこにラウが例の証書を出して見せます。途端に顔色を変えるブタ。


「ブ!? 何故それを持っている!」


 同時に、アルベル殿が目にも止まらぬ早業で剣をラージ・ホワイトの首筋に突き付けます。


「動くな。お前は目の前にいるこの方がどなたか知らないのか。ソフィーナ帝国皇帝、ソフィーナ・ヴァルブルガ・アマーリア・ヴィルヘルミーナ・フォン・クレルージュ様だぞ。お前はこの方を非難する声明を出したはずだ。なぜ知らない!」


 そしてソフィア様を反対の手で指し示しながら詰問しました。するとブタは驚愕の表情を見せ、意外な言葉を口にします。


「非難声明!? ワシはそんなもの知らないブゥー!」


「それは興味深い話ですが、まずはあなたの復讐についてお聞かせ願いますわ」


 ソフィア様がにっこりと笑って、身震いするブタに質問をします。するとラージ・ホワイトは必死に。話を始めました。


「ワシは若い頃、ソフィーナ帝国で奴隷だったブゥー。あの白い壁を磨いていたブゥー」


 有名なソフィーナ帝国の城磨きですね。かなり賃金がいいそうですが。


「忘れもしないあの日、ワシはいつものように酒を飲んで作業してたブゥー」


 危険だから高い賃金が約束されているあの仕事を、お酒を飲んで!?


「……もう話が見えてきたわねー」


 呆れた様子で呟くマリーモ。そうでしょうね。


「そうしたら、衛兵に見咎められて奴隷をクビになったブゥー! 何も失敗してないのに、酒を飲んでただけで仕事を失ったブゥー! 許せないブゥー!」


「……はあ」


 さすがのソフィア様も開いた口が塞がらないようです。珍しい表情が見れました。


「だからユダに頼んだブゥー、帝国の奴隷を全部クビにして壁を磨けないようにしてやるんだブゥー」


「ど、奴隷をクビに?」


 なかなか壮大な復讐ですが、ユダはそんなことしていないような。むしろソフィア様が奴隷を解放する方向で話を進めるように宰相へ働きかけていると聞きましたが。


「うーん、ラウさんはその鼻で嘘を見抜くこともできますか?」


「嘘は見抜けないけど、嘘つきは分かるよ。このブタさんは噓つきのにおいはしないよ」


 どういうことでしょう。契約の魔法は絶対のはずですが。そこにマリーモが肩をすくめて言います。


「この契約には欠陥があるのよねー、お互いの目的を支援するとしか書かれていないから、具体的に何をしないといけないって制限できないのよー」


 ああ、なるほど。


「つまり長老はゴンズに家を貸したことで契約を果たしているし、ユダは皇帝の意向に沿って奴隷の数を減らしていることで契約を果たしている……ということだな?」


 なんとも間抜けな話です。ユダが意図して曖昧な表現を使った可能性がありますね。


「アルベル、剣を納めなさい」


 ソフィア様が剣を納めさせ、ラージ・ホワイトを自由にさせました。ブタの方も観念したのか大人しく座っています。おそらく大した罪には問われないでしょう。


「じゃあ、あとはヘルミーナさんに任せるってことでー」


 マリーモがそう言って、パーティーの任務終了を宣言したのでした。せっかくなのでヘルミーナの方を見てみましょうかね。

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