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ラージ・ホワイトの秘密

 さて、ソフィア様達のその後を追ってみましょう。ラージ・ホワイトの家からブタ族の町の宿屋にやってきた彼女達は、別働隊をしていたマリーモとラウと合流したようです。


「あの中にいたのは小太りの中年男性、だけど姿は確認できなかったよ」


 イヌ族のラウが調査の結果を報告しています。あまり活躍できなかったことを気にしているのか、尻尾が垂れ下がっていますね。それとは対照的にマリーモは何やら自信ありげに胸を張っています。


「ふっふっふ、旅の吟遊詩人を甘く見てもらっては困るわね。あの中身が誰だか分かったわよー」


 ユダのことも最初から分かっていた事情通の吟遊詩人は堂々と宣言します。あれは一体誰なのでしょう?


「あれはカーボ共和国の材木商ブラッドレーの部下でゴンズという商人よー。実はユダの幼馴染なのよー」


 ずいぶんと詳しいんですね。ユダの幼馴染ということは、ユダはカーボ共和国出身なのでしょうか。


「凄いですわ、よくご存知ですね」


「ふふふ、あいつがユダの夢を知ってる風な反応だったからすぐにピンときたわよー。実はカーボ共和国の一部地域では有名な話でねー。地元出身者がソフィーナ帝国の宰相にまで出世したんだから、その情報が掘られまくるのは当然よねー」


 そうでした。ソフィア様の人柄でつい見誤ってしまいますが、ソフィーナ帝国はこの世界で最も栄えている国家でしたね。その国の政治を取り仕切る宰相ともなれば、世界的な重要人物であると言えましょう。


「では、あの長老がそのゴンズという商人だとして。本物の長老はどこにいらっしゃるのでしょう?」


「始末されているのでは?」


 ソフィア様が口にした疑問に、アルベル殿がはっきりと言います。直接的な言い方は情緒がありませんが、あちら側に長老を生かしておく理由がなければそうなるのが自然な流れでしょう。


「それこそラウくんの出番なのよー、長老のにおいを追ってみるのよー」


「それなら、また長老の家にいかないと!」


「そうですわね、お二人にはまた調査をお願いしますわ」


 新しい役目を与えられたラウが嬉しそうに尻尾を振っています。


「ついでにそのゴンズという男の姿も確認して、似顔絵を描いてもらえると助かる。ギルドに報告するからな」


 アルベル殿がマリーモに追加の仕事を依頼します。ギルドに報告するということは、彼等だけで犯人を捕まえることには固執していないということでしょう。冷静な判断力はさすがですね。


「では私とアルベルはあのイベリコさんとお話しましょうか。あの方は信頼できるブタさんだと感じました」


 信頼できるブタ……ですか。ブタの獣人は総じて頭が悪く、粗暴な性格だとエルフに誤解されているのですが、実際には素朴で気のいい獣人達のようです。カリオストロのような例外はいますが。シトリンのおかげで双方の誤解の根源が見えてきましたが、種族として和解するのはまだ遠い未来のことになるでしょう。あまりにも長い期間敵対し続けましたから。


「いいわよー、それじゃ明日の方針も決まったし飲みなおしましょー」


 さっきから酒を飲んでいたマリーモが、また大きなジョッキを持ってきました。ソフィア様もそれに倣ってジョッキを持ってきますが、アルベル殿は飲まない様子。ラウはあくびをして眠そうにしていたので先に部屋へ送られました。


 次の日です。ソフィア様とアルベル殿はイベリコ殿が船大工をしている工房へと向かいました。イベリコ殿は何やら大きな船を作っています。これは恐らく、ヨハン様が東の大陸へ向かう時に乗るための船を作っているのでしょう。よほど気に入ったみたいですね。その気持ちはよく分かります。


 ソフィア様達はイベリコ殿と歓談し、ヨハン様とシトリンの話題をきっかけとして親交を深めることに成功しました。特に語るべき新たな情報はないのでこちらは省略して、マリーモとラウの調査に移りましょう。


「とりあえず長老の家に忍び込むわよー」


「今度は静かにね」


 二人は前回の教訓を元に、音を立てないようにして家の扉に近づきます。こんなことは教訓を得るまでもなく当たり前のことですが、盗賊技能を手に入れたばかりの者は鍵を開けることに集中してしまって周りが見えなくなることもよくあると聞きます。


 今回は無事に扉を開け、家の中に忍び込んだ二人は内部の様子に注目しました。小声で会話しています。


「……きちんと掃除されているわねー、意外と几帳面なのかしら」


「向こうの部屋から昨日のおじさんのにおいがするよ」


「ラウくんは長老のにおいがついてそうなものを探してねー」


 そんな会話の後、二手にわかれます。マリーモはゴンズの似顔絵を描くために姿を見にいき、ラウはラージ・ホワイトのにおいが付いていそうなソファーなどを調べています。ゴンズはどうやら寝ている様子で、姿の確認は容易に達成出来ました。


「あれっ?」


 そしてラウが気になるものを見つけました。壁にピンで留めてある一枚のメモです。そこにはこう書かれていました。


『ユダの夢、カーボ王国モルング王朝の復活を支援する。 ラージ・ホワイト』


 長老のサインらしきものが書かれています。これは簡易的な証書でしょうか。メモ書きのようなものでも直筆のサインがしてあれば『誓約』の魔法でお互いの行動を縛ることができます。驚くべきことはその下に追加で書かれている言葉の内容でした。


『ラージの願いに応え、ソフィーナ帝国への復讐を支援する。 ユダ・タデウス』


 つまり、帝国を嫌っているのは長老の方でユダはモルング王朝なるものを復活させるために動いているということです。ユダが例の話を持ってきたのはこの契約に基づいてのことだとすれば、確かに嘘を言うはずがないと思うかもしれません。彼が嘘をついたのか、本気で勘違いしていたのかは実際に何を言ったのかが分からないと何とも言えませんが。


「このメモ……変な臭いがする」


 ラウが魔法の気配を感じ取ったようですね。ある種の呪いのようなものですから、嫌な臭いがするのでしょう。顔をしかめながら、ラウはメモを壁から取り懐にしまいました。


「長老のにおいは覚えたかしらー?」


 そこにゴンズの顔を覚えたマリーモがやってきました。頷くラウと共に、またこっそりと家を脱出します。かなり重大な事実が判明しましたね。冒険者ギルドはこれをどうするのでしょう?

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